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1章 脱出編

1話 まずは挨拶、これ基本。

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 看守長室からの帰り、俺は自分の檻の中に帰るかと思いきや、別の場所へと案内された。


 「おら、貴様の寝床は今日からここ、獄番号16だッ!入れッ!」


 そんな大きな声を出さなくたって、分かるわっ!って看守長室に行く前だったら悪態をついていたが、あのペルラン?看守長という圧倒的な暴力により、疲れているのか悪態をつく元気も今はない。

 俺は大人しく、いつもと違う部屋へと入っていった。

 その場所は、もちろん檻は檻なのだが、今まで居た場所とは何もかも違う場所だった。

 まず、1人用の檻ではなく集団で入る檻である事。
 そして床が石ではなく木で出来ている事。
 更には、直径10cm程の小さな丸い小窓が付いている事で空気の入れ替えが出来る事。

 すでに夜が遅いため、少し生活水準が上がったことに喜びたい気持ちを押さえつけ、寝ている同居奴隷達の間をすり抜けて、空いているスペースにうずくまる形で横になった。

 薄暗くてよく見えないが、同居奴隷達は大小様々いる様だ。
 いい人たちであって欲しいなと淡い期待を持ちながら、明日挨拶しようと心に決め、俺は目を閉じた。


 次の日の朝、突然聞こえた大きな声で目が覚めた。


 「獄番号16ッ!起床の時間だッ!起きろッ!」


 獄番号16?なんか聞き覚えのあるような……?
 俺は目を開けて、上半身のみを起こしキョロキョロと見渡す。

 なんか、檻の外にいる看守と目があってるし、檻の内側にいる同居奴隷達と目が合う。

 あれ?ここって獄番号16??


 「囚人番号"7510506"ッ!貴様は初日から寝坊かッ!?今日は飯なし。懲罰房行きだッ!囚人番号"1010202"ッ!貴様は今日採掘担当の日だッ!急いで向かえッ!囚人番号"10259261"と囚人番号"61069662"ッ!貴様達は、今日はスキルの有用性を調べる日だ、休まず精進せよッ!ではいけぇッ!」

 
 寝起きという事もあり、頭がまだボーッとしているが、俺の懲罰房行きは決定したようだ。

 いや、誰か起こせよっ!

 心で悪態をつきながら、まだ冴えない頭を無理やりに起こし、ニヤニヤと笑みを浮かべて鞭を握る看守の後をついて行った。

 その日、俺は一日中鞭で叩かれ続けた。
 余談だが、看守長から「武力で奴隷の心を折れ」と言われた看守達の懲罰は凄まじかった。

 ペルラン看守長への憎悪が、また少し大きくなった事は忘れてはいけないので心に刻んでおく。


 何はともあれ長い懲罰を終えて、夜--


 背中を傷だらけにしながら俺は、獄番号16へと戻ってきた。

 同居奴隷達は、部屋に入ってくる俺の方を硬そうな黒パンをモグモグしながら静かに見ていたので、誰か朝起こしてくれよという悪態をグッと堪えつつ、自己紹介をする事にした。

 最初から険悪な雰囲気は嫌だしな。


 「俺は囚人番号7510506。昨日からこの場所にやってきたんだが……歳は16、片腕だが気にしないで接してほしい。まぁ、これからよろしく頼むよ。」

 
 同居奴隷達はキョトンとした顔をしており、俺の方を見ている。
 
 ん?なんか俺変なこと言ったのか?少し心配になりつつ、反応を待っていると。1人の大男が口を開いてくれそうだ。

 座っていた身体を起こして俺の方へと歩いてくる。

 俺は自然とペルラン看守長にやられた腹パンを警戒して構えるが、俺の警戒とは裏腹に片手を出して握手を求めてきたようだ。

 それにしても、この大男かなり身長が大きい。

 俺の身長は既に190cmくらいだと思うのだが、その倍くらいの大きさがある……

 そんな大男の手はこれまた大きく、俺の手を包み込むようだった。


 「ワシは囚人番号"1010202"。耳と尻尾を見れば分かるかと思うが、種族は獣人、歳は24だ……よろしく。」

 「わー、本当だ、薄暗くてよく見えなかったけど本当に耳と尻尾があるんだなぁ!獣人、初めて見た、ってか大きいなっ!あ、よろしく、仲良くしようっ!」

 
 俺は、初めて見た獣人に驚き興奮してしながら挨拶を返したのだが、それを見て何やらその獣人の表情が驚きと疑惑に変わる。


 「……!?お前さんは……その……獣人を見て嫌悪感が無いの……か?」


 身体は大きいのに、なんか最後は聞こえないくらい小さな声で喋っている。そんな事を気にしてんのか?

