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四章・私にしかできないこと
六十話「付き合うんじゃなくて」
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六十話「付き合うんじゃなくて」
今日は待ちに待った豊見親 下の発売日。ついでに私の小説の発売日でもある。
「知世ちゃんのご飯は相変わらず美味しいね」
私と玄雅、そしてなぜか朝からいる東さん。
「今日はなんの用ですか? 見本誌ならもうもらってますよ」
「いやだなぁ、そんなに敵意むき出しにしなくても良くない?」
今日は玄雅と本屋さん行ってから都立庭園に行きたいんです。東さんが邪魔で仕方ない。
「ご飯食べたかったのもあるけど、ちゃんと目的があって来たの。ほら、これ玄雅にあげる」
東さんは鞄から分厚い本を取り出して玄雅に渡す。
玄雅はそれを見ると目をまん丸にして、本と東さんを交互に見て口をぱくぱくとさせてる。何ごとかと思って私も覗き込むと、その本の表紙には豊見親 中と書いてある。
「……中?」
「そ、中。倒れる前の玄雅が書いた中の原稿をわがまま言って一冊だけ印刷してもらった。俺からの退院祝いってことであげる」
玄雅と一緒に本の中を見ると、東さんの言う通り書き直される前の中の原稿そのまま。下に繋がるはずだった、悪者になるはずだった玄雅さんが書かれてる。
「お腹もいっぱいになったところだし、邪魔者はそろそろ帰るね。玄雅の魔法にかかってくれてありがとう。これからも知世ちゃんとしても那月昴先生としてもよろしくね」
そう言うと東さんは颯爽と帰って行った。魔法? 何の話かわからないしお皿ぐらい洗ってから帰れ。その文句は東さんに直接送っておこう。
「……こ、れ。ちせ……に」
玄雅はダンボールの中から一冊の本を持ってきてくれて、私に渡してくれる。
豊見親 下と書かれた淡い黄色のざらざらとしたソフトカバー。文字だけの表紙には四季さいの文字。それと特別協力、美本知世の名前が書かれてる。
本当に、本当に私の名前が載ってる。玄雅の四季さいの小説に私の名前が、本名が載ってる。小説家になる。その夢を叶えられたその日に、この本をもらえるなんて。
「……ちせ、は、よ……く、なく」
「ごめん、まだ泣きなくないんだけど……涙腺が」
泣くのは本屋さんに行ってから。そう決めてたのに、表紙を見ただけで泣いてしまった。
「これ……玄雅に」
「……い、いの?」
「もちろん。受け取らないはなしね」
泣いたまま渡すなんてかっこつかないけど、泣き止みそうにないから猫の目に映るの見本誌を泣いたまま渡す。
玄雅は嬉しそうに中をぱらぱらと見てる。私はその間にお皿洗って着替えて化粧して。頑張って泣き止んで。
玄雅と一緒に本屋さんに行く。これは玄雅と決めてたこと。玄雅の発売日の決まりをまた二人でしよう。退院が決まってから、二人で楽しみにしてた。
「ゆっくりでいいからね」
退院したとはいえ、右半身の麻痺が消えたわけじゃない。階段の上り下りはまだ大変そうだし、駅ビルの上の階にある本屋さんまでは時間がかかる。都立庭園の入口は砂利道だから歩くのは大変だと思うけど、玄雅も私もどうしても行きたい。
また二人で発売日を満喫したい。
駅までの道も、駅ビルを上る時間も、とてつもなく大変だろうに玄雅はしっかりと自分の足で歩く。杖の使い方も前と比べて慣れたように見える。
玄雅を見てるだけで泣きそうになる。この緩すぎる涙腺をどうにかしたい。
「……あっ、た」
豊見親 上から一年以上が経ってる。経ってるはずなのに、豊見親 下は新刊コーナーのど真ん中。一番目立つところにずしりと陳列している。その隣には猫の目に映るも置いてある。豊見親ほどとはいかないけど、大賞受賞作とでかでかと書かれた帯が目をひく。
豊見親には美本知世、猫の目に映るには那月昴。本名とペンネームが書かれた本たちが並んでる。苦しかったけど、書ききった本たちが並んでる。
この光景を見ただけで、書いてよかった。そう思わせてくれる。
「……な、くとおもっ……てた」
「私もそう思ってたけど。朝泣きすぎたかも」
本屋さんでお互いに豊見親と猫の目に映るを買って、都立庭園に着いた。
泣くと思ってたのに泣かなかった自分に驚きつつ、砂利道を苦もなく歩く玄雅にも驚きつつ、久しぶりに来た青葉亭は相変わらず広い。
少しづつ暖かくなってきて、都立庭園には緑が広がってきてる。
「玄雅と青葉亭に来るのいつぶり?」
「……いちねん……い、じょう……な、きが……する」
また玄雅と青葉亭に来れる。これは夢? と思ってしまうほど、驚くべきこと。
