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三章・私の目標はハリネズミ
三十七話「はい、ハリネズミです」
しおりを挟む「こうやって見ると狭いね」
「本当は手前の部屋の方が広いんで、そっちを先生と同じく作業部屋にしたかったんですけど……慶壱のせいです」
「ベッドを置いただけで一部屋埋まってるもんね」
「何なんですかワイドキングサイズって!? 聞いたこともない」
いやいやいや、この状況が何なんですか。
「僕はリビングにいるけど、美本はここで作業してる?」
「いえ……私もリビングに行きます」
いつものように先生の部屋で朝ごはんを食べて、勇気をだして茜さんの連絡先を聞いて、それでいつものように先生の部屋で作業しようと思ってたんだけど……何で先生と一緒に私の部屋にいるんだ?
「これが猫の目に映るの参考資料?」
「そうです。先生に比べたら全然少ないですけど」
「すごいね、法律的な難しいことたくさん書いてあって全然わかんないや」
テーブルに並べられた猫の目に映るの参考資料、そして雑に散らばる紙の上に置かれたパソコン。
先生は何もせずにただそれを眺めてる。
「先生は作業しないんですか?」
「今日はおやすみしようかなって思ってる。美本の作業の手伝いができればなって」
「手伝い?」
「いい調子で書けてたのに、最近は難しい顔してばっかりだし手が止まってるって思ってた。僕の部屋じゃなくて、美本の部屋に来たのはいつもと少しだけ違う、美本の部屋に僕がいるって環境が刺激になるかなーなんて思って」
刺激は頂いてます。えぇ、刺激しかありません。
でも、その刺激は小説に役立つ気はしなくて。ここ最近はずっと小説のことばかり考えてるから大丈夫だけど、それより前の私だったら小説のことなんてどうでもよくなってましたよ。
「もう少しで終わりそうなんですけど、今更最後に悩んでしまって」
元々は遠くの大学に通うために一人暮らしを始める睦月とそれを見送る葉月のシーンで終わらせる予定でいた。
嬉しさと切なさと、葉月の複雑な気持ちで終わらせようと思ってたのに、いざ終わるとなると悩んでしまう。
「二人には幸せになってほしくて……それで、睦月は近くの大学に通って葉月と暮らしてるって終わり方でもいいかなと思い始めたんです」
葉月も睦月、飼い猫のぶーちゃんも、みんな物語の登場人物。私の意志で書かれただけの人たちなのに、幸せにしたい気持ちがどんどん膨れ上がってくる。
たくさんの試練を与えてしまって、たくさんぶつかり合わせてしまって、そんなたくさんの辛いことをさせたからこそ、みんなに幸せになってほしい。
最後の最後に切ない気持ちになってほしくない。
「僕は元の終わり方の方が好きだな」
もう本当に、私の恋は盲目なんだよね。あれだけ悩んでたのに、先生の一言で、理由なんて聞かなくてもそっちの方がって思い始めちゃう。
「元の終わり方の方が余韻が残ると思うし、読んでくれた人にたくさんのことを感じてもらえると思うんだ。それに、美本の書きたいことが元の終わり方には凝縮されてるって感じた。僕は美本の書きたいことを楽しみにしてる」
私の恋は基本的に楽しいものばっかりだった。
少女漫画が大好きだから恋の苦しさっていうのは想像できるし、友達も恋は苦しいことばかりって愚痴ってた。
それでも、やっぱり私の恋は楽しかった。慶壱の時は苦しいこともあったけど、それだけ。恋をしてるのが楽しくて、その人の言葉や行動で心臓止まるんじゃないかってぐらい感情が高ぶって。
そんな楽しい恋ばかりしてきた私の一番楽しい恋は今。四季さいもとい、稲嶺玄雅のことを好きな今が一番楽しくて幸せでしょうがない。
「そういえば、それ気になってたんだよね」
先生が私の後ろを指さす。後ろに何があるのかは見なくてもわかる。
「私の目標です」
「ハリネズミが?」
「はい、ハリネズミです」
東さんに聞かれた時はとてつもなくムカついたし、うるさいって言いたいぐらいの気持ちになったけど、今はそんなこと全然思わない。
私の目標の意味を話したら、先生がなんて言ってくれるのか少しわくわくしてる。
「小さい頃にわがまま言ってハリネズミをオスメスと二匹飼ってて、ゲージは別にしてたんですけど家の中でお散歩させる時は一緒の時間にしてたんです」
動物が苦手な父親を必死に姉妹三人で説得、と言うよりは泣きつきながらお願いして飼ってもらった。飼う条件としてはお世話は基本的に私たち三人でやること、お年玉貯金はハリネズミたちに使うこと。
まだ小学生の私たちはその条件を守れなかったんだけどね。
「ちょっと経ったらメスのお腹が大きくなって、病院に行ったら妊娠してますって言われて。それからはもう大騒ぎでメスのお世話して、赤ちゃんが生まれたんです」
先生にハリネズミの赤ちゃんの画像を見せると、これが!? なんて素っ頓狂な声を出してる。
わかる、私もびっくりしたもん。
「生まれてすぐの赤ちゃんハリネズミは針がないのに、一日経たないぐらいで針が現れるんです。お母さんの針で傷つくことはないんですけど、兄弟同士の針で傷ついちゃう子がいたんです。それを見てたら、このお母さんハリネズミも小さい頃にこうやって傷ついたんだろうなって。それで、自分の針で傷つけず、相手の針でも傷つかない距離を知ったんだろうなって思ったんです」
人間はハリネズミよりも、もっとずっとたちの悪い見えない針で覆われてるって私は思ってて、見えないし人によって長さもバラバラ。傷つけず傷つかない距離を見つけるのが難しい。
「私は自分が傷つくのはいいとして、相手を傷つけない距離を見つけたいんです。自分が傷ついて学んでいくハリネズミたちと同じことを繰り返して、その人との一番いい距離にいたいんです」
「目標はハリネズミっておかしな一言にそんなにたくさんの思いがつまってたとは……思いもしなかった」
「おかしな一言って言いました?」
「うん。だって、その考え方を知らない人からしたら何これ変なのってなるよ」
おかしなって言うな! と手を挙げて抗議すると、落ち着いてって優しい顔で先生がなだめてくれる。
「じゃあ、僕も美本を傷つけない距離を見つけないとね」
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