ハリネズミたちの距離

最上来

文字の大きさ
上 下
23 / 61
二章・私は那月昴

二十三話「好きな人に変な印象与えたくない」

しおりを挟む

 慶壱は軽トラを近くのコインパーキングに停めてくるって外に行った。ついでにお菓子買ってきてって言ったけど、ちゃんと買ってきてくれるかな?

「よっし、久々に書きますか」

 今部屋に来たばかりのローテーブルに下敷きを引いて、半紙をセットして文鎮をのせる。すずりは石、さすがはお金持ちの寺川家。私は安いプラスチックのすずりだったなーなんて思いつつ、汚れたら嫌だから服を脱ぐ。
 タンクトップに膝上のひらひらとしたズボン。楽すぎる、夏にぴったりな格好。
 すずりに水を入れて墨を溶かす。溶かす、じゃなくてするって言うらしいけど、小さい頃から溶かすって言ってたからいつもそう言っちゃう。
 筆はのりが全部剥がれてて、全然上手に書けない。べちゃべちゃとなるばかりで、失敗した半紙が溜まる一方。
 道具だけじゃなくて、私も久々だからあんまり上手くいかない……でも、もう広げちゃったから書き切りたい。

 ピンポーン。

 失敗が増える一方。上手くいかなすぎてイライラしてる。

 ピンポーン。

「開いてるから勝手に入ってきてよ!」

 勝手に入って来ればいいのにいちいちインターホンを鳴らすな!  八つ当たりというのはわかってても、怒鳴らずにはいられない。
 どたばたとわざとらしく大きな足音を立てて玄関の扉を勢いよく開ける。

「あ……ご、ごめんね。なんかタイミング悪かったみたい」
「い、いえ、その……私こそすみません」

 慶壱だと思ってイラついてたのに、開けてみたらそこにいるのは先生。
 大変申し訳ない。また土下座したい気持ちだけど、玄関でするのはさすがに嫌。

「これ、お菓子余ってたから慶壱くんと食べて」
「あ、これ美味しいやつ!  ありがとうございます」
「余りものだからもらってくれて嬉しい」

 先生はぽりぽりとほっぺたをかくと、バツが悪そうに私を見る。

「あんまりそういう格好で外出てこない方がいいよ?」

 あんまり、そういう、格好……?
 頭に血が上ってた私は自分がどんな格好かすっかり忘れてた。

「おっ、お見苦しい姿をお見せしてすみません!」

 どう誤魔化していいかわからずに、扉をばたんと閉めた。
 タンクトップだったら、もう、ばっちり見られてる……誤魔化しようがない。
 へなへなと玄関に座り込んで、なんて言えばいいのか、どうしたら先生に幻滅されないのか、考えても考えても解決策は見当たらない。
 どうすればいいんだろう。そんな風に考えてるとぼろぼろと泣けてきた。
 最近の私泣いてばっかりだな、涙腺弱くなったな、なんて思ってるとがちゃりと扉が開く。

「うぉっ!?  お前こんなとこで座って何してるんだよ」
「け、げい゙い゙ぢぃ」

 泣きながら慶壱に抱きついてずるずると鼻水をかむ私を慶壱はふざけんな、とひっぺがす。泣いてるんだから慰めろ!  なんて言うと、慰めてほしいなら人の服で鼻水かむな!  なんて正論が飛んでくる。
 そんなやり取りをしてても全然泣き止まなくて、むしろどばどば溢れてて。慶壱は私にタオルを投げつけつつ、どうしたよと聞いてくれる。

「……先生にタトゥー見られた」

 私の体にはタトゥーがある。二年前、母親への反抗心で入れたもの。
 左腕から肩、胸と広範囲にでかでかと入れたタトゥーはとてつもなく目立つ。普段は服で隠してるけど、タンクトップだったら、そりゃもうめちゃくちゃに目立つ。

「それの何が問題なんだよ」
「問題しかないじゃん!  好きな人に変な印象与えたくないし、それに先生明らかに引いてたし」
「ちょっと待て、今好きな人って言った?」
「うん」
「好きな人……?」
「あれ?  先生のこと好きって言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇ!?」

 慶壱には言ったつもりでいたし、みやこにも……あれ?  記憶ない。もしかしたら涼子ちゃんにしか言ってなかったかもしれない。

「いつからそんなことになってんだよ」
「初日から」
「初日から!?  なんで俺にそんな面白いこと言わないんだよ」
「人の恋を面白いとか言うな!  それに、連絡全然してなかったじゃん」

 慶壱の顔はあぁ、そんなこともあったな。みたいな顔してやがる。私があれだけ悩んでたのに、ムカつく限り。

「みやの作戦がなかったら私ら会ってないでしょーが!」
「そういえば、なんで涼子が知世の家にいたんだよ」
「聞いてないの?」
「みやこも涼子も知世に聞けの一点張り」

 二人してめんどくさいこと押し付けるな、と思いつつもネタばらしを私の口からできるのが嬉しい。
 だって、私の嬉しい気持ちを慶壱に共有できる。

「慶壱にとって誰が一番大切か、ってのをわかってほしかった」
「なんだよそれ」
「慶壱は私と涼子ちゃんをどっちも同じぐらい大事って思ってたみたいだけど、それは違うよってことに気づいてほしかったの」

 過去の慶壱のせいで、過去の私のせいで縛られまくってる馬鹿な慶壱に、今の慶壱が一番大切にしてるものを自覚してほしい。それがみやの作戦の一番の目的。みやも私も慶壱の気持ちには気づいてる。
 周りが気づいてるのに本人が気づいてないんだから、めんどくさいことこの上ない。

「慶壱は私の部屋に入ってすぐ、私じゃなくて涼子ちゃんの姿を探して涼子ちゃんの名前を呼んだ。私もいるのに、私の存在なんか興味ないって言わんばかりの態度だった。私はそれがとてつもなく嬉しかった」
「……嬉しかった?」
「そう、もう本当に嬉しかった。私のせいで縛られまくってる慶壱があの時はいなかった。慶壱の中には涼子ちゃんの存在しかいなくて、友達がそんな風に思える人に出会ったってのも嬉しいし、涼子ちゃんなら私に縛られてる馬鹿な慶壱をどうにかしてくれるって思ったの」

 慶壱は顔を赤くして手で口を覆いながら、馬鹿が余計だなんて言ってる。
 やっと気づいたか馬鹿野郎。慶壱にとって一番大事なのは涼子ちゃん。私のことなんか気にせずに、涼子ちゃんのことを優先すればいいの。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

青い死神に似合う服

fig
ライト文芸
テーラー・ヨネに縫えないものはない。 どんな洋服も思いのまま。 だから、いつか必ず縫ってみせる。 愛しい、青い死神に似合う服を。 寺田ヨネは洋館を改装し仕立て屋を営んでいた。テーラー・ヨネの仕立てる服は特別製。どんな願いも叶える力を持つ。 少女のような外見ながら、その腕前は老舗のテーラーと比べても遜色ない。 アシスタントのマチとチャコ、客を紹介してくれるパイロット・ノアの協力を得ながら、ヨネは日々忙しく働いていた。 ある日、ノアの紹介でやってきたのは、若くして命を落としたバレエ・ダンサーの萌衣だった。 彼女の望みは婚約者への復讐。それを叶えるためのロマンチック・チュチュがご所望だった。 依頼の真意がわからずにいたが、次第に彼女が受けた傷、悲しみ、愛を理解していく。 そしてヨネ自身も、過去の愛と向き合うことになる。 ヨネにもかつて、愛した人がいた。遠い遠い昔のことだ。 いつか、その人のために服を縫いたいと夢を見ていた。 まだ、その夢は捨ててはいない。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

私たちは、お日様に触れていた。

柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》 これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。 ◇ 梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...