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三章・私の目標はハリネズミ
四十二話「大層なもの」
しおりを挟む海辺の綺麗なホテルに泊まったっていうのに、気持ちは全然明るくなくて。どちらかと言うと暗くて。
まだぶすくれてるって思われるのが恥ずかしいけど、行けるもんだと思ってた美ら海水族館に行けないのがこんなにも悔しいとは。
「……ごめんって」
「別に怒ってないです」
「斎場御嶽のあとからずっと口数少ないじゃん」
昨日は斎場御嶽のあとに平和記念公園とよくわからない人たちのお墓に行って、城跡? 的なものも見に行った。
先生の話も楽しかったけど、美ら海水族館に行けないのが悲しくてあんまり話した覚えはない。
「そんなに美ら海水族館に行きたかったの?」
「……行きたかったです」
修学旅行で行った時、ジンベイザメの見える大きな水槽の前で慶壱と大喧嘩、そのあとは一人でずっと鮫を見てた記憶しかない。
せっかく綺麗な水族館なのに嫌な思い出しかなくて、先生と行ったら楽しい思い出ができるって思ってたのに。
完全な八つ当たりなのはわかってる。お金も出してない私がこんな態度になるのはおかしいって頭ではわかってるけど、やっぱりどうしても行きたかった。
「八つ当たりしてすみません。元気な私に戻るように頑張ります」
朝が苦手な先生が早起きして運転してくれてるんだから、私なんかが拗ねたままでどうするんだ。頑張ってそんな風に言い聞かせて、ブラックコーヒーを一気に飲む。苦くておえってなったけど、なんか少しだけ元気が出たような気がする。
「着いたよ」
気づいたら知らない駐車場。周りを見渡すと首里城入口はこちら、なんて文字が見える。
「私……寝てました?」
「コーヒーがぶ飲みしてすぐ寝てたからすごいなって思って見てた」
申し訳なさすぎて、今この場で土下座をしたい気分です。そう伝えると本気で恥ずかしいからやめて、と先生に止められた。私でも同じこと言う気がする。
「これが守礼門、二千円札に書かれてるやつね」
二千円、そんなお札あるよね……見たことないけど。
それからたくさんの門をくぐった。名前が長くて覚えてないけど、なんちゃら石門っていうのが他の門と雰囲気も見た目も違くて一番印象に残ってる。
「沖縄に来てから階段ばっかり上ってませんか……?」
「昔の遺跡はだいたい階段があるから……仕方ない! ヒールとかはやめた方がいいって言った意味わかるでしょ?」
二人して肩で息をしながら階段を上りきると、目の前に赤い建物が広がる。
明らかに日本の城とは違う形に派手な赤色、ここが違う国だったと説明されなくてもひと目でわかる。
「中入れるから行こう」
先生のあとを付いて行くと、目の前には茶色と白のしましまの地面。奥の方に建物が見える。
「正殿、南殿、北殿を含む主要七棟は全焼。今は見せる復興ってことでこうやって工事中の首里城を見せてくれてるんだ。完成は二〇二六年予定」
先生は悲しそうな目で燃え跡を見ながら、建物が燃えたのももちろん悲しいけど、歴史的資料が燃えたのが本当に悲しいって言ってて。建物は戦後に復興したものらしいけど、資料は復元してもレプリカになってしまう。当時のものが残ってない。それは心苦しいことらしい。
ぐるりと歩いて奥に見えてた建物に近づくと、世界遺産首里城遺構と書かれた建物がある。建物を覗くと中に昨日見た城跡と似たような遺構がある。
「世界遺産って燃えた首里城じゃないんですか?」
「首里城は四回燃えてて、今回の火災で五回目ね。本殿たちは戦後に作られたもの。世界遺産はこの下に見える首里城跡。沖縄戦の時に首里城の地下に日本軍の司令部を置いたから徹底的に壊されて、そのあとは大学ができたりしたけど、何とか今の形になった。廃藩置県後も戦後も酷い扱いをされたけど、今は世界遺産になるほど有名で沖縄を代表する観光地になってるんだ」
先生のガイドさんみたいに詳しい説明を聞きながら首里城をぐるっと回って、そのあとに王様たちのお墓に行って先生が興奮しながら呪い? が書いてあるという石とやらの説明をしてくれた。
沖縄の人たちの名前とか場所の名前があまりに聞き馴染みのないものだから、あんまり覚えてない。
「ちょっと時間あるし……国際通り行こうか。お土産は買わない方がいいよ」
国際通りも修学旅行の時に行った場所。
沖縄らしいお土産がたくさんあって、どのお店を見ても楽しいし、ハブが丸々入ったハブ酒のお店はびっくりした。
大きいハブ酒を買っていきたいけど……三万円はちょっと無理です。
「そこのお店行きたいんだ」
ちゅら玉と看板に大きく書いてあるお店。中に入ると綺麗なアクセサリーが所狭しと並んでる。
「意外です」
「ん? 何が?」
「先生ってアクセサリーとかつけてるの見たことないので、こういうお店来るんだなーと」
先生は一通りお店をぐるりと見ると、ピンク色のネックレスを取ってレジに向かう。
レジの人にタグを取ってください、って言って買うと、袋にも入れずにそのままの状態で、
「これ、美本にあげる」
ぶっきらぼうに私に渡してくれる。いつもの可愛い顔じゃなくて、真剣な顔で頬を赤くして照れてる。
「……美ら海水族館、連れて行けなくてごめんね」
びっくりしてる私は先生からネックレスを受け取ったまま固まってしまう。そんな様子の私を先生は早くお店出るよ! とお店から押し出す。
長めのシルバーチェーンにピンク色の可愛い丸い玉のついたネックレス。ちゅら玉って名前らしい。丸い玉の上には不思議な模様が描かれてて、沖縄って感じがする。この模様が何かはよくわかってないけど。
「早く行こうってば!」
急かす先生は私に背中を向けてるから顔が見えないけど、耳まで真っ赤。
「先生」
「……なに?」
「これ、ありがとうございます。本当にありがとうございます。宝物にします」
「そんな大層なものじゃないから」
「そんなことないです」
大層なものじゃない? 先生はわかってるはずなのに、東さんと茜さんが言ってたんだから、私は先生が私の好意に気づいてるって思ってる。
そんな先生が私にネックレスを買ってくれて耳を真っ赤にしてる。これはもう、確定でいいでしょ。
「大層なものですから、宝物です。めっちゃ嬉しいです」
早速つけて先生に見てくださいって前に出ると、ちゃんと見てくれない。早く行くよって先を歩き出しちゃう。
「先生! 見てくださいってば!」
後ろから大声を出すと、観念したのか先生は肩を下に落とす。きっとため息をついたんだろうな。
「……可愛いよ。美本によく似合ってる」
早く付いて来ないと置いていくからね! 先生はそう言うとまた足早に先を歩いてしまう。
ちょっと待ってください、私に落ち着かせる時間をください。
そんな顔を真っ赤にして可愛いって言ってくれるなんて、予想外すぎて頭も心も全ての処理が追いつかなくて。へなへなと腰が抜けて座り込んでしまう。
「……可愛いって」
好きな人に、先生に、ネックレスをもらって可愛いって言ってもらえて。
この沖縄旅行で先生のこともっとずっと好きになっちゃうじゃないですか!
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