ハリネズミたちの距離

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三章・私の目標はハリネズミ

三十四話「僕の小説は面白いに決まってる」

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「えっ……寒」

 予想外の寒さ。今日に限って風が強いのも嫌になる。
 久々の都立庭園。部屋にこもってばっかりじゃ落ち込むばかり。少しは外に出ないとって気分転換するために来たのに、あまりの寒さでそれどころじゃない。
 青葉亭、初めて来た時はなんて素敵な名前なんだろうなんて思ったけど、冬に来てみると青葉じゃないだろ、なんて思ってしまう。
 名前に文句を言っても仕方ないのに、そんなことを思ってしまうぐらい今の私は荒んでる。

「そういえば、慶壱の誕生日過ぎてるじゃん」

 涼子ちゃんの話聞いたはずなのにすっかり忘れてた。ハピバと送るとすぐに既読がついて、おせぇよと送り返してくる。お礼を言えよ、お礼を。

「美本ー!」

 青葉亭は少し高い場所にあって、下には竹林が広がってる。そんな竹林の間を通る道にいる誰かが手を振ってる。

「先生……?」

 声が聞こえてきた方向を見てもその人の顔は遠くてわからない。小走りでこっちに来る人の髪の毛、そして美本って呼び方、都立庭園に行ってきますと伝えた人。それは一人しかいない。

「美本の邪魔したくなかったんだけど、僕も来たくなっちゃった」

 やめてくださいよ。そんな可愛い笑顔と風で乱れた髪の毛に少し荒い息。私のところに来るために先生が走ってくれたなんて、心臓がもたない。
 小説を書くということに悩んでるのに、先生を目の前にするとそんなことどうでもよくなっちゃう。ただ好きな人をずっと見ていたい。それだけを優先してしまう。
 絶対に悪いことなんだろうけど、私にはどうにもできない。

「東さんとの打ち合わせはどうしたんですか?」

 心の中で大喜びしつつ、普通に見えるように振る振舞う。私的には普通のはずだけど、どう見えてるのかはわからない。あれだけわかりやすいっていろんな人に言われてるもんだから、自信はない。

「終わったから東はさっさと帰らせてこっち来た。豊見親とぅゆみゃ 中のちゃんとした発売日も決まったし、早く美本に伝えたくて」
「決まったんですか!?  いつですか!」

 私の勢いに先生は体を反らせつつ、大袈裟だねなんて言ってる。
 大袈裟なんかじゃない。私にとって先生の小説はそれぐらい大事なこと。四季さいは私の人生にそれほど大きく、深く、くい込んでる。

「来年の三月四日、だいぶ先だけど楽しみにしててね」
「もちろんです!  めっちゃ楽しみ」
「今から楽しみにしてたら気が持たないよ」

 閉園まであと一時間もない。あともう少ししたら帰ろっか、その前に一緒に買い物行こう。先生から提案してくれる言葉全部が愛しい。全部の言葉を余すことなく拾い上げて大事にしたい。
 先生への好きは日に日に増していく。愛しい、なんて感情が出てきたのは慶壱だけだったのに、慶壱の時に感じた愛しいよりもっとずっと愛しい。
 今までで好きになった人の中で、先生への好きの感情が一番大きい。

「小説は順調?」
「……ぼちぼち」
「あはは、そんな言い方ってことはあんまり進んでないでしょ?」
「バレましたか」

 先生からアドバイスをもらってから二週間は経ってるのに、書いた文字数は一万文字もいってない。十万文字以上を目指してるのに、一万文字なんて話にならない。

「美本はね、本当にすごいんだよ」
「どういうことですか?」
「だって、自分で物語を〇から作り出してる。それって限られた人にしかできないんだから、もっと自信もってよ」
「先生に言われたくないです」
「なんで?  だって、僕は〇から何かを作り出すことなんてできないんだよ」

 先生が何を言ってるのかわからない。
 先生は売れっ子小説家で、作品が実写化されるほどの人気ぶり。いつだって〇から物語を作り上げてる。そんな先生が〇から作り出せない?

「僕の書いた話はせんたく以外、全部元がある。歴史を元にしたものばっかり」
「でも、それでも」
「それはつまり、一が存在してるってこと」

 いつもの自信満々の顔で語る先生の心情が未知すぎる。

「歴史上の人物ってどんな人でも魅力がある。歴史に残る人ってそういう人なんだ。そんな魅力ある人を元にしてるんだから、僕の小説は面白いに決まってる。僕がすごいんじゃない。歴史上の人物がすごいだけ」
「先生の言ってることがよくわかんないんですけど……」
「そのまんまだよ」

 考えても考えてもわからなくて、思わず先生に聞いてみてもちゃんとした答えは帰ってきてくれない。

「僕は物語を作り上げることが得意じゃない。でも、美本はそれができてる。それにもっと自信を持って誇るべき。美本が経験したことのないことばかり物語に組み込んでるのに、それでもあれだけ説得力のあるお話になってるんだよ?  なんでいつも自信なさそうにしてるのか、僕はずっと不思議に思ってる」

 まだよくわかってないけど、先生が私のことをべた褒めしてくれてることだけはわかる。

「僕は好きがなかったら小説を書くことができないけど、美本はそうじゃない。僕ができないことをいくつもできる美本は本当にすごいんだよ!  だから、もっと自信持って書いてほしいんだ」

 うわっ寒。早く帰ろう。
 先生は言いたいことを一方的に言って、私の質問には全然答えてくれない。おかげで私の頭の中ははてなばかり。
 先生の言ってることは全然腑に落ちてないし、先生の方がすごいに決まってる。そう思ってる自分と、私ってすごいんだ。そんな風に思い始めてる自分もいる。
 自分の小説なんて、って思い続けて書いてるけど、もしかしたらその考えをやめたら。そうしたらもっと楽しく書けるかもしれない。
 小説家を目指してた二年前、あの時みたいに楽しく書きたい。
 苦しいまま書き続けるのはもうこりごり。
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