3 / 3
1章 脱出編
2話 ためのためのため
しおりを挟む
本を読み終えた俺は、脱力してベットに寝転がろうとしている自分自身を慌てて止めて、立ち上がる。
長い奴隷生活が染み付いている事で忘れていたが、俺は今小汚い格好をしている。
汗と涙と血と泥で汚れた奴隷着というやつを着ている。
真っ白でフカフカなベットを汚してしまうのは、なんだか勿体ない気がするので、気を取り直してベットから立ち上がる。
ちなみに、座っていた部分は少し汚れてしまっていた。
手で拭くと汚れが逆に広がってしまう恐れがあるのでとりあえず放置だ。
まずは頭の整理をしたい。
(とりあえず、外の芝生に寝っ転がろう。)
ということで、ログハウスの外に出る。
そして、出てすぐの芝生の上に仰向けに寝転がる。
空は雲ひとつない晴天。だが、風もないし、太陽もなく不自然な明るさだけがある空が広がっている。
(考えれば考えるほど不思議な空間だな……でも、奴隷の獄生活に比べれば天国の様な場所だ。)
それから、しばらくボーッとしていたが、このままではただ時間が経つだけだ。
まぁあの本の通りなら時間は経たないのだが。
(何はともあれ、とりあえず、あの本に書かれていた事をやってみよう。)
俺は、決意を新たに、まずは自分のステータスを見てみる事にした。
「ステータスオープンッ!」
昔、まだ貴族だった頃に鑑定の儀とかで、教会に連れて行かれやった事があったので、やり方は分かる。
あれは、大きな教会の鑑定の間だったのでここで出来るか不安だったが、問題なくステータスは表示されたようだ。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知識力】 1
【魔力量】 230/230
▼スキル
・箱庭(Lv1)
***
しかし、自分のステータスを見て、その脆弱さに衝撃を受けた。
(奴隷になった時、スキルを取られたと言うのは分かっていたが、まさか能力値もだったなんて……)
残っているのは、生まれつき変わらないとされている魔力と、昨晩手に入れた、紅スキル玉から入手した【箱庭】だけだった。
俺は、そんな自分のステータスに固まってしまったが、すぐに頭を振り、切り替える。
(……いや。幸い、この空間であれば時間の経過もないし、また努力すればいいよな。次は一から自分の好きな様に育てられるし。)
自分がポジティブシンキングで改めてよかったなと思う。
貴族時代は、『貴族たる物』みたいな考え方で能力値を上げる訓練は、平均的に上げていかなければならなかったし、スキルも【貴族学】や【歴史学】など、自分の好きな様には決められ無かった。
そう考えると、1から自分の好きな様に決めていいと言われている様で、なんだか嬉しくも思ってしまう。
尤も、能力値もスキルも、沢山あってこしたこともないから、前のステータスが残っていた方が良かったのだけども……まぁそれは考えないようにしている。
と言うことで、気を取り直し、次にやる事を考える。
まずは、寝室を大きくするため木を切る必要があるが、その前に木を切るために魔法の練習……いや、周囲状況の確認か?
頭はぐるぐると回るが、少し悩んでまずは周囲状況の確認から始めることにした。まずは周囲の危険性を知っておくべきだ。
しかし、開始してものの数分で周囲の状況はわかった。
家の前には10平方メートル程度の芝生とそれを囲む様に森が広がって、家の裏には100平方メートルくらいの大きな湖が広がっているのが見えるのだが-
(俺の行動可能範囲狭っ!?)
