ハリネズミたちの距離

最上来

文字の大きさ
上 下
24 / 61
二章・私は那月昴

二十四話「普段から見せればいいのに」

しおりを挟む

「なんかすごいごちゃついてるね」
「……私のせいじゃないです」

 昨日急遽仕事を放棄してしまったから今日は気合い入れて頑張ろうと思ってたのに……トイレ掃除とかベッドカバー洗濯しようとか、ベランダ汚れてたなーとか、結構真面目にいろいろ考えてたのに。
 昨日慶壱から家具をもらったと言ったら見に行きたいと先生が一言。それからすぐに部屋に来た。それが今。

「このカーペット、部屋の雰囲気と全然合ってないね!」

 先生はこんな調子で可愛い顔のまま毒吐いてる。
 いやね、私もこのカーペット不格好だなとか、リビングにタンスあるんだとか、観葉植物なんて置く場所困りすぎて部屋の隅に置いやられてるとか。文句しか出てこない。

「極めつけはこれです」

 リビングから部屋一に繋がる扉をばたんと開けると、先生がげらげらとお腹を抱えて笑いだす。私は泣きたいぐらい困ってるのに!

「何このベッド!?  すっごい大きい!  一人暮らしの美本の部屋に似合わなすぎる!」

 先生がこんなにテンション高く笑ってるのを初めて見れたし……なんか満足してきた。ワイドキングサイズとかいう名前すら聞いたことないサイズだけど、先生が笑ってくれたから良しとしよう。

「この家具全部慶壱くんがくれたの?」
「慶壱というか、慶壱ママがくれたそうです」
「慶壱くんのお母さん?」
「慶壱の実家は輸入家具の専門店なんです。だから、余りものを私にくれたんじゃないですかね?」
「なんかすごそうだね」
「すごいですよ。あいつの家大理石とか使ってるし、お風呂もホテル?  ってぐらい広いし、リビングにシャンデリアあるし、みんなが思い描くお金持ちって家ですよ」
「あんな見た目なのに?」
「あんな見た目なのに」

 先生と慶壱は二回しか会ってないのに、随分仲良くなってるように見える。
 昨日だって私がご飯作ってる間、二人でずっと話してたし……性別が一緒ってだけであれだけすぐ仲良くなれるの?

「あと……ですね、昨日から言おうと思ってたんですけど」

 今、今しかない。この平和でほんわかした雰囲気の今なら言える。

「昨日はお見苦しいものを見せてしまって本当にすみません」

 先生への二度目の土下座。土下座って地面しか見えないから、先生がどんな表情してるのか全くわからない。それがものすごく怖い。

「え?  昨日のことなら謝るの僕じゃない?」

 先生の一言にあれ?  と顔をあげる。

「先生は何にも悪いことしてないじゃないですか」
「僕が声かければ美本は服着て出てきたでしょ?  僕が悪いよね?」

 先生も私もあれ?  と首を傾げる。
 お互いに自分が悪いと思ってる……?

「だって、タトゥーなんて見せられたら」
「あ、あのタトゥーすごいかっこいいね。いつも服で隠してるから気づかなかった。もっと普段から見せればいいのに」
「……え?」

 私は先生にタトゥーを見られたのが申し訳なくて、変な風に思われたくなくて謝ってるのに、先生はタトゥーをかっこいいと言う。
 先生と話したところ、先生はタトゥーじゃなくて薄着の私を見てしまったことに謝ってたらしい。話が噛み合ってなかった。

「タトゥーなんて入れてる人多いし、なんとも思わないよ」

 私の心配はただの杞憂だったらしい。
 腰が抜けるぐらい安心して、ほっとして、テーブルに突っ伏してしまう。

「よ、良かった……先生に変な風に思われてたらって心配してたんです」
「なんとも思ってないってば」

 突っ伏したままの私に、先生が言いたくなかったら答えなくていいよ、なんて言ってから言葉を続ける。

「美本はなんでタトゥーを入れようと思ったの?」
「一言で言えば……若気の至りですね」

 このタトゥーを入れたことに後悔はしてないし、かっこいいとは思ってるけど、入れた時の自分の心境は馬鹿げてるなとは常々思ってる。

「高校卒業後の進路に悩んでる時に先生のせんたくと出会って、本気で小説家になりたいって思って母親に相談したら、それはもう大反対されて大喧嘩。でも、私は母親になんて言われても絶対に諦めたくなくて、卒業式の日に家を飛び出して慶壱の家にお世話になってたんです」

 慶壱ママに逆らえない理由は、赤の他人の私を家に置いてくれたから。何回か遊びに行ったことがあるぐらいの息子の彼女を置いてくれてたんだから、言われたことには従うしかない。

「慶壱の家でお世話になってたのは二年間。その間に母親が大嫌いだったタトゥーを入れたんです。母親の嫌いなことたくさんしてやるって反抗して、入れたのがこのタトゥー。馬鹿みたいですよね」