玄雅が倒れて後遺症がある。それを聞いた時はもう元には戻れない。そんな風に決めつけて絶望したけど、玄雅が頑張ってくれたから。リハビリも私とのことも逃げずに向き合ってくれたから、私たちは今ここにいる。
「玄雅……あのね」
思い出の場所はたくさんある。
玄雅と出会ったらしい駅前の居酒屋。ゲロ吐きまくった玄雅の部屋、タトゥーを見られたりした私の部屋。岡倉さんのカフェと玄雅が教えてくれたカフェ。駅ビルの本屋さんに都立庭園。何度も一緒に買い物に行ったスーパー。沖縄本島に宮古島。
その中でも都立庭園、その中の青葉亭は特に大切な思い出がたくさん詰まってる。
言うなら、話すならここしかない。今日こそは言う。
「……け、っこん」
け、と言いかけた私の口から言葉は出ない。けの形のまま止まる。
「……も、うすんでる……いっ、しょ、すんで、る……から」
玄雅はゆっくり、言葉をじっくり選びとるように話す。
「……つきあう、じゃ……ない。けっこん。して、ほ、しい……おもっ、てる……けど、ちせに……たくさん、ふ、ふたん……かけ、ちゃう。ぼく、いっしょ……だと、ちせ……が、たいへ……た、いへん」
言葉の終わりと一緒に首を傾げる。
大変だけど、それでもいい? そう言いたいんでしょ。大丈夫、私は玄雅の言いたいことは全部わかるよ。
玄雅の漢文もどきを十万文字以上直したんだから。
「そうだね。私たちには付き合うんじゃなくて、結婚の方が似合う」
玄雅の目を見て笑いかけると、玄雅の目に涙が溜まっていくのがわかる。
そうだよね、不安だったよね。私も不安だったんだもん。玄雅は大人びてるから忘れちゃうけど、私より年下なんだもんね。
「……ち、せ……なかな、い」
「玄雅が泣いてる時に私も泣いちゃったら誰が玄雅を慰めるの?」
玄雅との距離を近づけて、玄雅の方に体を傾ける。背中に手を回してさすると、我慢してた玄雅の涙はぼろぼろとこぼれ始める。
玄雅の方が少しだけ背が高いはずなのに、猫背のせいで私より小さく感じる。頭を撫でても嫌がらずにさせるがままなのが可愛い。
「玄雅と結婚したい」
「……あ、りが……ありが、と、う……ありがとう」
玄雅のことも四季さいのことも私が支えるから。これからずっと私がいるから、ちゃんと支えるから。
だから、玄雅も私から離れるとか言わないでよ。玄雅と私だけの、私たちだけの距離をこれから探す。
私の目標はハリネズミ。今回こそは目標を叶えたいんだから、玄雅もつき合ってよね。
今日は待ちに待った豊見親 下の発売日。ついでに私の小説の発売日でもある。
「知世ちゃんのご飯は相変わらず美味しいね」
私と玄雅、そしてなぜか朝からいる東さん。
「今日はなんの用ですか? 見本誌ならもうもらってますよ」
「いやだなぁ、そんなに敵意むき出しにしなくても良くない?」
今日は玄雅と本屋さん行ってから都立庭園に行きたいんです。東さんが邪魔で仕方ない。
「ご飯食べたかったのもあるけど、ちゃんと目的があって来たの。ほら、これ玄雅にあげる」
東さんは鞄から分厚い本を取り出して玄雅に渡す。
玄雅はそれを見ると目をまん丸にして、本と東さんを交互に見て口をぱくぱくとさせてる。何ごとかと思って私も覗き込むと、その本の表紙には豊見親 中と書いてある。
「……中?」
「そ、中。倒れる前の玄雅が書いた中の原稿をわがまま言って一冊だけ印刷してもらった。俺からの退院祝いってことであげる」
玄雅と一緒に本の中を見ると、東さんの言う通り書き直される前の中の原稿そのまま。下に繋がるはずだった、悪者になるはずだった玄雅さんが書かれてる。
「お腹もいっぱいになったところだし、邪魔者はそろそろ帰るね。玄雅の魔法にかかってくれてありがとう。これからも知世ちゃんとしても那月昴先生としてもよろしくね」
そう言うと東さんは颯爽と帰って行った。魔法? 何の話かわからないしお皿ぐらい洗ってから帰れ。その文句は東さんに直接送っておこう。
「……こ、れ。ちせ……に」
玄雅はダンボールの中から一冊の本を持ってきてくれて、私に渡してくれる。
豊見親 下と書かれた淡い黄色のざらざらとしたソフトカバー。文字だけの表紙には四季さいの文字。それと特別協力、美本知世の名前が書かれてる。
本当に、本当に私の名前が載ってる。玄雅の四季さいの小説に私の名前が、本名が載ってる。小説家になる。その夢を叶えられたその日に、この本をもらえるなんて。
「……ちせ、は、よ……く、なく」
「ごめん、まだ泣きなくないんだけど……涙腺が」
泣くのは本屋さんに行ってから。そう決めてたのに、表紙を見ただけで泣いてしまった。
「これ……玄雅に」
「……い、いの?」
「もちろん。受け取らないはなしね」