そうなのだ。
何故か見えない壁の様なものがあり、家と家の前に広がる芝生、あとは森の入り口ら辺くらいしか移動できないようだ。
そのため敢えなく探索は打ち切りとなったが、幸い?生物はいなさそうだし、木も10本くらいは行動範囲の中にはありそうなので、素材集めにはとりあえず困らなさそうだ。
まぁこれについては考えても仕方ない。
ということで、頭を切り替えて、次は木を切るための魔法の練習をする事にした。
魔法自体は、貴族時代に少し座学で基礎属性や魔力についてくらいは習ったが、本格的な発動訓練は成人後の16歳からだったので、やった事はない。
つまりやり方が分からない……が、本に書いてあった通りイメージなのだろう。
俺がイメージするのは、風。
(なんとなく刃物と風のイメージが繋がるんだよね。)
座学で教わった通り、手を前に構えて目を瞑り意識を自分の魔力に集中する。
風が手の前で集まり、刃の様に形を変えて手から発射される。
そんなイメージを強く持ち、集まったと思ったタイミングで、目を見開き大声で叫ぶ。
「風の刃ッ!」
-ヒュンッシュルルルルッ
俺の手から魔法が出たっ!と喜んだのも束の間。
飛び出した風の刃は、俺の手の先数メートルで空気が解けたかの様に消えていった。
これは練習が必要そうだ。
ということで、そこからひたすらに「風の刃」を練習することにした。
魔法を発動しようとしてから発射するまでが約20秒。結構根気のいる練習だったが、俺はひたすらに集中し発射を繰り返す。
徐々に発動までの時間も縮まってきたし、結構遠くまで風の刃が飛んでいく様になっていったのだが、その嬉しさからか、俺は大事な事を忘れていた--
それは、77回目の発動をしようとしている時だった。
突然、グラリと視界が歪む。
そしてやっと気がつく。
俺はアホだな、そんな事を思いつつ今にも倒れそうな体を気合いで保たせて、慌ててステータスをオープンする。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知力】 1
【魔力】 0/230
▼スキル
・箱庭(Lv1)
***
この症状は、魔力欠乏症だ。
非常に危険とされる症状ですぐに他人から魔力を分け与えてもらわないと命を失くす可能性もあると言われている魔法使いによくある症状だった。
魔法の座学の時間では常にこの事について注意を受けていたはずだった。
それなのに……
どんどんと薄れていく意識の中で、俺は自分自身に悔しさを覚えながら、意識を手放した。
◆◇
「囚人番号""7510506ッ!また寝坊かッ!?今日もお前は懲罰房行きだッ!囚人番号"61069662"今日はお前が採掘担当だッ行けぇッ!それ以外は今日はスキルの鍛錬ッ!必ず有用性を見出せぇッ!!」
なんだか大声で耳障りな声が聞こえる。
(……あれ?俺は誰にも助けてもらえず……死んだんじゃ……?あれ夢だった??)
俺は徐々にハッキリしていく頭をフル回転させて考えるが、わーわー看守の声が煩いので、目を開け看守についていく。
同居奴隷達の横を通り過ぎる時、何やら申し訳なさそうな顔をしていた。
(そうだ、昨日次は起こしてくれるって言ったよね!?裏切られた~!?)
そんな俺の悲痛な心の叫びは誰にも聞かれることはなく、これまたハードな懲罰、もとい拷問を受けて、夜を迎えたのだった。
◆◇
その夜、俺はフラフラな足取りで獄番号16へと帰宅した。
連日の拷問は、奴隷生活6年目の俺でも流石に堪える。
獄内に戻ると、同居奴隷達が俺に駆け寄ってくる。
拷問のイライラを彼らにぶつけたくなってしまうが、別に彼らが俺を起こす理由がない事は理解している。
だからこそ、俺も笑顔で彼らと挨拶をする。
「おぅ!ただいまっ!」
「おぉ、おかえり。すまんかったな、起こせず。ワシらもギリギリで起床してしまって。それにしてもお前さん起こしても起こしても全く起きる気配はなかったが、よくこんな環境で熟睡できるな。さすが噂の……図太いというかなんというか。」
そんな俺に対しても律儀にお辞儀をして謝ってくる獣人の大男は、やっぱり良い奴なんだろう。
それにしても、熟睡か……
この奴隷生活を開始して早6年。
今の一度も熟睡をしたことのない俺にとって、起こしてもらっていたのに起きないというのは、どこか引っかかる話だった。
それに俺は図太くはない、むしろ繊細……いやそれはないか、でも……
「俺が熟睡してた……?初めてだな……。」
つい、ぽつりと独り言を言ってしまう。
しかしそんな疑問は、小さなお嬢さんによってすぐに解決した。
「魔力欠乏症……」
そんなワードが、これまたちっこい声で聞こえてくる。
その途端、昨日の事を思い出す。
夢かと思っていたが、あれは現実だったようだ。
(え、でも……)
そんな俺に、新たなる疑問が生まれる。
(魔力欠乏症の俺がどうやって助かった?)
