ハリネズミたちの距離

最上来

文字の大きさ
上 下
26 / 61
二章・私は那月昴

二十六話「それだけ」

しおりを挟む

 鳴り続けるスマホ。机に突っ伏したまま動かない私。はたから見たら地獄のような空間な気がする。

「もしもし」

 突っ伏したまま鳴り続けるスマホを耳にあてると、久々に聞く妹の声。なんだか落ち着く。なんて思う暇もなく、要件だけを伝えてぶちりと切りやがった。私の意見を聞け!  と言いたいところだけど、家出娘で一番家族に迷惑をかけてる私はそんなことを言える立場じゃない。先生に相談しなければ。
 適当に結んであっただけの髪を三つ編みに結び直して先生の部屋のインターホンを鳴らす。
 ……あれ?  いない?
 ノックしても返事がなくて少し心配になってきた。入りますよーなんて声をかけて先生の部屋に入ると、誰もいない。どこにも人の姿も気配もない。お出かけしてるのかな?  鍵もかけずに?

「あれ、知世ちゃんだけ?」
「茜、さん?」
「玄雅はどこ行ったの?」
「私も今来たばかりで、鍵空いてたのでいると思って入ったら誰もいなくて……」
「それなら、いつものことだから大丈夫。どうせ目の前の庭園でぼーっとしてると思うよ」

 茜さんは何の用で来たんだろう?  先生は勝手に押しかけてくるだけで迷惑って言ってたけど。

「玄雅帰ってくるまで知世ちゃんの部屋にお邪魔してもいい?  あの汚部屋がどうなってるか気になるから見てみたかったんだよね」
「……全然大丈夫ですよ」

 先生がいないのに茜さんを見るだけで嫉妬してしまう。
 私が先生と出会ってからまだ半年も経ってない。短い期間しか先生と一緒にいないから、私より長いつきあいの茜さんは私の知らない先生をたくさん知ってる。
 そのことに嫉妬したって私が苦しむだけってわかってるのにやめられない。

「すごい!  人が住んでる部屋って感じになってる」

 褒めてんのか貶されてるのか、どうとっていいのかわからない感想を楽しそうに話してくる茜さんに困るばかり。

「本当はもっと遊びに来たいんけど、仕事が重なってるのと恭蔵に極力来るなって言われてるから、あんまり顔出せなくて」
「東さんがなんで来るなって言ってるんですか?」
「知世ちゃんがいい気しないから。元カノの私がいたらいい気どころか嫌な気持ちになるでしょ?」

 東さん言いやがったな許さない。
 ふつふつと湧き出てくる怒りを抑えつけるのに必死で変な顔をしてると、茜さんが違うよと言ってくる。

「恭蔵から聞いたんじゃなくて、前に来た時に知世ちゃんの態度見て気づいたの。あんなにわかりやすい態度してたら誰でも気づくよ」

 わかりやすいっていうのは自覚してたけど……初対面の茜さんにも気づかれるほどわかりやすいのか?  そこまでの自覚はない。

「玄雅のどういうところが好きになったか教えてよ!  恋バナ聞かせて」
「なんか、東さんも恋バナ恋バナ騒いでました」
「年下の女の子の恋バナなんて聞いてるだけで甘酸っぱくて可愛いもん。恭蔵が聞きたいって騒ぐのもわかる」
「じゃあ、茜さんからどうぞ」
「私は何にもないから知世ちゃんの話聞きたい」
「東さんのことどう思ってるんですか?  何回も告白されてるんですよね?」

 意地悪をしたい気持ちもあるし、純粋に気になってるってのもある。
 同じ人に何回も告白されるって経験がないから、どんな風に思ってるの聞きたい。

「別に何とも思ってない」
「……え?  本当に何とも思ってないんですか?」
「うん。恭蔵は可愛い部下の一人ってだけ。犬みたいに擦り寄ってきて可愛いなとは思ってるけど、それ以上は何とも思ってない」

 思ってた以上に脈がない返事が真っ直ぐに返ってきて、嫌いなはずの東さんに同情してしまう。

「何回も告白し続けてきて、度胸だけはすごいなって思ってる。それだけ」

 何だか泣きそうになってきた。私も今現在片想いをしてる身。同じく片想いをしてる身近な人がこれだけぼっこぼこに言われてるのを聞くのは、どんなに嫌いな人でも心が辛い。

「東さんってすごいですね」
「ほんっとにすごいと思う。四つ上の上司にずっと猛アタックするんだから尊敬できる人だとは思うよ」

 こんな話のあとに私の恋バナをしたら甘ったるすぎて胃もたれする。

「あ、そう言えば先生に話があったんですけど、できるだけ早く伝えたいことなので庭園行ってきますね」

 立ち上がろうとする私を茜さんはがっしりと掴んでやりと笑う。

「あいつ、庭園では一人で静かに考えるのが好きだから、邪魔しない方がいいと思うよ?」
「でも……ですね、本当に急いで伝えたくて」
「じゃあ、要件だけ連絡しとけばいいじゃん?」

 逃がさない、そんな顔の茜さんに勝てるはずもない。
 口を曲げつつ、先生に連絡して……嫌だけど茜さんと向かい合う。茜さんの楽しそうな笑顔がとてつもなく怖い。

「次は知世ちゃんの番だよ」

 なんで先生の元カノに恋バナしなきゃいけないんですか……?
 ぴろんと鳴ったスマホを見ると、先生から了解の文字と一緒に小躍りするサボテンのスタンプが送られてきてる。
 先生助けてください。そんなスタンプを送ってる場合じゃないんです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

FAMILY MATTER 家族の問題 : 改題『さよなら、ララバイ』

設樂理沙
ライト文芸
初回連載2021年10月14日~2022年6月27日…… 2024年8月31日より各電子書店より         『さよなら、ララバイ』と改題し電子書籍として配信中 ――――――――      深く考えもせず浮気をした夫 許してやり直す道を考えていた妻だったが果たして ……

処理中です...