ハリネズミたちの距離

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三章・私の目標はハリネズミ

三十八話「便利な俺のこと」

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「私が来てほしかったのは茜さんだけなんですけど!?」

 私の叫びに耳を傾けず、人の部屋のもので勝手にお茶を淹れてる人たち。そのコップも急須もお茶っ葉も、全部私のなんだから!

「いいじゃんそんなに怒んないでよ。はい知世ちゃんのお茶」
「私は来てほしいなんて一言も言ってないよ?  ただ、恭蔵に行くべきかなって相談しただけ」

 二人して平然としてるけど……東さんは何回も茜さんに告白してて、一方の茜さんは東さんのことを何とも思ってないんだよね?  何この空間。私だけが地獄じゃん。

「……と言うか、茜さんは東さんに相談したんですか?」
「そ、私と恭蔵でよく飲みに行くから」
「二人で?」
「うん。二人で。何かおかしい?」

 おかしさしかないでしょうよ。
 だって、東さんは茜さんのことが好きなんでしょ?  告白してるんでしょ?  それで茜さんは東さんのこと何とも思ってないんでしょ?  それなのに二人で飲みに行くの?

「恭蔵は私のこと好きだから私が誘ったら断らないの。便利でしょ」

 ……は?

「茜さんはそれを本人の目の前で言うからだめなんですよ。そういうことは心の内に隠しておくものです」
「恭蔵ごときのために頭を働かせたくないの。思ったことはその場で言わないと」

 ……え?

「私が飲みたい時に誘えばついてくるし、どんな時間に呼び出したって来てくれる。こんなに便利な後輩は恭蔵だけ」
「そんな便利な俺のこと後輩から彼氏に格上げしてくれません?」
「それは嫌。都合のいい後輩が一番便利なの」
「ちょっと待ってください」

 頭が追いつかないし理解できないし、と言うよりはわかりたくないし理解したくない。

「あれだよ、知世ちゃんと慶壱みたいな。名前がつけられない関係性ってこと」

 待ってって言ったのに、東さんはべらべらと喋り始める。それは茜さんも同じこと。

「慶壱って誰?」
「知世ちゃんの元カレで今でも二人で飲むぐらい仲良しな人です」
「でも、それって友達ってことでしょ?」
「そういうことなんじゃないですかね?  俺もあんまり詳しくは知らないですけど」
「だったら、私たちとは違うじゃん。付き合ったことはないけど、やることはやってるわけだし」

 やることは……やってる?

「まぁ、そう言われればそうですね」
「セフレって名前がつけられる」
「確かに!  俺たちセフレですね。セフレってことは後輩よりも上ですよね!」
「どちらかと言うと下だと思うけど」

 関係性なんて型にはまる方が珍しい。友達でも恋人でも家族でも。名前は同じなのに、中身は全然違う。
 私はそれがわかってるつもりだし、何度も経験してるはずなのに、この二人は未知すぎて頭がショートしそう。
 深く考えるのはやめよう。そしてこの話は私が気まずいだけだから、さっさと違う話題にすり替えよう。

「茜さんに聞きたいことがありまして」
「そうだったよね。恭蔵ちょっと黙ってて」

 茜さんの静かな笑顔を見た瞬間に東さんは空気になります、と言わんばかりの大人しさ。ずっとそのままでいてくれ。

「先生の、その……」
「どうやったら玄雅が好きになってくれるとかって聞きたいの?」
「そ、うじゃないんです」

 元々聞くのが恥ずかしいとは思ってのに、東さんがいると余計恥ずかしい。

「先生の話を……聞きたくて」
「玄雅の話を聞きたい?  どんなの?」
「何でもいいんです、本当に何でも良くて……私の知らない先生の話を……茜さんならたくさん知ってると思いまして」

 恥ずかしすぎて顔が赤い。それを見られたくなくて、見られてるんだろうけど下を向く。
 涼子ちゃんに触発されてその勢いのまま茜さんに連絡したあとに気づいたんだけど、ただ話を聞きたいって若々しすぎない?  涼子ちゃんは十八歳で私が二十二歳なの忘れてた。

「あははっ、知世ちゃん可愛いね」

 若いのはいいことだ、と言う茜さんの目は細く優しい。
 とても大事で脆いものを見るような、そんな優しさ。

「若い時はそうやって突っ走り続けるのが大事」
「若いって、私もう二十二ですよ?  大人にならないとって焦りまくってます」
「三十の私にそれを言う?」

 年上の人にもう二十二って言うと、みんな同じことを返す。
 自分に比べれば若い。
 そりゃそうだよ、私はあなたよりあとに生まれたんだから若いに決まってる。でも、私が言ってほしいのはそんな言葉じゃない。

「過去の知世ちゃんと比べたら今が一番年取ってるだろうけど、未来の知世ちゃんからしたら今は充分に若い。二十歳からは税金とか払い始めて一気に大人にさせられるけど、中身はそんなに変わらないんだから、今は好きなことに全力でぶつからないと。八十歳まで生きるとしたら、まだ人生の四分の一。今しかない若さを使わないでどうするの」
「そうそう、俺もそう思うよ。二十五過ぎたらもう一気に老けるから、今の知世ちゃんなら全力疾走できるけど二十五超えるとできない。本当に後悔するからね」

 年上の人たちはいつだって同じことを言う。
 茜さんもそんな年上の人たちの一人で同じことを言ってきた。
 でも、その言葉に込められた思いはなんだか素敵だなって思えてしまう。

「恭蔵、黙っててって言ったよね?」
「……ごめんなさい」

 そんな素敵だなと思える茜さんのことが好きな東さん。
 私と慶壱よりも不思議な気はしてるけど、そんな二人がいつかお互いに好き同士になってくれるといいな。なんて思ったのは内緒。茜さんにどんなことを言われる、想像しただけで怖すぎる。
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