という事で、何やら知ってそうなお嬢さんに話を聞くべく、みんなが黒パンを齧っている輪の中に入り、話をしようと決意した。
ちなみに、昨日同様、ちっこいお嬢さんから黒パンを分けてもらった。本当にこの嬢ちゃんには頭が上がらない。
言葉数の少ないお嬢ちゃんから、事情を聞く事、数十分。
数少ない単語を一生懸命繋ぎ合わせ、やっと状況が掴めてきた。
昨晩、俺がスキルを発動し何やらやっていた事は、なかなか寝付けなかったお嬢さんにはバレていたみたいだ。
そして、水桶の中に俺が手を突っ込んだ直後突然俺が倒れてしまった、と。
お嬢さんは俺に近づき、それが魔力欠乏症である事を知り、自分の魔力を少し分けたとのこと。
朝、俺が起きてなかったので獣人にはそれを伝えて無理矢理起こそうとしてくれたみたいだけど、全く起きず、看守が来てから俺が起きる形になったみたい。
(どんどん、この子に頭が上がらなくなっていく……)
最後に、何をやって魔力欠乏症になったのか、お嬢ちゃんに聞かれたが、それは今は答えられないと伝えた。
いくら恩があっても、俺ですら今の状況をうまく言葉にできないし不確定情報になってしまうからだ。
なんとか3人には納得してもらえたけども、3人からは、明日の朝は注意する様にと再三注意を受けて、寝る時間を迎えた。
みんなが寝静まったのを確認した後、俺はもう一度箱庭の世界に行こうと、昨日と同じ様な状況を作り出し、水桶に箱庭の模型を沈めた--
◆◇
「やっぱり来れた……」
俺はまた箱庭の世界に戻ってきたようだ。
その事に嬉しさを覚えつつ、再度ログハウス内や芝生を確認する事数十分、一通り確認を終えて満足したところで、昨日風魔法を練習した場所へとまた戻ってきた。
まぁ芝生のところに戻ってきたところなんだが。
これは余談だが、本の位置が昨日のままだったので、きっと俺が気絶した後からリセットされる様なことは無いようだ。
(という事で、今日は魔力に気をつけて鍛錬をしよう。)
そんな反省を胸に、俺は風魔法の鍛錬をする前に一度ステータスを開いた。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知力】 1
【魔力】 280/280 →50up
▼スキル
・箱庭(Lv1)
***
俺はその画面を見てビックリする。
(確か、魔力は生まれてから一生固定と教わったはず……なのになんで……?原因で思いつくのは、魔法の鍛錬、魔力欠乏症、あとはこの空間……)
そんなワードが頭に浮かぶが、考えても仕方ないので一旦置いておき、今後色々やりながら検証していく事にした。
(何はともあれ、風魔法で木を切れる様にならなきゃだな。)
俺は再度、気を取り直して昨日と同様に『風の刃』を発動することにした。
発動してみると、これまた昨日と違う事に気がつく。
それは準備から発動までの時間。
昨日は準備から発動まで20秒ほど掛かったはずだが、今日は10秒程度でできる様になっていた。
1発打つと、数十メール先まで飛んでいき、消える。
(おー、成長してるっ!楽しいななんか。でも、まだスピード感がない……これじゃ、いざと言うときに避けられてしまうから次はスピードを意識しよう。)
俺は、成長を実感し、高揚感と自分の成長意欲を覚える。
でも、今日はここで浮かれたりしない。
1発打ったので、再度ステータスをオープン。
消費魔力を確認する。280あった魔力が277に変わっていた。
要は『風の刃』の消費魔力は3の様だ。
(という事は……残り92発撃てる!よっしゃ、どんどんやっていこうっ!)