 まぁ確かに、この世界は獣人を差別対象としているが、俺としては気にする必要すらない小さな事だ。


 「ん?そんな小さな事気にするな、まぁ俺も片腕。特殊なやつ同士仲良くしよう。」

 「……ワッハッハ。ありがとな。お前さんみたいな奴は見たことがない。……さすが噂の片腕奴隷さんだな。今朝は起こせずすまんかったな。次は必ず。まぁとりあえずよろしく。」


 噂の片腕奴隷?なんか気になるワードがあったがまぁいいだろう。それにいい奴そうだ。

 獣人さんのおかげで、なんか空気が緩んだからか、次はシトラスの様な黄色と緑の中間くらいの髪色をした長髪女性が口を開いてくれるようだ。

 
 「私は、囚人番号"61069662"。噂の片腕奴隷さんが、どんな人なのか警戒してたけど、警戒してたのが馬鹿らしいくらいね。安心したわ。種族は人間、歳は18よ。私も今朝起こしてあげられずごめんなさい。次から気をつけるわ。」

 
 本で見たことあるエルフの様な、すらっとした体型に顔も薄汚れてはいるが顔立ちの綺麗な美人のねーちゃんだ。

 本当にエルフじゃないのか?と思うが耳も尖ってないしきっと違うのだろう。

 俺よりも2歳上というお姉さん感に少しドキドキしてしまう、俺は童貞だ。

 まぁそんな事よりもいい人そうで良かった。
 少し瞳の奥に影を感じるが、まぁここにいるやつで影のない奴なんていないだろう、という事で気にしない。


 「よ……よろしく。」


 おっふ、なんか緊張してしまう自分が情けないが挨拶は完了だ。

 照れて顔が赤くなってしまった様な気もするし、向こうも気付いて微笑んでいる様な気がするが、気にしないことにする。

 俺も正常な男子なのだ。

 後はちっこいのがいるが、獣人の大男の足元に隠れてこちらを警戒しているようだ。

 ちっこいのは、綺麗なブルーのショートヘアで金色の目を半目にしたなんとも眠そうなお嬢ちゃんだった。

 
 「……」

 
 俺は挨拶をしようと目を合わせるとお嬢ちゃんは目を背ける。

 そのやりとりが何度か続き鬱陶しくなったので、仕方なく俺の方から声を掛けようとすると、獣人の大男が代わりに口を開いた。

 
 「こいつは、その……事情があってあんまり喋るのが得意じゃないんだ。まぁなんだ、優しい目で見てやってくれ」


 奴隷として扱われる中で、精神異常をきたす奴は沢山いる。
 この嬢ちゃんも多分その類なんだろうか。

 俺は獣人の大男の発言に、鬱陶しさを感じてしまった自分を恥じて改めてお嬢ちゃんに向き合う。


 「あ……そうなのか……お嬢ちゃんごめんな、気付いてやれなくて。これからよろしくな。」


 俺はそれだけ言い、嬢ちゃんの頭を撫でる。
 まぁとにかく挨拶はこれで無事終了だ。

 みんないい人そうでよかったよ。ほんとに。

 俺は安心し、みんなと共に地べたに座る。

 みんなは、途中だった晩飯の続きをする様だ。

 俺は今朝の寝坊のせいで飯抜きなので、今日は腹を殴って腹の虫を抑えつつ、1人で【スキル:箱庭】について考察でもしようと、みんなに背を向ける。

 すると、俺の服をちょんちょんと後ろから引っ張られる。

 何だと思い、振り返るとそこにいたのは、綺麗なブルー髪のお嬢ちゃんだった。
 そして、片手に持った硬そうな黒パンを俺に差し出した。

 
 「……これ。……あげる。」

 
 それだけ言うと、プイッと目を背けて、また獣人の大男の影に隠れてしまった。

 そんな光景を見た獣人の大男と美人なねーちゃんは、なぜかかなり驚いた表情をして固まっていたが、俺にとっては些細なことだった。

 すぐに俺は姿勢を正し、お嬢ちゃんに土下座する。

 
 「女神さま、お恵み感謝いたしますっ!」


