ハリネズミたちの距離

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三章・私の目標はハリネズミ

四十四話「主人公をいかに悪者として書くか」

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 早起きした昨日とは違い、今日はゆったりと自由な時間に起きた。
 リビングに行くとお母さんたちがご飯できてるよ、と声をかけてくれて、階段から大声で叫んで先生を呼んで。
 稲嶺家の雰囲気はもう何となくわかった。すごく楽しくて優しくて、そして先生はとても大事にされている。

「今日はどうするの?」
仲宗根なかそね豊見親とぅゆみゃのお墓と宮古神社、平良ひららを散策しようかなって。漲水御嶽はりみずうたきも行く」
「せっかく知世ちゃん来てるんだから、砂山とか伊良部大橋、下地島の通り池の方が喜ぶんじゃない?  車なら自由に使っていいから」
「とりあえずは僕のお目当てに先に行きたいの」

 先生とお母さんの言い合いを聞きながらご飯を食べる。いつも先生と二人だから人が多いのが新鮮。実家にいるみたい。
 なんてことを思ってたら、先生に早く行くよと急かされる。

「い、行ってきます!」
「「行ってらっしゃい」」

 先生はさっさと家を出たい、そんな雰囲気のまま急いで家を出てしまった。私はその後ろを急いで追いかける。

「うるさい人たちでしょ」
「そうですか?  大事な息子を心配してる普通の親御さんじゃないですか」
「お母さんの口うるささが年々増しててるから、帰るのが嫌になるんだよ」

 先生の家から歩いて……どれぐらいだろう。結構歩いたつもりだけど、時間を見てなかったからわからない。

「ここが宮古島で一番来たかった場所。今回の旅行の目的地」

 先生が一礼して敷地内に入る。私も慌てて真似して一礼、目の前の大きな石の敷地内に入る。

「豊見親墓……ってことは、ここが玄雅さんのお墓ですか?」
「そ、ここが仲宗根豊見親玄雅のお墓。玄雅のお墓ってなんか面白いね」

 小説では玄雅って書かれてるからそう呼んでるけど、そういえば先生の名前も玄雅だ。ややこしい。

「ここであなたを主人公にした小説を書いてますって報告と、ありがとうございますって言いたかったんだ」
「きっと玄雅さんも喜んでますよ。あ、今の玄雅さんは仲宗根豊見親のことで先生じゃないですよ」
「わかってるけど、ややこしいね」

 そうなんですよややこしいんです。なんて先生と言いながら、改めてお墓を見渡す。
 お墓は小さなピラミッドのように段々になってて、真ん中には紋章のようなもの、紋章の下に穴みたいな空間があってそこに玄雅さんがいるんだろうなと思ってる。素人だから何の根拠もないけどね。
 あと、お墓と同じ敷地内に階段があってその階段を降りると水が溜まってる。お墓が段々で階段みたいなのに、その敷地内にまた階段があるから面白い。

「隣には仲宗根豊見親の三男のお墓と、奥には子孫たちの側室のお墓もある。そっちも行こうか」

 あんまり手入れされてないけどね。なんて言われて見に行ったけど、お墓って言われなきゃ気づかない、なんて言うか遺跡?  みたいに大きなお墓。沖縄のお墓は独特で大きいって聞いたことがあるけど、この人たちは有名だから特別大きいんだろうな。

「豊見親 上で宇津免嘉うつめがって人がいたの覚えてる?」

 お墓を離れてどこかに向かって歩き出すと、先生がそんなことを聞いてくる。

「確か、島一番の霊力の持ち主で玄雅さんの奥さんになった人ですよね?」
「そうそう。島一番の霊力っていうのは僕が作ったお話だけど、宇津免嘉は実在した人で仲宗根豊見親の妻になった人。中ではその二人のことも書くし、さっき見たお墓に入ってる三男も出てくるんだ」
「じゃあ、中は玄雅さんの家族が中心なんですか?」
「ううん、沖縄本島の王様と久米島くめじまの女性、それから石垣島の英雄の三人が中心。家族のことも書きたかったから結構な内容を詰め込んだ」

 王様と他の島の女性と石垣島の英雄。誰のことかなんてさっぱりわかんないけど、先生が書いてるんだから面白いに決まってる。
 先生は魅力ある歴史上の人物を書いてるんだから面白いに決まってる。そんな風に言ってたけど、それは違う。
 確かに歴史上の人物はみんな魅力的かもしれない。知れば面白い、最近はそう思い始めてる。けど、それは先生の書くお話が面白いから。先生の考えた物語と文章が魅力的だから。
 じゃないと、歴史が苦手な私が先生の小説を楽しむなんてできない。せんたく以外の作品を読んでも面白いって思ったんだから、先生は物語を作るのも文章を構成することも、小説を書くこと全てが得意なんです。

「あと、気が早いけど下の話をするとね、下では主人公たちをいかに悪者として書くかってのがテーマ」
「主人公を悪者にするんですか?」
「するんじゃなくて、実際にしたこと。歴史に名を残す人は基本的に悪いことをしてるんだよ。いいことだけをして名を残す、なんて至難の業だからね」
「……主人公たちって言いました?」
「正解!  下の途中で仲宗根豊見親は死ぬ。その後は長男の仲屋金盛なかやかなもりが主人公になる。彼がどんな最期をとげるのかってのが、僕が豊見親で一番書きたかったこと」

 主人公が変わる……その展開が楽しみすぎるし、それに先生が一番書きたかったことを早く読みたい。
 そういえば……先生の書く主人公は悪いことをしてる人が多い。先生の八番目の作品死を以てしても、許されざる悪人は名前の通り悪人二人が主人公のお話。
 一人の悪人は妻に、もう一人の悪人は母親に殺される。妻と母親は同一人物で、その人は夫と息子を殺したことになる。
 帯には悪人と悪人と悪人。そんなうたい文句の通り、登場人物全員が悪人のお話。

「先生は悪者が好きなんですね」
「悪者の方が魅力的に見えるのは確かだけど、歴史上の人物はほぼ全員が悪者だと思ってる。主人公は悪いことをしないって物語はどこか不自然に思えるんだ」
「玄雅さんはどんな悪者なんですか?」
「侵略した島の首長、偉い人の娘を捕虜として連れて帰ってきて側室にする。そしてその娘は正室の宇津免嘉から酷い扱いをされて死ぬ。その娘は仲宗根豊見親の長男の側室になったって説もあるけど、僕は仲宗根豊見親の説にしてみたんだ。どう?  悪者になるでしょ?  まぁでも、上で双子を殺してるし最初っから悪者ではあるのかな?」

 二つ目の目的地、と先生は話を止める。
 あんなに楽しそうに歴史を調べて、自分と同じ名前の人物を主人公にしてるのに、その主人公を悪者として描く。
 先生の考えることは本当に面白くて、私なんかじゃ予想もできない。
 そんな先生が書くお話を早く読みたい。早く中が発売されて、下も発売されないかな。
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