高い成長意欲を持った俺は、1発1発撃つたびに課題点を出し、集中して魔法を放つ。
そして撃っていく事20発。
急に、俺の魔力の流れがスムーズになる感覚があった。
いや、正確には、〔風の声が聞こえる〕。そんな様な感覚だ。
その違和感に気づき、俺は一度手を止めた。
(なんだ?)
違和感の原因を探るべく、俺はステータスをオープンした。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知力】 1
【魔力】 280/280 →50up
▼スキル
・箱庭(Lv1)
・風魔法の心得(Lv1)
***
(おっ!?これはっ!?)
なんと、そこには風魔法の習得が早くなると言われている、【スキル:風魔法の心得】という名の、新しいスキルが生えていた。
このスキル、【魔法の心得シリーズ】とも呼ばれ、各属性にそれぞれ存在する。
効果は常時発動スキルで、その属性の魔法習得スピードや威力、消費魔力に影響すると言われ、かなりの使い勝手の良いスキルだ。
しかし、習得には魔法のセンスと属性への適正、絶え間ぬ努力が必要とされるため、このスキルを持っている人はかなりの少数に限定されるらしい。
それでも貴族の世界では、このスキル玉が稀にオークションに出される事もあり、出た瞬間から高値でやり取りされるので伯爵家では到底手が出せず、涙を飲んだ父の姿を見た事があるなと思い出す。
そんなスキルがたいして努力もしてない俺に生えた。
俺って天才なのか?
浮かれそうになる心を一度抑え、冷静になる様自分自身に言い聞かせる。
だって、このスキル。
バレたら確実に【強奪】の餌食だろ。
俺は、バレないように平常心でいる事を心に誓いつつも、【風魔法の心得】を得た俺の魔法がどんなもんなのか、早く試したくてウキウキしていた。
長い奴隷生活が染み付いている事で忘れていたが、俺は今小汚い格好をしている。
汗と涙と血と泥で汚れた奴隷着というやつを着ている。
真っ白でフカフカなベットを汚してしまうのは、なんだか勿体ない気がするので、気を取り直してベットから立ち上がる。
ちなみに、座っていた部分は少し汚れてしまっていた。
手で拭くと汚れが逆に広がってしまう恐れがあるのでとりあえず放置だ。
まずは頭の整理をしたい。
(とりあえず、外の芝生に寝っ転がろう。)
ということで、ログハウスの外に出る。
そして、出てすぐの芝生の上に仰向けに寝転がる。
空は雲ひとつない晴天。だが、風もないし、太陽もなく不自然な明るさだけがある空が広がっている。
(考えれば考えるほど不思議な空間だな……でも、奴隷の獄生活に比べれば天国の様な場所だ。)
それから、しばらくボーッとしていたが、このままではただ時間が経つだけだ。
まぁあの本の通りなら時間は経たないのだが。
(何はともあれ、とりあえず、あの本に書かれていた事をやってみよう。)
俺は、決意を新たに、まずは自分のステータスを見てみる事にした。
「ステータスオープンッ!」
昔、まだ貴族だった頃に鑑定の儀とかで、教会に連れて行かれやった事があったので、やり方は分かる。
あれは、大きな教会の鑑定の間だったのでここで出来るか不安だったが、問題なくステータスは表示されたようだ。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知識力】 1
【魔力量】 230/230
▼スキル
・箱庭(Lv1)
***
しかし、自分のステータスを見て、その脆弱さに衝撃を受けた。
(奴隷になった時、スキルを取られたと言うのは分かっていたが、まさか能力値もだったなんて……)
残っているのは、生まれつき変わらないとされている魔力と、昨晩手に入れた、紅スキル玉から入手した【箱庭】だけだった。
俺は、そんな自分のステータスに固まってしまったが、すぐに頭を振り、切り替える。
(……いや。幸い、この空間であれば時間の経過もないし、また努力すればいいよな。次は一から自分の好きな様に育てられるし。)
自分がポジティブシンキングで改めてよかったなと思う。
貴族時代は、『貴族たる物』みたいな考え方で能力値を上げる訓練は、平均的に上げていかなければならなかったし、スキルも【貴族学】や【歴史学】など、自分の好きな様には決められ無かった。
そう考えると、1から自分の好きな様に決めていいと言われている様で、なんだか嬉しくも思ってしまう。
尤も、能力値もスキルも、沢山あってこしたこともないから、前のステータスが残っていた方が良かったのだけども……まぁそれは考えないようにしている。
と言うことで、気を取り直し、次にやる事を考える。
まずは、寝室を大きくするため木を切る必要があるが、その前に木を切るために魔法の練習……いや、周囲状況の確認か?