 俺は、精一杯の感謝を伝え、一口一口大事に硬い黒パンを齧った。

 その光景を見た獣人の大男と美人のねーちゃんは、穏やかな表情で笑っていた--






 和やかな雰囲気で包まれた獄番号16の1日は終わったかの様に思えたが、俺は1人まだ起きていた。

 時は既に、就寝の時間。

 獄内のランタンは既に消され、言葉を発することも禁じられた獄内は、廊下のランタンの灯がチロチロと漏れる程度の暗闇と静けさに包まれていた。

 俺はそんな獄内で【スキル:箱庭】の有用性を考えようと部屋の隅っこに胡座をかき、スキルを発動してみている。

 スキルを発動すると、俺の手のひらの上に、直径4cmほどの丸い芝生の台地と中央に赤い屋根の木で出来たログハウスが建っている小さな模型が現れた。

 少し期待をしていたが、さすがハズレスキルと言われてる事はあるなと、残念になる気持ちを抑えつつ、模型を観察する事にした。

 それにしても薄暗い。


 (模型がよく見えないじゃないか……)

 
 ということで、トイレを流す用の水桶を獄内の小窓から差し込む月明かりの下に移動させ、光の反射を使って模型を観察する事にした。

 模型を指でつまみ上げ、上から下からよく観察する。


 (どこからどうみてもただの模型だな)


 月光に上手い具合に照らしながら、観察を続けていると段々とその模型の素晴らしさに気がつく。

 模型は、本物の素材を使った様な精巧な作りをしていた。

 芝生の部分を指の腹で撫でると、本物の芝生の様な感触が指に伝わる。
 木製の扉はレリーフの様な細かな絵が施されているし、ログハウスの小窓は本物のガラスで出来ているのか、月明かりに照らされてキラキラと輝いている。

 それに小窓の中を覗くと、ふかふかそうなベットや重厚な作りの家具の数々、食器棚には、陶器で出来たような綺麗な食器までもが収納されているのが見える。

 そのどれもが小さく実際に使える様な物ではないが、その精巧な作りに感動しつつも、このスキルの有用性を探るためにも、何か出来ないか考える。


 するとふと、ある危険な実験が頭に浮かぶ。

 その実験とは……模型の解体。

 一度解体したら最後。元通りにならないかもしれないという危険な実験。

 そして、もしかするとこの模型がなんなのか分かるかもしれないという、不確定な望みのある実験。

 俺は決意を固め、ゴクリッと唾を飲み込み、手に力を込める。


 まずは、芝生の部分を掘り起こし……次は、ログハウスを芝生の部分から取り外す……あとは振ってみたり、投げてみたり……

 力一杯行ってみたのだが、結果はどれも惨敗に終わった。
 と言うよりも模型自体に何か影響を与える事は出来なかった。


 (あと……他に何かこの模型に試せる事はないのか?)


 実験の失敗に凹みつつ、頭を悩ませていると、俺の足元で月光に当てられ、水面がキラキラと光る水桶が目に入った。
 

 (そうだ!まだ水責めを決行してないな……)


 俺は最後の手段に淡い期待を寄せつつ、手のひらに乗せたまま模型をゆっくりと水の中に沈めていった。


◆◇

 
 「あれ?ここはどこだ?」


 気づけば俺は、雲ひとつない晴天が広がっている芝生の上にいた。

 芝生は、手入れをされていたかの様に、綺麗に生え揃えられている。
 そして、その芝生の先には、大きく雄大な森広がっていた。


 (さっきまで薄暗い獄内にいたはずなのに……夢?)


 俺は頭にハテナを浮かべながら、周りを見渡すと、俺の丁度背後に一軒のログハウス風の家が建っていたことに気づく。


 (あれ?どこかで見たような……赤い屋根、木製のログハウス、扉には細かなレリーフが施されて……これって【スキル:箱庭】で作り出した模型だよ……な……?)


