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二章・私は那月昴
二十四話「普段から見せればいいのに」
しおりを挟む「なんかすごいごちゃついてるね」
「……私のせいじゃないです」
昨日急遽仕事を放棄してしまったから今日は気合い入れて頑張ろうと思ってたのに……トイレ掃除とかベッドカバー洗濯しようとか、ベランダ汚れてたなーとか、結構真面目にいろいろ考えてたのに。
昨日慶壱から家具をもらったと言ったら見に行きたいと先生が一言。それからすぐに部屋に来た。それが今。
「このカーペット、部屋の雰囲気と全然合ってないね!」
先生はこんな調子で可愛い顔のまま毒吐いてる。
いやね、私もこのカーペット不格好だなとか、リビングにタンスあるんだとか、観葉植物なんて置く場所困りすぎて部屋の隅に置いやられてるとか。文句しか出てこない。
「極めつけはこれです」
リビングから部屋一に繋がる扉をばたんと開けると、先生がげらげらとお腹を抱えて笑いだす。私は泣きたいぐらい困ってるのに!
「何このベッド!? すっごい大きい! 一人暮らしの美本の部屋に似合わなすぎる!」
先生がこんなにテンション高く笑ってるのを初めて見れたし……なんか満足してきた。ワイドキングサイズとかいう名前すら聞いたことないサイズだけど、先生が笑ってくれたから良しとしよう。
「この家具全部慶壱くんがくれたの?」
「慶壱というか、慶壱ママがくれたそうです」
「慶壱くんのお母さん?」
「慶壱の実家は輸入家具の専門店なんです。だから、余りものを私にくれたんじゃないですかね?」
「なんかすごそうだね」
「すごいですよ。あいつの家大理石とか使ってるし、お風呂もホテル? ってぐらい広いし、リビングにシャンデリアあるし、みんなが思い描くお金持ちって家ですよ」
「あんな見た目なのに?」
「あんな見た目なのに」
先生と慶壱は二回しか会ってないのに、随分仲良くなってるように見える。
昨日だって私がご飯作ってる間、二人でずっと話してたし……性別が一緒ってだけであれだけすぐ仲良くなれるの?
「あと……ですね、昨日から言おうと思ってたんですけど」
今、今しかない。この平和でほんわかした雰囲気の今なら言える。
「昨日はお見苦しいものを見せてしまって本当にすみません」
先生への二度目の土下座。土下座って地面しか見えないから、先生がどんな表情してるのか全くわからない。それがものすごく怖い。
「え? 昨日のことなら謝るの僕じゃない?」
先生の一言にあれ? と顔をあげる。
「先生は何にも悪いことしてないじゃないですか」
「僕が声かければ美本は服着て出てきたでしょ? 僕が悪いよね?」
先生も私もあれ? と首を傾げる。
お互いに自分が悪いと思ってる……?
「だって、タトゥーなんて見せられたら」
「あ、あのタトゥーすごいかっこいいね。いつも服で隠してるから気づかなかった。もっと普段から見せればいいのに」
「……え?」
私は先生にタトゥーを見られたのが申し訳なくて、変な風に思われたくなくて謝ってるのに、先生はタトゥーをかっこいいと言う。
先生と話したところ、先生はタトゥーじゃなくて薄着の私を見てしまったことに謝ってたらしい。話が噛み合ってなかった。
「タトゥーなんて入れてる人多いし、なんとも思わないよ」
私の心配はただの杞憂だったらしい。
腰が抜けるぐらい安心して、ほっとして、テーブルに突っ伏してしまう。
「よ、良かった……先生に変な風に思われてたらって心配してたんです」
「なんとも思ってないってば」
突っ伏したままの私に、先生が言いたくなかったら答えなくていいよ、なんて言ってから言葉を続ける。
「美本はなんでタトゥーを入れようと思ったの?」
「一言で言えば……若気の至りですね」
このタトゥーを入れたことに後悔はしてないし、かっこいいとは思ってるけど、入れた時の自分の心境は馬鹿げてるなとは常々思ってる。
「高校卒業後の進路に悩んでる時に先生のせんたくと出会って、本気で小説家になりたいって思って母親に相談したら、それはもう大反対されて大喧嘩。でも、私は母親になんて言われても絶対に諦めたくなくて、卒業式の日に家を飛び出して慶壱の家にお世話になってたんです」
慶壱ママに逆らえない理由は、赤の他人の私を家に置いてくれたから。何回か遊びに行ったことがあるぐらいの息子の彼女を置いてくれてたんだから、言われたことには従うしかない。
「慶壱の家でお世話になってたのは二年間。その間に母親が大嫌いだったタトゥーを入れたんです。母親の嫌いなことたくさんしてやるって反抗して、入れたのがこのタトゥー。馬鹿みたいですよね」
先生は若気の至りって言葉がぴったりだね、なんてゆっくりと言ってくれる。
それ以上もそれ以下も何も言わない。ただ、私の話を静かに聞いてくれる。
「今思えば、もっと母親と話してれば良かったなって……母親と一緒に暮らせたのは十八年間で、とてつもなくお世話になってたのに、恩を仇で返すように何も言わずに家を飛び出して。今後悔しても、もうあの時の母親とは話せないんですけどね」
「そうだね。美本の言う通り。今後悔してもどうにもできないってわかってても、後悔して引きずりながら生きていくのが人間。だから、美本はその気持ちを一生大事にして生きていくんだよ」
先生の言葉は胸の中にすとんと落ちていく。綺麗に胸の中のどこかにはまってくれる。
私は母親への後悔が悪いものだと思ってたけど、先生はその後悔を大事にしてって言ってくれた。私が抱いてるこの後悔は悪いだけのものじゃない。そう言ってくれた気がして、また泣きそうになる。
あぁ、もう本当に、先生に出会ってから、好きになってから、泣いてばっかりで嫌になる。
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