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二章・私は那月昴
二十六話「それだけ」
しおりを挟む鳴り続けるスマホ。机に突っ伏したまま動かない私。はたから見たら地獄のような空間な気がする。
「もしもし」
突っ伏したまま鳴り続けるスマホを耳にあてると、久々に聞く妹の声。なんだか落ち着く。なんて思う暇もなく、要件だけを伝えてぶちりと切りやがった。私の意見を聞け! と言いたいところだけど、家出娘で一番家族に迷惑をかけてる私はそんなことを言える立場じゃない。先生に相談しなければ。
適当に結んであっただけの髪を三つ編みに結び直して先生の部屋のインターホンを鳴らす。
……あれ? いない?
ノックしても返事がなくて少し心配になってきた。入りますよーなんて声をかけて先生の部屋に入ると、誰もいない。どこにも人の姿も気配もない。お出かけしてるのかな? 鍵もかけずに?
「あれ、知世ちゃんだけ?」
「茜、さん?」
「玄雅はどこ行ったの?」
「私も今来たばかりで、鍵空いてたのでいると思って入ったら誰もいなくて……」
「それなら、いつものことだから大丈夫。どうせ目の前の庭園でぼーっとしてると思うよ」
茜さんは何の用で来たんだろう? 先生は勝手に押しかけてくるだけで迷惑って言ってたけど。
「玄雅帰ってくるまで知世ちゃんの部屋にお邪魔してもいい? あの汚部屋がどうなってるか気になるから見てみたかったんだよね」
「……全然大丈夫ですよ」
先生がいないのに茜さんを見るだけで嫉妬してしまう。
私が先生と出会ってからまだ半年も経ってない。短い期間しか先生と一緒にいないから、私より長いつきあいの茜さんは私の知らない先生をたくさん知ってる。
そのことに嫉妬したって私が苦しむだけってわかってるのにやめられない。
「すごい! 人が住んでる部屋って感じになってる」
褒めてんのか貶されてるのか、どうとっていいのかわからない感想を楽しそうに話してくる茜さんに困るばかり。
「本当はもっと遊びに来たいんけど、仕事が重なってるのと恭蔵に極力来るなって言われてるから、あんまり顔出せなくて」
「東さんがなんで来るなって言ってるんですか?」
「知世ちゃんがいい気しないから。元カノの私がいたらいい気どころか嫌な気持ちになるでしょ?」
東さん言いやがったな許さない。
ふつふつと湧き出てくる怒りを抑えつけるのに必死で変な顔をしてると、茜さんが違うよと言ってくる。
「恭蔵から聞いたんじゃなくて、前に来た時に知世ちゃんの態度見て気づいたの。あんなにわかりやすい態度してたら誰でも気づくよ」
わかりやすいっていうのは自覚してたけど……初対面の茜さんにも気づかれるほどわかりやすいのか? そこまでの自覚はない。
「玄雅のどういうところが好きになったか教えてよ! 恋バナ聞かせて」
「なんか、東さんも恋バナ恋バナ騒いでました」
「年下の女の子の恋バナなんて聞いてるだけで甘酸っぱくて可愛いもん。恭蔵が聞きたいって騒ぐのもわかる」
「じゃあ、茜さんからどうぞ」
「私は何にもないから知世ちゃんの話聞きたい」
「東さんのことどう思ってるんですか? 何回も告白されてるんですよね?」
意地悪をしたい気持ちもあるし、純粋に気になってるってのもある。
同じ人に何回も告白されるって経験がないから、どんな風に思ってるの聞きたい。
「別に何とも思ってない」
「……え? 本当に何とも思ってないんですか?」
「うん。恭蔵は可愛い部下の一人ってだけ。犬みたいに擦り寄ってきて可愛いなとは思ってるけど、それ以上は何とも思ってない」
思ってた以上に脈がない返事が真っ直ぐに返ってきて、嫌いなはずの東さんに同情してしまう。
「何回も告白し続けてきて、度胸だけはすごいなって思ってる。それだけ」
何だか泣きそうになってきた。私も今現在片想いをしてる身。同じく片想いをしてる身近な人がこれだけぼっこぼこに言われてるのを聞くのは、どんなに嫌いな人でも心が辛い。
「東さんってすごいですね」
「ほんっとにすごいと思う。四つ上の上司にずっと猛アタックするんだから尊敬できる人だとは思うよ」
こんな話のあとに私の恋バナをしたら甘ったるすぎて胃もたれする。
「あ、そう言えば先生に話があったんですけど、できるだけ早く伝えたいことなので庭園行ってきますね」
立ち上がろうとする私を茜さんはがっしりと掴んでやりと笑う。
「あいつ、庭園では一人で静かに考えるのが好きだから、邪魔しない方がいいと思うよ?」
「でも……ですね、本当に急いで伝えたくて」
「じゃあ、要件だけ連絡しとけばいいじゃん?」
逃がさない、そんな顔の茜さんに勝てるはずもない。
口を曲げつつ、先生に連絡して……嫌だけど茜さんと向かい合う。茜さんの楽しそうな笑顔がとてつもなく怖い。
「次は知世ちゃんの番だよ」
なんで先生の元カノに恋バナしなきゃいけないんですか……?
ぴろんと鳴ったスマホを見ると、先生から了解の文字と一緒に小躍りするサボテンのスタンプが送られてきてる。
先生助けてください。そんなスタンプを送ってる場合じゃないんです。
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