 俺は自分の心臓が高鳴っている事に気が付きながらも、半信半疑でログハウスに近づき、レリーフが施された扉の前に立つ。

 木製の扉には、細かな木彫りで街と街を見下ろす背中から羽の生えた女性が描かれていた。
 女性は腰までのロングの髪を靡かせながら、街を見下ろし祈っている。そんなレリーフだ。

 羽が生えていることから、人間ではなく天使?の様に見える。

 そんな木製の扉に感動しつつ、扉についていた、白色の丸い取手に手を掛ける。

 俺は一呼吸をおいて、思い切ってその扉を開けた。

 中はワンルームで、10畳ほど。

 模型の時に見たフカフカそうなベットや重厚な家具の数々、食器棚、そしてその中には陶器の食器が収納されているのが目に入る。
 

 「やっぱりそうだ……!」


 俺は、自分が模型の中に入ったことに確信を持ち、自分のスキルの有用性に一筋の希望を見つけた。

 
 (でも……どうやって?)


 疑問は残るが、気になるのは部屋の中央にある2人掛けのダイニングテーブルの上にある重厚な本だ。

 
 (模型の外から見た時はこんなのなかった気がするけど……)


 俺はその重厚そうな本を手に取り、フカフカのベットに座る。


 (うぉっ!?めっちゃフカフカだっ!こんなベット久々だな~)

 
 奴隷になる6年前、暮らしていた家の自分のベットを思い出す。

 
 (おっと……危ない危ない、脳がタイムスリップしかけた……まずは、この本だな。)


 俺は意識を戻し、手に持った本に意識を向ける。

 表表紙には、このログハウスの扉に描かれていた天使の様な女性が台地から生える一本の木に水を掛けている絵が描かれている。

 芸術には疎いので作者の意図等は見えないが、素敵なデザインの絵だなと思う。割と好きだ。

 本の表表紙をめくると、1ページが出てくる。


 『【箱庭ガイド】

 スキル:箱庭を手に入れた者へ。このスキルの使い方を示す。』

 
 白い紙の中央に、それだけの文字が書かれていた。

 俺の心臓は、またドキリと跳ね上がる。


 (なんかワクワクするっ!!)


 俺は、そのページをさらにめくる。

 2ページ目。


***
 ◆寝室拡張

  ▼素材
   ・木材×10(スキル内外可)
  
  ※補足
   素材を拡張したい場所に集めたら、このページを開き、『設置』と唱える。

***

 
 (少なっ!)


 俺は書いてある文章の少なさに驚きつつも、何やら楽しそうな事が始まる予感がして、心臓が高鳴っている事に気がつく。

 でもまずは、先を見ようと気持ちを押さえつけ、見開きの3ページ目に目を移す。


***
 ◆倉庫建築

  ▼素材
   ・木材×50(スキル内外可)
   ・銅鉱石×20(スキル内外可)
   ・火の魔石×3(スキル内外可)

  ※補足
   素材集めファイト。
***

 
 (補足、おいぃぃ!)

 
 俺は、ツッコミを入れつつ、次のページをめくる。

 しかし次のページ以降はめくってもめくっても白紙だった。


 (100ページ近くありそうなのにっ!?おいぃぃ!)

 
 俺は更にツッコミを入れながら、ページをめくりまくり、そして最終ページとなった時、やっと求めていた"文字"を発見できた。
 しかもかなり文量が多い。

 
 (おっしゃー!)


 俺は、ガッツポーズをしながら文に意識を集中させる。


 『スキル:箱庭を手に入れた者へ。魔法が使えない者がこのスキルを手に入れた時、その者は素材集めに苦労するだろう。だが安心してほしい。魔力さえあれば魔法はイメージでなんとかなるだろう。コツさえ掴めば鍛錬あるのみだ。


 素材を集め、このスキルを成長させ、そして世界を広げろ。
 そうすれば、この世の真理が見えてくるだろう。


 このスキルを手に入れた者が、このスキルを育てたその先に、どんな真理を導くのか。私は答えを楽しみに待っている。

                    箱庭創生者より


 P.S.
 このスキルに現時点で時間の概念はない。よってこの箱庭の中にいる限り外の時間は進まない。
 あと、箱庭から出たい時はスキルの発動解除をすれば出れる。
 あとあと、この箱庭内であれば自分のステータスを見る事ができる。
 あとは……あ、レベルが上がればページは増えていく。

 以上。ふぁいと。』

 
 俺はこの文章を読み終えたあと、本を閉じ窓の外に視線を移す。


 「P.S.部分、重要すぎるだろ……」


 俺の気力を無くしたツッコミは、誰に聞かれるわけでもなくポツリと部屋の中に広がり静かに消えていった。
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