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二章・私は那月昴
十九話「……絶対に別れたくないです」
しおりを挟むみやが考えたろくでもないこと。今日はその実行日。
気が重いなんてもんじゃない。今すぐ家に帰りたい、家の鍵かけてスマホの電源も落として、外の世界との関わりを全部断ちたい。慶壱とのことはとっとと解決したいけど……彼女ちゃんは……ため息しか出てこない。
せっかく七月になったって言うのに、まだまだ東京は梅雨。今日も曇ったり雨降ったりを繰り返す不規則な空模様。
四時に駅に行くと連絡してきたみやの姿は一向に見当たらない。もう二十分も待たされてるし……帰っていいよね? なんてフラグを立ててしまった。フラグ回収はそんなことを思った十数秒後。
「知世ちゃん、ごめんお待たせ!」
みやと見知らぬ女子高生。これはもう逃げられない。
「遅い、いつもながら遅い」
「まぁまぁ落ち着いてよ。あ、あと私はここで帰るから」
「「え?」」
見知らぬ女子高生、慶壱の彼女ちゃんと私は同時に素っ頓狂な声を出す。
「だって、知世ちゃんと涼子が話すんでしょ? 私要らないじゃん」
「要らないとかそういう話じゃなくて」
「そんじゃ、二人で仲良くしてね」
初対面の人と二人きりとか気まずすぎるじゃん。そんな私の心の叫びを声に出す前にみやは颯爽と雨の中を駆け抜けていく。
……傘さしなさい。なんて思ってる場合じゃない。彼女ちゃんは呆然と立ちすくんだまま固まってる。
「ええっと……涼子ちゃん? だよね?」
「は、い……」
彼女ちゃん改め、涼子ちゃんは言葉を続けようとしない。
これは……どうしよう。私もそんなに話すの得意じゃないけど、涼子ちゃんは私より得意じゃなさそう。私年上だし……何とかしないと。
「涼子ちゃん?」
とりあえず声をかけると、涼子ちゃんはびくりと肩をあげる。
「すみません……! びっくりしちゃって固まってました」
涼子ちゃんはぺこりと頭を下げると、まっすぐに私の目を見つめる。
私は制服のスカート切ったうえに折りまくってて、いつも生活指導の先生に怒られてたけど、涼子ちゃんのスカートは綺麗なひだが並んでて膝上ちょうど。
低めに結ばれたポニーテールと少し垂れた目。化粧してないように見えるのにすべすべの肌。若いって素晴らしい。
「初めまして、麦島涼子です。よろしくお願いします」
「私は美本知世。涼子ちゃんよろしくね」
駅前で立ち話をするわけにもいかず、とりあえず私の家に向かう。元々私の家に行く予定だったけど……涼子ちゃんと二人きりは予想外。
涼子ちゃんはがちがちに緊張してるから、何とか緊張を解してもらおうと他愛もない話をしつつ、みやに許さないと送る。
「一応掃除はしたんだけど……殺風景でごめんね」
家について、改めて部屋を見ると酷いなんてもんじゃない。
人が来るからと思って買っておいた食材は、先生の冷蔵庫から取ってきた保冷剤入りの発泡スチロールに入れられてるし、テーブルがないから先生の部屋に置いてあった大きめのダンボール。それと布団
それ以外には何もない。人を呼ぶ状況ではないことは確か。
「涼子ちゃんは食べれないものある?」
「……大丈夫です。何でも食べれます」
なんていい子なんだろう。涼子ちゃんの爪の垢煎じてみやに飲ませてやりたい。
「突然こんなことになってごめんね」
さくさく、包丁の音だけが響く空間があまりに気まずすぎて私から話しかける。
「こちらこそお家にお邪魔してしまってすみません」
絶望的に話が広がらない。だからといって、諦めて料理に集中するほど鋼の心は持ち合わせていない。
「……慶壱とはいつから付き合ってるの?」
私と涼子ちゃんの共通の話題はこれしかない。元カノの私に慶壱のこと聞かれるのは嫌でしかないだろうけど……本当にこれしかない。状況は最悪、これ以上最悪になることはないはず。そんな淡い希望を抱くしかない。
「今年の三月末ぐらい……からです」
「そ、そっか……そうなんだね……」
だめだ。慶壱から聞いたことすっかり忘れてたし、私の置かれた状況は底なし沼だったらしい。どんどん最悪が更新されていく。
「そ、れにしても、みや何考えてるんだろうねー?」
「あの」
何を言っても会話が続けられなくてどうしようってもがいてたところ、涼子ちゃんから声をかけてくれてよっしゃ! とガッツポーズしたい気持ちを何とか抑え込んで、なあに? なんて普通の返事をする。なあには普通じゃない気もするけど。
「……慶壱さんとは別れたくないです」
「ん?」
「私……慶壱さんがいたから男の人のこと大丈夫になって……最近は目を合わせるだけじゃなくて話せるようにもなったんです」
「え、ちょ、涼子ちゃ」
「知世さんに何て言われても別れる気はないです」
……ちょっと待ってほしい。時間をください。
今の涼子ちゃんの言葉を処理する時間がほしい。
「涼子ちゃんは……私が慶壱と別れろって言うと思ってるの?」
何とか処理して出てきた言葉。
涼子ちゃんの言葉から察するに、私が慶壱に未練があるから今の彼女である涼子ちゃんに意地悪言うと思ってるんだと……思う。
「……絶対に別れたくないです」
涼子ちゃんは小さな言葉と一緒に、ぼろぼろと涙を落とす。
「うわ、りょ、涼子ちゃん、泣かないで!」
初対面の女子高生を泣かせてしまった。何をどうすればいいかわからず、お湯に突っ込んだ麺を放置して涼子ちゃんの背中をさする。
「そんなこと言わないよ!? 涼子ちゃんと慶壱を別れさせるなんて絶対そんなことしないから、泣かないでよ」
涙は止まっていないものの、涼子ちゃんは驚いた顔をする。
「今日こういうことになったのは、みやのせい……だけじゃないけど、私が涼子ちゃんとお話してみたかったからなの。それをみやに言ったら、こんなおかしな状況になってるんだけど……とにかく! 涼子ちゃんが思ってるようなことのために呼んだわけじゃないから安心して」
「ほんと、ですか?」
「ほんとほんと! 私そんなに意地悪くて未練がましくないから!」
涼子ちゃんが安心したようにへにゃりと笑った時、コンロから嫌な音。沸騰してた麺入りのお湯がふきこぼれまくってる。コンロびちょ濡れ。
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