頭はぐるぐると回るが、少し悩んでまずは周囲状況の確認から始めることにした。まずは周囲の危険性を知っておくべきだ。
しかし、開始してものの数分で周囲の状況はわかった。
家の前には10平方メートル程度の芝生とそれを囲む様に森が広がって、家の裏には100平方メートルくらいの大きな湖が広がっているのが見えるのだが-
(俺の行動可能範囲狭っ!?)
そうなのだ。
何故か見えない壁の様なものがあり、家と家の前に広がる芝生、あとは森の入り口ら辺くらいしか移動できないようだ。
そのため敢えなく探索は打ち切りとなったが、幸い?生物はいなさそうだし、木も10本くらいは行動範囲の中にはありそうなので、素材集めにはとりあえず困らなさそうだ。
まぁこれについては考えても仕方ない。
ということで、頭を切り替えて、次は木を切るための魔法の練習をする事にした。
魔法自体は、貴族時代に少し座学で基礎属性や魔力についてくらいは習ったが、本格的な発動訓練は成人後の16歳からだったので、やった事はない。
つまりやり方が分からない……が、本に書いてあった通りイメージなのだろう。
俺がイメージするのは、風。
(なんとなく刃物と風のイメージが繋がるんだよね。)
座学で教わった通り、手を前に構えて目を瞑り意識を自分の魔力に集中する。
風が手の前で集まり、刃の様に形を変えて手から発射される。
そんなイメージを強く持ち、集まったと思ったタイミングで、目を見開き大声で叫ぶ。
「風の刃ッ!」
-ヒュンッシュルルルルッ
俺の手から魔法が出たっ!と喜んだのも束の間。
飛び出した風の刃は、俺の手の先数メートルで空気が解けたかの様に消えていった。
これは練習が必要そうだ。
ということで、そこからひたすらに「風の刃」を練習することにした。
魔法を発動しようとしてから発射するまでが約20秒。結構根気のいる練習だったが、俺はひたすらに集中し発射を繰り返す。
徐々に発動までの時間も縮まってきたし、結構遠くまで風の刃が飛んでいく様になっていったのだが、その嬉しさからか、俺は大事な事を忘れていた--
それは、77回目の発動をしようとしている時だった。
突然、グラリと視界が歪む。
そしてやっと気がつく。
俺はアホだな、そんな事を思いつつ今にも倒れそうな体を気合いで保たせて、慌ててステータスをオープンする。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知力】 1
【魔力】 0/230
▼スキル
・箱庭(Lv1)
***
この症状は、魔力欠乏症だ。
非常に危険とされる症状ですぐに他人から魔力を分け与えてもらわないと命を失くす可能性もあると言われている魔法使いによくある症状だった。
魔法の座学の時間では常にこの事について注意を受けていたはずだった。
それなのに……
どんどんと薄れていく意識の中で、俺は自分自身に悔しさを覚えながら、意識を手放した。
◆◇
「囚人番号""7510506ッ!また寝坊かッ!?今日もお前は懲罰房行きだッ!囚人番号"61069662"今日はお前が採掘担当だッ行けぇッ!それ以外は今日はスキルの鍛錬ッ!必ず有用性を見出せぇッ!!」
なんだか大声で耳障りな声が聞こえる。
(……あれ?俺は誰にも助けてもらえず……死んだんじゃ……?あれ夢だった??)
