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二章・私は那月昴
二十三話「好きな人に変な印象与えたくない」
しおりを挟む慶壱は軽トラを近くのコインパーキングに停めてくるって外に行った。ついでにお菓子買ってきてって言ったけど、ちゃんと買ってきてくれるかな?
「よっし、久々に書きますか」
今部屋に来たばかりのローテーブルに下敷きを引いて、半紙をセットして文鎮をのせる。すずりは石、さすがはお金持ちの寺川家。私は安いプラスチックのすずりだったなーなんて思いつつ、汚れたら嫌だから服を脱ぐ。
タンクトップに膝上のひらひらとしたズボン。楽すぎる、夏にぴったりな格好。
すずりに水を入れて墨を溶かす。溶かす、じゃなくてするって言うらしいけど、小さい頃から溶かすって言ってたからいつもそう言っちゃう。
筆はのりが全部剥がれてて、全然上手に書けない。べちゃべちゃとなるばかりで、失敗した半紙が溜まる一方。
道具だけじゃなくて、私も久々だからあんまり上手くいかない……でも、もう広げちゃったから書き切りたい。
ピンポーン。
失敗が増える一方。上手くいかなすぎてイライラしてる。
ピンポーン。
「開いてるから勝手に入ってきてよ!」
勝手に入って来ればいいのにいちいちインターホンを鳴らすな! 八つ当たりというのはわかってても、怒鳴らずにはいられない。
どたばたとわざとらしく大きな足音を立てて玄関の扉を勢いよく開ける。
「あ……ご、ごめんね。なんかタイミング悪かったみたい」
「い、いえ、その……私こそすみません」
慶壱だと思ってイラついてたのに、開けてみたらそこにいるのは先生。
大変申し訳ない。また土下座したい気持ちだけど、玄関でするのはさすがに嫌。
「これ、お菓子余ってたから慶壱くんと食べて」
「あ、これ美味しいやつ! ありがとうございます」
「余りものだからもらってくれて嬉しい」
先生はぽりぽりとほっぺたをかくと、バツが悪そうに私を見る。
「あんまりそういう格好で外出てこない方がいいよ?」
あんまり、そういう、格好……?
頭に血が上ってた私は自分がどんな格好かすっかり忘れてた。
「おっ、お見苦しい姿をお見せしてすみません!」
どう誤魔化していいかわからずに、扉をばたんと閉めた。
タンクトップだったら、もう、ばっちり見られてる……誤魔化しようがない。
へなへなと玄関に座り込んで、なんて言えばいいのか、どうしたら先生に幻滅されないのか、考えても考えても解決策は見当たらない。
どうすればいいんだろう。そんな風に考えてるとぼろぼろと泣けてきた。
最近の私泣いてばっかりだな、涙腺弱くなったな、なんて思ってるとがちゃりと扉が開く。
「うぉっ!? お前こんなとこで座って何してるんだよ」
「け、げい゙い゙ぢぃ」
泣きながら慶壱に抱きついてずるずると鼻水をかむ私を慶壱はふざけんな、とひっぺがす。泣いてるんだから慰めろ! なんて言うと、慰めてほしいなら人の服で鼻水かむな! なんて正論が飛んでくる。
そんなやり取りをしてても全然泣き止まなくて、むしろどばどば溢れてて。慶壱は私にタオルを投げつけつつ、どうしたよと聞いてくれる。
「……先生にタトゥー見られた」
私の体にはタトゥーがある。二年前、母親への反抗心で入れたもの。
左腕から肩、胸と広範囲にでかでかと入れたタトゥーはとてつもなく目立つ。普段は服で隠してるけど、タンクトップだったら、そりゃもうめちゃくちゃに目立つ。
「それの何が問題なんだよ」
「問題しかないじゃん! 好きな人に変な印象与えたくないし、それに先生明らかに引いてたし」
「ちょっと待て、今好きな人って言った?」
「うん」
「好きな人……?」
「あれ? 先生のこと好きって言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇ!?」
慶壱には言ったつもりでいたし、みやこにも……あれ? 記憶ない。もしかしたら涼子ちゃんにしか言ってなかったかもしれない。
「いつからそんなことになってんだよ」
「初日から」
「初日から!? なんで俺にそんな面白いこと言わないんだよ」
「人の恋を面白いとか言うな! それに、連絡全然してなかったじゃん」
慶壱の顔はあぁ、そんなこともあったな。みたいな顔してやがる。私があれだけ悩んでたのに、ムカつく限り。
「みやの作戦がなかったら私ら会ってないでしょーが!」
「そういえば、なんで涼子が知世の家にいたんだよ」
「聞いてないの?」
「みやこも涼子も知世に聞けの一点張り」
二人してめんどくさいこと押し付けるな、と思いつつもネタばらしを私の口からできるのが嬉しい。
だって、私の嬉しい気持ちを慶壱に共有できる。
「慶壱にとって誰が一番大切か、ってのをわかってほしかった」
「なんだよそれ」
「慶壱は私と涼子ちゃんをどっちも同じぐらい大事って思ってたみたいだけど、それは違うよってことに気づいてほしかったの」
過去の慶壱のせいで、過去の私のせいで縛られまくってる馬鹿な慶壱に、今の慶壱が一番大切にしてるものを自覚してほしい。それがみやの作戦の一番の目的。みやも私も慶壱の気持ちには気づいてる。
周りが気づいてるのに本人が気づいてないんだから、めんどくさいことこの上ない。
「慶壱は私の部屋に入ってすぐ、私じゃなくて涼子ちゃんの姿を探して涼子ちゃんの名前を呼んだ。私もいるのに、私の存在なんか興味ないって言わんばかりの態度だった。私はそれがとてつもなく嬉しかった」
「……嬉しかった?」
「そう、もう本当に嬉しかった。私のせいで縛られまくってる慶壱があの時はいなかった。慶壱の中には涼子ちゃんの存在しかいなくて、友達がそんな風に思える人に出会ったってのも嬉しいし、涼子ちゃんなら私に縛られてる馬鹿な慶壱をどうにかしてくれるって思ったの」
慶壱は顔を赤くして手で口を覆いながら、馬鹿が余計だなんて言ってる。
やっと気づいたか馬鹿野郎。慶壱にとって一番大事なのは涼子ちゃん。私のことなんか気にせずに、涼子ちゃんのことを優先すればいいの。
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