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1章 ホッカイドウ編

第3話  止水の如く

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ホッカイドウCN拠点 ロビー

「また、お嬢にあの訓練をさせるんですか?」
「そうだ、体調も万全にしてある。
 前回からもう5ヶ月経った、そろそろ次の段階に向かわせる」

 ヨハンはガブリエル隊長からメニューを知らされる。
聞けば、また例の過酷かこくな訓練をエリザベートにさせるらしい。
内容は1週間飲まず食わずで待ち伏せするもので、
彼女1人のみ行わせるという。

「前回の鍋会で栄養付けさせた理由がそれなんですね?」
「それもある、だが自身の能力向上のためでもある。
 司令にもすでに許可はとってある」

飲まず食わず、これはスナイパーとして至極かつ至難の業というべき
訓練法である。命の危険性も関わる行為でAチームの全員が行っておらず、
エリザベートだけが許された特訓だ。
はたから見れば、特別扱いと思われるような手法。
でも、防衛として環境と軍事を兼ねた仕方ない習慣である。
そこへミロンがやって来て、レイチェル司令について語る。

「そのレイチェル司令ですが、また“ままごとモード”に
 入っちゃってるようです・・・まともに話をしてくれそうになくって。
 マガジンのリソースの件で相談しにいったのに~」
「弾薬補給場所なら、すでに取り合ってもらえた。
 その件は私がなんとかする、戻っていいぞ」
「は、はい・・・お願いします」

指示を聞いたミロンはさっさと下がる。
ここはある意味、副司令的な不足をいつも変わり身にしてもらえて
ガブリエル隊長は細かな事もよく見てくれるからありがたい。
彼に視点が代わり、彼女達のいる部屋に向かう。


レイチェル自室

 その頃、エリザベートはレイチェルの個室にいた。
2人で座り込み、小さな道具で遊んでいる様に観えるが
なにやら“彼女の世話”の相手をしているようだ。

「ほら、よくかんで食べなさい。」

人形を抱えてレンゲで食事をさせている仕草をしている。
嬉しそうに彼女は笑って人形を赤ん坊の様にあやした。
私はただ座りながら様子を見て付き添う。

「エリさん、そこの本をとって」
「これですね、どうぞ」

真似事というシチュエーションを理解した上で応える。
同じ性別でどんな理解があるのか定かではないが、
私だけはレイチェル司令の個室でプライベートを
共にする事が許されているそうだ。
部屋の外からコッソリ見ているミロンとフェリックス。

「よくあんな人に司令官が務まるね?」
「指令の能力だけはズバ抜けてんだしな、人は見た目によらねーぜ」

レイチェルはホッカイドウCNでたった1人だけの司令官である。
指揮は的確に下し、能力分別管理も恐ろしいまでに徹底して、
外見と能力が見合わない人物は他にはいないくらいだ。
変わり者なのは島国ならではの習慣なのかもしれないけど、
閉じた要素から独自進化になると彼女から聞いた事もある。

という事情も兼ねてエリザベートに視点が戻る。
ドアからノックされて隊長から連絡がきたと言った。

コンコン

「司令、隊長から来るよう言われたので」
「そお? お仕事がんばってね」

私は部屋を後にした瞬間、視点と気を切り換えた。
連絡内容はもう数日前から直に聞いていたもの。
これから自分には過酷な訓練が待ち受けているのだから。

「来たな、準備はいいか?」
「はい」

これから父と共に強化練習を行う。
2人はホッカイドウCNにある山岳へと向かう。
そこは比較的高度が低い山で安全度が高い場所である。


札風エリア 三角山

「今回はここで行う、私も常時ここで待機する」
「了解です」

 指示でささやかに大した前触れもなく特殊訓練が始まる。
今回はアンブッシュ、いかにして長時間狙撃態勢をとれるかのラボリで
私は腰をゆっくりと下ろし、狙撃の構えをとる。
敵が来るわけではないが、この姿勢を保ち続けるのが訓練だ。
今までの最高記録は5日と12時間だった。
今度こそ目標の7日を取りたいものの、並大抵の精神力が必要だ。
今回は何日までもつのか。
一部の部下達が見守っている。

「「万が一のことがあったら・・・」」
「「ていうか、なんでお嬢だけこんな訓練やらせんだよ?」」

この訓練の発案者は実はレイチェルであった。
女性特有の忍耐力を活かした訓練法らしく、若い女性相手に
ガブリエルは最初これに反対したが、彼女の戦略的な論理に
よって決定せざるをえなかったようだ。

(エリザベート・・・)


1日経過

太陽が1周した。
まだ体は大丈夫だ。腕や足のしびれもそれほどない。
視界もくもりなく、ハッキリと見えている。
メンバー達は交代で見張ってくれて自分を気遣ってくれた。

2日経過

まだ大丈夫。姿勢もしっかりと保っていられる。
風もふいてたまに小雪がパシパシと顔に当たるが、
防寒服のおかげで、寒さは感じない。
敵が来るわけでもなく、同じ姿勢をとり続けるだけというのも
別の意味で大変だと思い知らされてきた。

3日経過

大丈夫。少し頭が垂れてしまうときがあるが、良好だ。
ヨハンとヘルマンが大声で話をしていて少し五月蠅うるさい。
その直後にしかられる声が聞こえたが、気にする余地もない。

4日経過

腕が少しずつ痺れてきた、感覚がだいぶ無くなって動かしにくい。
しかし、まだ意識はしっかりしているので大丈夫だ。
前回はこの時と同じくらいでかなり辛かったが、
限界を超えようとする意志ははるかに上回っている。 
気力も経験の内、以前よりも長くこなせると確信していた。

5日経過

視界がボヤけてきた。すでに空腹がしていたが、
無駄なモーションを一切とらなかったので、まだ意識はある。
この日を乗り切れれば記録は更新できるが、
体が固まるように動かせなくなってきた。

6日経過

意識がとびそうだ。
ついに記録は超えられたが、そんな事を考える余裕もなかった。
つい意識を失いそうになるが、まだ余力を残すところがある。
女はこういう時、腹部に意識を強めて自覚する強さをもっている。
“頭でなくお腹でこらえる”。男ではできないわざなのだ。










そして7日経過

 気が付いたら私は拠点の医務室にいた。
側にはガブリエルがいて、さらに部屋の外には部下達が
大勢様子を見に来てくれたようだ。やはり少しうるさい。

「「あ・・・」」
「まだ起きるな、安静にしていろ」

7日経った今、1週間の訓練が終了した。
私はあれから倒れてしまったようで、ここに運ばれたのだ。
目標日としてちょうど7日に意識を失ってしまったのは
達成に含まれるのか定かではないけど、
レイチェル司令もやって来てははげましの言葉ももらった。
CN創立以来、最高記録を更新。
ホッカイドウCN史上の快挙でもある。
ガブリエル隊長から必要な物があるか聞かれた。

「なにか欲しいものはあるか?」
「・・・お腹が空いてしまって」

メンバー達が安堵あんどの笑みを浮かべていた。
私が無事だった証明が分かったようで喜んでいる。
ヘルマンとミロンも顔をこわばらせる様に声をかけた。

「心配かけすぎっすよ」
「もう、こんな訓練は無謀ですよ~」
「・・・うん」

滅多に話さないマクシムも言葉をだした。
なぜか顔を赤くしているが、感動の熱さとしては他の皆も同様。
1人の女性の無事を願っていたのは当然だ。

「お前はしばらく休暇だ、しっかり休んでいろ」
「分かりました」

耳にして寝る。
狙撃手スナイパーとは時に忍び凌ぎ待つ事が任務であり、
ある意味ずっと耐え続けるラボリでもある。
受け身、静止、定点観測を静かにこなせるのは
ある意味、女が一番相応ふさわしいのかもしれない。
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