俺は徐々にハッキリしていく頭をフル回転させて考えるが、わーわー看守の声が煩いので、目を開け看守についていく。
同居奴隷達の横を通り過ぎる時、何やら申し訳なさそうな顔をしていた。
(そうだ、昨日次は起こしてくれるって言ったよね!?裏切られた~!?)
そんな俺の悲痛な心の叫びは誰にも聞かれることはなく、これまたハードな懲罰、もとい拷問を受けて、夜を迎えたのだった。
◆◇
その夜、俺はフラフラな足取りで獄番号16へと帰宅した。
連日の拷問は、奴隷生活6年目の俺でも流石に堪える。
獄内に戻ると、同居奴隷達が俺に駆け寄ってくる。
拷問のイライラを彼らにぶつけたくなってしまうが、別に彼らが俺を起こす理由がない事は理解している。
だからこそ、俺も笑顔で彼らと挨拶をする。
「おぅ!ただいまっ!」
「おぉ、おかえり。すまんかったな、起こせず。ワシらもギリギリで起床してしまって。それにしてもお前さん起こしても起こしても全く起きる気配はなかったが、よくこんな環境で熟睡できるな。さすが噂の……図太いというかなんというか。」
そんな俺に対しても律儀にお辞儀をして謝ってくる獣人の大男は、やっぱり良い奴なんだろう。
それにしても、熟睡か……
この奴隷生活を開始して早6年。
今の一度も熟睡をしたことのない俺にとって、起こしてもらっていたのに起きないというのは、どこか引っかかる話だった。
それに俺は図太くはない、むしろ繊細……いやそれはないか、でも……
「俺が熟睡してた……?初めてだな……。」
つい、ぽつりと独り言を言ってしまう。
しかしそんな疑問は、小さなお嬢さんによってすぐに解決した。
「魔力欠乏症……」
そんなワードが、これまたちっこい声で聞こえてくる。
その途端、昨日の事を思い出す。
夢かと思っていたが、あれは現実だったようだ。
(え、でも……)
そんな俺に、新たなる疑問が生まれる。
(魔力欠乏症の俺がどうやって助かった?)
という事で、何やら知ってそうなお嬢さんに話を聞くべく、みんなが黒パンを齧っている輪の中に入り、話をしようと決意した。
ちなみに、昨日同様、ちっこいお嬢さんから黒パンを分けてもらった。本当にこの嬢ちゃんには頭が上がらない。
言葉数の少ないお嬢ちゃんから、事情を聞く事、数十分。
数少ない単語を一生懸命繋ぎ合わせ、やっと状況が掴めてきた。
昨晩、俺がスキルを発動し何やらやっていた事は、なかなか寝付けなかったお嬢さんにはバレていたみたいだ。
そして、水桶の中に俺が手を突っ込んだ直後突然俺が倒れてしまった、と。
お嬢さんは俺に近づき、それが魔力欠乏症である事を知り、自分の魔力を少し分けたとのこと。
朝、俺が起きてなかったので獣人にはそれを伝えて無理矢理起こそうとしてくれたみたいだけど、全く起きず、看守が来てから俺が起きる形になったみたい。
(どんどん、この子に頭が上がらなくなっていく……)
最後に、何をやって魔力欠乏症になったのか、お嬢ちゃんに聞かれたが、それは今は答えられないと伝えた。
いくら恩があっても、俺ですら今の状況をうまく言葉にできないし不確定情報になってしまうからだ。
なんとか3人には納得してもらえたけども、3人からは、明日の朝は注意する様にと再三注意を受けて、寝る時間を迎えた。
みんなが寝静まったのを確認した後、俺はもう一度箱庭の世界に行こうと、昨日と同じ様な状況を作り出し、水桶に箱庭の模型を沈めた--
◆◇
「やっぱり来れた……」
俺はまた箱庭の世界に戻ってきたようだ。
その事に嬉しさを覚えつつ、再度ログハウス内や芝生を確認する事数十分、一通り確認を終えて満足したところで、昨日風魔法を練習した場所へとまた戻ってきた。
まぁ芝生のところに戻ってきたところなんだが。
これは余談だが、本の位置が昨日のままだったので、きっと俺が気絶した後からリセットされる様なことは無いようだ。
(という事で、今日は魔力に気をつけて鍛錬をしよう。)
そんな反省を胸に、俺は風魔法の鍛錬をする前に一度ステータスを開いた。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知力】 1
【魔力】 280/280 →50up
▼スキル
・箱庭(Lv1)