 先生は若気の至りって言葉がぴったりだね、なんてゆっくりと言ってくれる。
 それ以上もそれ以下も何も言わない。ただ、私の話を静かに聞いてくれる。

「今思えば、もっと母親と話してれば良かったなって……母親と一緒に暮らせたのは十八年間で、とてつもなくお世話になってたのに、恩を仇で返すように何も言わずに家を飛び出して。今後悔しても、もうあの時の母親とは話せないんですけどね」
「そうだね。美本の言う通り。今後悔してもどうにもできないってわかってても、後悔して引きずりながら生きていくのが人間。だから、美本はその気持ちを一生大事にして生きていくんだよ」

 先生の言葉は胸の中にすとんと落ちていく。綺麗に胸の中のどこかにはまってくれる。
 私は母親への後悔が悪いものだと思ってたけど、先生はその後悔を大事にしてって言ってくれた。私が抱いてるこの後悔は悪いだけのものじゃない。そう言ってくれた気がして、また泣きそうになる。
 あぁ、もう本当に、先生に出会ってから、好きになってから、泣いてばっかりで嫌になる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旧・革命(『文芸部』シリーズ)

Aoi
ライト文芸
「マシロは私が殺したんだ。」マシロの元バンドメンバー苅谷緑はこの言葉を残してライブハウスを去っていった。マシロ自殺の真相を知るため、ヒマリたち文芸部は大阪に向かう。マシロが残した『最期のメッセージ』とは? 『透明少女』の続編。『文芸部』シリーズ第2弾!

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

デッドライン

もちっぱち
ライト文芸
破壊の先に何があるか 国からの指示で  家電や家の全てのものを没収された とある村での話。 全部失った先に何が出来るか ありそうでなかった リセットされた世界で 生きられるか フィクション ストーリー

【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨
ライト文芸
 ある日、中野美於(なかの みお)というOLが仕事をクビになった。  時間を持て余していて、彼女は高校の頃の友達を探しにいこうと決意した。  彼がメイド喫茶が好きだったということを思い出して、美於(みお)は秋葉原に行く。そこにたどり着くと、一つの店名が彼女の興味を引く。    「ゆめゐ喫茶に来てみませんか? うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つ叶えていただけます! どなたでも大歓迎です!」  そう促されて、美於(みお)はゆめゐ喫茶に行ってみる。しかし、希(のぞみ)というメイドに案内されると、突拍子もないことが起こった。    ーー希は車に轢き殺されたんだ。     その後、ゆめゐ喫茶の店長が希の死体に気づいた。泣きながら、美於(みお)にこう訴える。 「希の跡継ぎになってください」  恩返しに、美於(みお)の願いを叶えてくれるらしい……。  美於は名前を捨てて、希(のぞみ)と名乗る。  失恋した女子高生。    歌い続けたいけどチケットが売れなくなったアイドル。  そして、美於(みお)に会いたいサラリーマン。  その三人の願いが叶う物語。  それに、美於(みお)には大きな願い事があるーー

COVERTー隠れ蓑を探してー

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
潜入捜査官である山崎晶(やまざきあきら)は、船舶代理店の営業として生活をしていた。営業と言いながらも、愛想を振りまく事が苦手で、未だエス(情報提供者)の数が少なかった。  ある日、ボスからエスになれそうな女性がいると合コンを秘密裏にセッティングされた。山口夏恋(やまぐちかれん)という女性はよいエスに育つだろうとボスに言われる。彼女をエスにするかはゆっくりと考えればいい。そう思っていた矢先に事件は起きた。    潜入先の会社が手配したコンテナ船の荷物から大量の武器が発見された。追い打ちをかけるように、合コンで知り合った山口夏恋が何者かに連れ去られてしまう。 『もしかしたら、事件は全て繋がっているんじゃないのか!』  山崎は真の身分を隠したまま、事件を解決することができるのか。そして、山口夏恋を無事に救出することはできるのか。偽りで固めた生活に、後ろめたさを抱えながら捜索に疾走する若手潜入捜査官のお話です。 ※全てフィクションです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

螺旋邸の咎者たち

センリリリ
ライト文芸
後ろめたいことを抱えてる、悪人じゃないけど善人でもない、 そんな『咎者(とがもの)』たちが集まればーーーー。 工場の事務職の傍ら、亡き母の面影を追ってジャーナリストをひそかに目指していた、沖津棗(なつめ)。 突然の失業を機に、知人の週刊誌記者、堀田に『潜入ルポ』を勧められ、いわくのある家に住み込みで勤めることになる。 <表紙> 画像→photoAC タイトル文字→かんたん表紙メーカー

ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空
ライト文芸
都会の荒波に嫌気が差し、テレワークをきっかけに少し田舎の古民家に引っ越すことに決めた美奈穂。不動産屋で悶着したあとに、家を無くして困っている春陽と出会う。 ひょんなことから意気投合したふたりは、古民家でシェアハウスを開始する。 人目を気にしない食事にお酒。古民家で暮らすちょっぴり困ったこと。 のんびりとしながら、女ふたりのシェアハウスは続く。 サイトより転載になります。

処理中です...