ハリネズミたちの距離

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一章・私の人生どん底

十四話「……せんたくが一番好きなの?」

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 先生の元カノの茜さん。
 とっても綺麗な人。かきあげられた前髪、肩上に切り揃えられたブルーブラックの髪の毛、ボウタイブラウス。
 私は老け顔を隠すために眉下のぱっつん前髪。切るのがめんどくさくて腰まで伸びた髪の毛。毛先はくせで常にくるくるしてるし、染めるお金もないから汚い黒髪。先生が買ってくれたサボテンの描いてある丈長めのTシャツ。
 その差は歴然。

「恭蔵から聞いてたけど、まさか玄雅が人を雇うとはねー偉くなったもんだ」
「うるさい。さっさと帰って」

 からかう茜さんと、かわらかわれる先生。
 少しだけ照れながら茜さんと話してる先生はいつもより幼くて、年相応に見える。

「美本、この人は三田村みたむらあかね。東の上司で編集長」
「三田村茜です。玄雅がお世話になってます」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。美本知世です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますって二回言ってるよ?」
「あっ、その……すみません」
「謝らないでよ。ちょっとからかっただけなんだから」

 綺麗な見た目とはちょっと違う、大きな口を開けて笑う人。ごめんねと言いながら私をばしばしと叩いてくる。
 先生の元カノだから、かもしれない。というか絶対そう。
 自然と茜さんの粗を探してる。嫌のところばかりに目がいって、茜さんより自分の方が優れてる。そんな風に思いたい私がいる。

「ご飯はこれから作るの?」
「……はい。いつもこれぐらいの時間から作ります」
「じゃあ、私にも手伝わせて」

 ブラウスの袖をぐるぐるとめくって手を洗い始める茜さん。これはもう、はいしか選択肢ないじゃん。

「茜、美本の邪魔しないでよ」
「玄雅こそ、一人暮らし歴十二年の私のことなめんなよ」

 茜。あかね。アカネ。
 先生は茜さんのことを茜って呼び捨てで呼ぶし、茜さんも先生のことを玄雅って呼び捨て。
 私は先生に雇われてる身。本名で呼び捨てでなんて呼べる立場じゃない。そんなことはわかってるけど、心の中に嫉妬の二文字がぐるぐると回る。

「知世ちゃん、今日は何作る予定?」
「湯豆腐とほうれん草の胡麻和え、あとは魚焼きます」
「湯豆腐って何をどうするの?」
「私の家ではよく出てたんですけど」

 先生の元カノと一緒に料理を作る。
 それはそれは摩訶不思議なことをしてるなと自分でも思う。
 私は茜さんに嫉妬してるのに、茜さんは綺麗な顔を私に向けてこれでいいの?  なんて普通に聞いてくる。
 もちろん、私も普通を装う。全然普通じゃない、心穏やかとは正反対の境地だけど、普通を装うしかできない。
 先生をちらりと見ると、テーブルで本を読んでる。あれは……せんたく?

「玄雅、これテーブル持っていって」

 料理ができ始めると茜さんは先生にいろいろ持っていってと言い始めた。
 私がやりますと慌てて言うと、茜さんは玄雅を甘やかすなとぴしゃりと言い放つ。その言い方に反論できないのは私だけじゃなくて先生もらしい。先生ははいはい、とめんどくさそうだけどちゃんと運ぶ。

「このホットプレートが使われてるの初めて見た」
「茜が押し付けただけだから、使う機会なんてなかった」
「私がいろいろ買ったのに全然使ってくれなくて、知世ちゃんが使ってくれて良かった」

 深めのホットプレート。出汁とタレを入れた小皿をお湯に浮かべて、真ん中には豆腐。
 私の大好きな湯豆腐が目の前にあるのに、こんなにもテンションが上がらない日が来ることになるとは思ってなかった。

「「「いただきます」」」

 あのフライパンも、今使ってるこの食器も、私が吐いたテーブルとカーペットも。この部屋にある全部が、もしかしたら茜さんがあげたものなのかもしれない。
 そんなことを思い始めたら、ご飯を美味しく食べれるわけがない。目の前にその元カノ本人がいるんだから余計美味しくない。

「そういえば、なんで今更せんたく読み返してるの?」

 茜さんが箸で先生をさしながら質問する。行儀悪い、いつもだったらそうな風に思うけど、あんまり気にならない。

「美本がせんたくが一番好きって言ってたから、読み返したくなって」
「……せんたくが一番好きなの?」

 茜さんは食べるのをやめて、真剣な顔で私に聞いてくる。
 真剣な顔というか……なんか、信じられない。そう言ってきそうな顔に見える。

「……はい。一番初めに読んだ先生の作品も一番好きなのもせんたくです」

 質問に答えたのに茜さんは何も言わない。言わないどころか、動きも止まってる。

「……茜、美本困ってるから」
「あっ……そうだね、ごめん」

 ちょっとトイレ。茜さんは短くそう言うと、箸とお茶碗をがたんと乱暴に置いてベランダに向かう。トイレって言ってなかった……?

「ごめんね」
「何がですか?」
「茜のこと。ちょっとびっくりしてるだけだから気にしないで」

 何にびっくりしてるのか、全然わかんない。
 私はただせんたくが好きって言っただけなのに、どこにびっくりする要素があるの?

「美本はさ、なんでせんたくが好きなの?」
「……うーん、好きだからですかね?」

 私の答えになってない答えに先生は怒らない。怒るどころか、好きに理由なんてないよねと言ってくれる。
 嫉妬にまみれてたはずの私の心は、先生のその一言だけですぐに先生への好きの気持ちで溢れる。単純すぎる自分に笑うしかない。

「私、あんまり小説って読まなかったんですけど、偶然立ち寄った本屋さんのレジ近くにせんたくが山積みになってて。帯に書いてあった教科書にのらない全ての人へってうたい文句を見て思わず買ったんですよ」
「帯のうたい文句を見て?」
「そうなんです。帯のうたい文句がなかったら、多分買ってないです。あのうたい文句に喧嘩売られてるって思って買ったんですけど……あっ、別に悪く言ってるわけじゃないんです!  いい意味で言ってるんですけど……気を悪くしたらすみません」

 ベランダから泣き声が聞こえてくる。
 私がびっくりしてると、先生は放っておいてあげて。そう言ってからありがとう、ありがとうねって何度も言ってくれる。
 先生と美味しくなかったはずのご飯を食べると、二人で食べてるという事実からなのかな?  美味しく感じる。
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