***
俺はその画面を見てビックリする。
(確か、魔力は生まれてから一生固定と教わったはず……なのになんで……?原因で思いつくのは、魔法の鍛錬、魔力欠乏症、あとはこの空間……)
そんなワードが頭に浮かぶが、考えても仕方ないので一旦置いておき、今後色々やりながら検証していく事にした。
(何はともあれ、風魔法で木を切れる様にならなきゃだな。)
俺は再度、気を取り直して昨日と同様に『風の刃』を発動することにした。
発動してみると、これまた昨日と違う事に気がつく。
それは準備から発動までの時間。
昨日は準備から発動まで20秒ほど掛かったはずだが、今日は10秒程度でできる様になっていた。
1発打つと、数十メール先まで飛んでいき、消える。
(おー、成長してるっ!楽しいななんか。でも、まだスピード感がない……これじゃ、いざと言うときに避けられてしまうから次はスピードを意識しよう。)
俺は、成長を実感し、高揚感と自分の成長意欲を覚える。
でも、今日はここで浮かれたりしない。
1発打ったので、再度ステータスをオープン。
消費魔力を確認する。280あった魔力が277に変わっていた。
要は『風の刃』の消費魔力は3の様だ。
(という事は……残り92発撃てる!よっしゃ、どんどんやっていこうっ!)
高い成長意欲を持った俺は、1発1発撃つたびに課題点を出し、集中して魔法を放つ。
そして撃っていく事20発。
急に、俺の魔力の流れがスムーズになる感覚があった。
いや、正確には、〔風の声が聞こえる〕。そんな様な感覚だ。
その違和感に気づき、俺は一度手を止めた。
(なんだ?)
違和感の原因を探るべく、俺はステータスをオープンした。
***
【ステータス】
▼基本情報
【名前】 囚人番号"7510506"
【種族】 人間
【年齢】 16歳
【職業】 奴隷
【称号】 噂の片腕奴隷
▼能力値
【攻撃力】 1
【防御力】 1
【素早さ】 1
【知力】 1
【魔力】 280/280 →50up
▼スキル
・箱庭(Lv1)
・風魔法の心得(Lv1)
***
(おっ!?これはっ!?)
なんと、そこには風魔法の習得が早くなると言われている、【スキル:風魔法の心得】という名の、新しいスキルが生えていた。
このスキル、【魔法の心得シリーズ】とも呼ばれ、各属性にそれぞれ存在する。
効果は常時発動スキルで、その属性の魔法習得スピードや威力、消費魔力に影響すると言われ、かなりの使い勝手の良いスキルだ。
しかし、習得には魔法のセンスと属性への適正、絶え間ぬ努力が必要とされるため、このスキルを持っている人はかなりの少数に限定されるらしい。
それでも貴族の世界では、このスキル玉が稀にオークションに出される事もあり、出た瞬間から高値でやり取りされるので伯爵家では到底手が出せず、涙を飲んだ父の姿を見た事があるなと思い出す。
そんなスキルがたいして努力もしてない俺に生えた。
俺って天才なのか?
浮かれそうになる心を一度抑え、冷静になる様自分自身に言い聞かせる。
だって、このスキル。
バレたら確実に【強奪】の餌食だろ。
俺は、バレないように平常心でいる事を心に誓いつつも、【風魔法の心得】を得た俺の魔法がどんなもんなのか、早く試したくてウキウキしていた。
0
お気に入りに追加
6
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成!
理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
これが翔の望んだ力だった。
スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!?
ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界転生しちゃったら☆みんなにイタズラされてしまいました!
TS少女 18歳
ファンタジー
わけもわからず、目覚めた場所は異世界でした。
この世界で、わたしは冒険者のひとりとして生きることになったようです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる