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三章・私の目標はハリネズミ
四十五話「確信犯じゃね?」
しおりを挟むあと一つ。あとすることは一つだけ。
ここをクリックすれば終わるのに、全然指が動いてくれない。
テーブルにごんっと頭をぶつけて突っ伏して、呼吸を整えてから……。
「ぽちっとな」
先生の声の後ろにダブルクリックの音がした気がする。
「え、ちょ、先生!? なんで応募してるんですか!」
「だって、この調子だといつまでも応募できないだろうなって思って」
「だからって……もう!」
パソコンの画面に応募ありがとうございますの文字がでかでかと表示されてる。本当に応募しちゃったんだ。
「僕は作業部屋にいるから、慶壱くんもゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。遠慮なくくつろぎますわ」
テーブルの正面には見慣れたつんつん頭の慶壱。私が呼び出した。
「あ、そこの袋全部お土産。誰宛てかはふせんに書いて貼ってあるからよろしく」
「だから、俺は郵便受けじゃねーんだわ」
沖縄でも買いすぎたお土産を慶壱に渡すのはついで。慶壱を呼び出したのは別のことを話したくて。
「慶壱さ、あの感想は酷すぎない?」
「……それに関しては反論の余地もない」
慶壱は私の小説を書いたらレポートかってぐらい長い感想送りつけてやる、なんて豪語しといたくせに、馬鹿みたいな文章送ってきやがった。
先生のお父さんと会って車に乗ってる時、私の緊張がピークの時に馬鹿みたいな文章送られてきてムカついた。
「まず、最初がなんかすごい面白くて、めっちゃ面白くて、面白かった。って何? なめてる?」
「なめてるわけじゃなくて……思ったことをそのまま書いたらそうなった」
「小学生の読書感想文の方がよっぽど立派だわ」
「悪かったとは思ってるけど、本当に面白かった。まさか俺が知ってる内容だとは思ってなかった」
「……覚えてたの?」
「当然。タイトルが違かったから読み始めてびっくりした」
私が小説を書くのを慶壱はよく思ってないと思ってた。そんな慶壱が私の小説を覚えてるなんて……思ってないじゃん。
「それよかさ、旅行楽しかった?」
明らかに話をすり替えたな。とは思いつつ、話したいこともあるからその話にのる。
「楽しかったよ。沖縄本島ではパワースポット行って首里城も行ったし、ホテルは豪華で綺麗だったし、宮古島では先生が永遠と怒られてた」
「怒られてたのか? あの先生が?」
「そう。連絡したのが二日前でおばあさんはもやいで本島に行ってるし、先生が何しても怒られてた」
「も……やい? モアイ?」
「なんか集まり? らしい。私もよくわかんない」
先生の二十歳らしい一面が見れて楽しかったよ、と言うと慶壱はそっか二十歳かなんて言ってる。
年上の私たちがそんな風に思うほど、普段の先生は大人っぽすぎる。
「先生は宮古島には何にもないって言ってたけど、長い橋がたくさんあったし、海は綺麗だし、面白いお墓見れたし、神社とかもあるし、海の中見れたところは楽しかったし、どっかの島の池はごつごつしてたけど楽しかった! シフォンスカート破いたけど」
「おう、一個も正式名称わからんけど楽しそうでなによりだ」
「あと、まもる君がいっぱいいた。十九人ぐらいいたっけな?」
「なんだそれ。まもる君って何者だ?」
宮古島の楽しかったことをどんどん並べてると、ふと長いチェーンのネックレスが目に入る。
「あとね」
小さい声でちゅら玉の話をする。
ちゅら玉を買ってくれて、可愛いって言ってくれて、お母さんに教えてもらったミンサーって柄の意味を話して。
「それって……確信犯じゃね?」
「やっぱりそう思う?」
先生は意地悪な人じゃない。私の気持ちを知った上で、その気持ちで遊んだりはしないはず。
このネックレスをもらってからは毎日つけてるし、先生もそれを見てるはず。
「告れよ」
「はぁ!? 何言ってんの!」
「声がでかい。聞こえるぞ」
慌てて口を手で覆ってもう一回何言ってんの! と反論する。
「いけるって。それはいける。大丈夫だろ」
「……もし、ふられたら?」
「そん時はそん時だろ。なるようにしかならない」
告白したことがないわけじゃないし、先生に告白したいって何度も思った。けど、もしふられたら? 先生が私のことなんとも思ってなかったら?
私と先生は家は違うけど隣同士だし、ほぼ毎日会ってるし、私は先生の家政婦だし。
ふられたからと避けられる関係じゃない。ふられた後のことを考えると、とてもじゃないけど告白しようとは思えなくて。
「……まだ早いかなって」
「もう半年以上一緒にいるだろ? 早くないだろ」
「八ヶ月、まだ八ヶ月しかいないの」
「ほぼ同棲みたいなもんだから長いだろ」
「私からしたら短すぎるかなって」
初日に先生のことを好きになったからほぼ一目惚れだけど……先生に誰でも好きになる女って思われたくない。一途ですよってアピールをしたい。小賢しいけど、少しづつ先生にいい印象を与え続けたい。
できることは全部しておきたい。全部やり尽くしてから告白したい。
「まぁ、お前がそう思ってるならそうすればいい。俺がこれ以上口出ししても野暮だしな」
「そうそう、慶壱は普段から野暮天なんだからこういう時ぐらい我慢しなさい」
「お前……野暮天なんて言葉どこで知ってんだよ」
「先生の小説」
「あの人そんな言葉使うのか……ってか、小中とあだ名がバラガキのやつに言われたくねーんだわ」
「うるさい! その話を蒸し返すな!」
ギャーギャーと言い合いをしつつ紅茶を入れようと立ち上がると、先生の部屋からどたんと大きい物音。
先生はよく分厚い本落としてこんな音をたてる。この音がする時は先生の集中力が切れてる時。
「先生、ちょっと休憩しませんか? 今から紅茶淹れるので」
扉を開けると、床に倒れ込んだまま動かない先生。
えっ、なにこれ、どうすればいいの。
「先生、寝るならベッド行かないと……」
恐る恐る体を揺らしても先生はぴくりとも動かない。
「け、い……いち」
私の声に慶壱も作業部屋に入ってくる。
「とりあえず救急車呼ぶから、知世は慌てずに落ち着け」
震える手で慶壱がスマホで電話してる。先生って何回呼んでも揺すっても、先生は全然起きてくれない。寝不足で寝ちゃってる、そんな風に思いたいのに絶対に違うってわかっちゃって。
先生からもらったネックレスをぎゅっと握りしめる。今の私にはそんなことしかできない。
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