泣いたまま渡すなんてかっこつかないけど、泣き止みそうにないから猫の目に映るの見本誌を泣いたまま渡す。
玄雅は嬉しそうに中をぱらぱらと見てる。私はその間にお皿洗って着替えて化粧して。頑張って泣き止んで。
玄雅と一緒に本屋さんに行く。これは玄雅と決めてたこと。玄雅の発売日の決まりをまた二人でしよう。退院が決まってから、二人で楽しみにしてた。
「ゆっくりでいいからね」
退院したとはいえ、右半身の麻痺が消えたわけじゃない。階段の上り下りはまだ大変そうだし、駅ビルの上の階にある本屋さんまでは時間がかかる。都立庭園の入口は砂利道だから歩くのは大変だと思うけど、玄雅も私もどうしても行きたい。
また二人で発売日を満喫したい。
駅までの道も、駅ビルを上る時間も、とてつもなく大変だろうに玄雅はしっかりと自分の足で歩く。杖の使い方も前と比べて慣れたように見える。
玄雅を見てるだけで泣きそうになる。この緩すぎる涙腺をどうにかしたい。
「……あっ、た」
豊見親 上から一年以上が経ってる。経ってるはずなのに、豊見親 下は新刊コーナーのど真ん中。一番目立つところにずしりと陳列している。その隣には猫の目に映るも置いてある。豊見親ほどとはいかないけど、大賞受賞作とでかでかと書かれた帯が目をひく。
豊見親には美本知世、猫の目に映るには那月昴。本名とペンネームが書かれた本たちが並んでる。苦しかったけど、書ききった本たちが並んでる。
この光景を見ただけで、書いてよかった。そう思わせてくれる。
「……な、くとおもっ……てた」
「私もそう思ってたけど。朝泣きすぎたかも」
本屋さんでお互いに豊見親と猫の目に映るを買って、都立庭園に着いた。
泣くと思ってたのに泣かなかった自分に驚きつつ、砂利道を苦もなく歩く玄雅にも驚きつつ、久しぶりに来た青葉亭は相変わらず広い。
少しづつ暖かくなってきて、都立庭園には緑が広がってきてる。
「玄雅と青葉亭に来るのいつぶり?」
「……いちねん……い、じょう……な、きが……する」
また玄雅と青葉亭に来れる。これは夢? と思ってしまうほど、驚くべきこと。
玄雅が倒れて後遺症がある。それを聞いた時はもう元には戻れない。そんな風に決めつけて絶望したけど、玄雅が頑張ってくれたから。リハビリも私とのことも逃げずに向き合ってくれたから、私たちは今ここにいる。
「玄雅……あのね」
思い出の場所はたくさんある。
玄雅と出会ったらしい駅前の居酒屋。ゲロ吐きまくった玄雅の部屋、タトゥーを見られたりした私の部屋。岡倉さんのカフェと玄雅が教えてくれたカフェ。駅ビルの本屋さんに都立庭園。何度も一緒に買い物に行ったスーパー。沖縄本島に宮古島。
その中でも都立庭園、その中の青葉亭は特に大切な思い出がたくさん詰まってる。
言うなら、話すならここしかない。今日こそは言う。
「……け、っこん」
け、と言いかけた私の口から言葉は出ない。けの形のまま止まる。
「……も、うすんでる……いっ、しょ、すんで、る……から」
玄雅はゆっくり、言葉をじっくり選びとるように話す。
「……つきあう、じゃ……ない。けっこん。して、ほ、しい……おもっ、てる……けど、ちせに……たくさん、ふ、ふたん……かけ、ちゃう。ぼく、いっしょ……だと、ちせ……が、たいへ……た、いへん」
言葉の終わりと一緒に首を傾げる。
大変だけど、それでもいい? そう言いたいんでしょ。大丈夫、私は玄雅の言いたいことは全部わかるよ。
玄雅の漢文もどきを十万文字以上直したんだから。
「そうだね。私たちには付き合うんじゃなくて、結婚の方が似合う」
玄雅の目を見て笑いかけると、玄雅の目に涙が溜まっていくのがわかる。
そうだよね、不安だったよね。私も不安だったんだもん。玄雅は大人びてるから忘れちゃうけど、私より年下なんだもんね。
「……ち、せ……なかな、い」
「玄雅が泣いてる時に私も泣いちゃったら誰が玄雅を慰めるの?」
玄雅との距離を近づけて、玄雅の方に体を傾ける。背中に手を回してさすると、我慢してた玄雅の涙はぼろぼろとこぼれ始める。
玄雅の方が少しだけ背が高いはずなのに、猫背のせいで私より小さく感じる。頭を撫でても嫌がらずにさせるがままなのが可愛い。
「玄雅と結婚したい」
「……あ、りが……ありが、と、う……ありがとう」
玄雅のことも四季さいのことも私が支えるから。これからずっと私がいるから、ちゃんと支えるから。
だから、玄雅も私から離れるとか言わないでよ。玄雅と私だけの、私たちだけの距離をこれから探す。
私の目標はハリネズミ。今回こそは目標を叶えたいんだから、玄雅もつき合ってよね。
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