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一章・私の人生どん底
十二話「若いのにすごいですね」
しおりを挟む自覚してしまうと、もう目が自然に先生を追ってしまって、仕事にならないという弊害が生まれてしまう。
中高の時、少女漫画が大好きだった私は恋愛に酔っていた。恋をしてる相手が好きなんじゃなくて、恋をしてる自分が好きだったんだと思う。
布団カバーたちを干すためになんとか通れるようになった自分の部屋に行くのもなんだか嫌になってしまう。
大人になっても私の恋に対する並々ならぬ思いは変わらないみたい。これから苦労する未来しか見えてこない。
「すごい、起きてから結構経ってるはずなのにまだ太陽があんな高いところにいる」
先生は不健康代表のような生活をしている。
ご飯ちゃんと食べない、朝まで執筆するのが当たり前で寝るのは太陽が出たあと。何日も寝ずに執筆するなんてことも少なくない。
大好きな作家に体を壊されてはたまらないから、この二週間頑張ってご飯作って起こしてるけど……長い戦いになりそう。
先生の不健康とも戦わなきゃいけないのに、恋をしてしまった自分の気持ちとも戦わないといけないんだから……気が重くなる一方。
「じゃあ、本題の新刊の話しよっか」
待ってました! と言わんばかりに目が輝いた気がする。多分、気がするじゃなくてそうなんだろうな。先生がわかりやすいねとくすくす笑ってる。
「新刊のタイトルは豊見親、主人公は本名の玄雅じゃなくて仲宗根豊見親の名前で有名だからタイトルはシンプルにした……っていうか、覚えにくい名前だから覚えてほしくてタイトルにしたんだ」
「はい質問です!」
「はいどうぞ!」
「名前は玄雅さんなのに、豊見親って名前で有名ってどういうことですか?」
美本くんいい質問です、なんて眼鏡をかちゃりと上げる先生。可愛いし楽しそう。
「豊見親は名高いって意味の尊称。そんしょうの漢字は尊いに称ね。偉い人の呼び名ってこと。宮古島には豊見親の名前で有名な人が何人もいて、これまた覚えるのが大変」
「名前とは他の名前で呼ばれてたってことですよね?」
「そ、江戸時代の徳川さんたちはみんな征夷大将軍、将軍って呼ばれてたのと同じ」
先生の話はちゃんと聞いてる。質問もして理解できてるよ風にしてるけど、内心はそれどころじゃない。
恋したばかりの時って無駄に意識しちゃってなんにも手につかない。それなのに、目の前で好きな人が私のために話してくれてるんだからキュンキュンしっぱなし。
「僕、どんな国の歴史でも好きだし、これまでの小説もいろんな国の歴史とか偉人を書いてきたけど、沖縄の歴史、特に宮古島の歴史は思い入れがあっていろいろ調べ直してたら一年も経ってて。それで新刊出せてなかったんだ」
「若いのにすごいですね」
「……あははっ、歳は関係ないよ」
先生は眼鏡を外して、スケッチブックをぱたりとテーブルに置く。あんなに楽しそうに歴史について話していた先生の影は綺麗さっぱりなくなってて、何も話そうとしてくれない。
明らかに私は地雷を踏んだ。
「……すみません」
「なんで美本が謝るの?」
沈黙に耐えきれず言葉をこぼすように小さな声で謝ると、先生は優しい笑顔で私の言葉を拾い上げてくれる。
「なんか……先生の癇に障るようなこと言ってしまったのかな……と、思いまして」
「こちらこそ謝らないと。美本に八つ当たりしてごめんね」
先生はもうすっかり冷めた紅茶の入ってるマグカップを両手で包み込むと、かっこ悪いって失望しないでね、なんて言ってから話し始める。
「僕が年齢不詳にしてるのは、前の担当の提案だったんだ。処女作の燃ゆる街、東京を書いたのは十五歳の時。本になった時は十六歳。その時に担当だった人に子供が書いてるって事実を出してしまうと偏見を持たれるから、だから……年齢のことは言わないって決まった」
先生は今年二十歳になったばかり。私より二歳も若い。
「十八歳だったら期待の新人って大々的に書いて売り出すのに……小説、歴史ものを書きたい僕が目指している世界で僕の年齢はハンデでしかなかった」
「本当にすみません、先生のこと何も知らずに……」
「大丈夫。美本に言われた言葉に傷ついてるんじゃないから」
傷ついてないんだったら、なんで私にこんな話するんですか。そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。
私の言葉がきっかけになったのは明らかだし、先生の言う傷ついてないって言葉を信じるとしても、私の言葉のせいで傷ついた昔のことを思い出してしまってる。それはもう、傷ついてるってことでしかない。
「昔から大好きだった歴史の話を書きたいだけなのに、そんな大好きを僕の年齢が邪魔しちゃうなんて……予想してなくてすごくびっくりした」
なんて言葉を言えばいいんだろう。
先生は私のせいで傷ついてるし……それに、先生が傷ついたのは私なんかには全く想像ができない世界のお話。
年齢が夢の邪魔をする。年齢なんて自分ではどうしようもない。努力したって絶対に変えられないものが邪魔をしてきた時、私は……どうするんだろう。
「でもね、それを隠してでも乗り越えて本当に良かったと思ってるんだ。だって、隠してなかったら僕はデビューできてないってことだよ? そしたら、美本は僕の作品と出会ってないし、僕たちも出会わなかったかもしれないでしょ? 傷ついた思い出は悪いことばっかりじゃなくて、いいことだってあるんだから。傷ついた思い出をそんな風に思えるのは美本のおかげだよ。ありがとう」
ありがとうございます。その言葉は私が言わなきゃいけない言葉なんですよ。
それなのに、先生は私に何度もありがとうと言ってくれる。
やめてほしい、というのが本音。稲嶺玄雅という底なし沼から抜けられなくなっていく。
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