ハリネズミたちの距離

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一章・私の人生どん底

十話「健康に気を使ってください」

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 先生と出会ってから二週間。
 私の家になる部屋の掃除は終わらなくて、毎日先生の部屋で寝泊まりしてる。
 劇的に変わった私の人生は、今のところ特におかしなことなく過ぎていく。
 ぴろん、とスマホの画面がつく。何ごとかと思って見ると妹から遊びに行ってもいい?  なんてメッセージが届いてる。遊びに行くも何も、まだ私の部屋に入れる状態じゃない。
 むり、と短い文字を打ち込み送信する。

「明日からずっと曇りか雨じゃん……部屋干しするしかないか」

 天気予報によると今日以降はあんまり天気が良くないらしい。これは今日のうちにいろいろと洗濯しなさいってことなんだろう。
 気温は日に日に高くなってるから、もう布団も毛布もいらないはず。
 寝てる先生をなんとかどかして、布団と毛布、枕カバーとベッドカバーを引っペがして洗濯機に突っ込む。お昼までに全部の洗濯を終わらせて外に干したい。

「先生!  ご飯用意してあるので食べてください」
「ん……、あんまり食べたい気分じゃない」
「口答えしない。先生はもっと健康に気を使ってください。ほら、さっさと座る!」

 この二週間で一番驚いたのは先生の食生活。
 こんな食生活で人間って生きていけるの?  と疑問に思うほどの不摂生。
 コンビニ弁当を食べればいい方。執筆に集中した時は一日に食べた固形物は飴玉一つとかもざららしい。
 高校の時に菓子パンとかスナック菓子だけではだめ、と書いていただめな例が良く見えてしまうほどの不摂生。
 ご飯作るのがそれほど得意じゃない私が健康に気を使った献立を考えるのは至難の技でしかない。から、とにかく毎食サラダを出すようにはしてる。

「卵焼き作るの上手だね、それにすごい美味しい」

 先生は何を食べても美味しいって言ってくれる。前に言ってた豆類と冬瓜以外は基本的になんでも食べれる人なんだと思う。
 ただ、これを食べたいという欲が全くないらしく、食べたいものは?  と聞いてもなんでもとしか答えてくれない。
 お願いだから、なんでもいいから、食べたいものを一品でも言ってほしい。

「あっ、あと必要なものあったら遠慮なく言ってね」
「もう充分なぐらい買ってくれたじゃないですか」
「そう?  服買いに行っても十着も買わなかったし、化粧品だって買ってないでしょ?  最初の月は僕が払うから遠慮しなくていいのに」

 生活するのに必要なものだけは買ってもらった。服と下着に洗顔料と安い化粧水、それに昼と夜用の生理用品。これがあればとりあえずは生きていける。
 これ以上何かを買ってもらうのは申し訳なさすぎる。

「私、そんなに化粧得意じゃなくていつもほぼすっぴんだったので大丈夫です。ありがとうございます」

 さすがにほぼすっぴんは嘘だけど、化粧品がなくたって生きていける。そのうち買うけど、先生のお金で買ってもらうものじゃない。

「困ったことがあったらすぐ言ってよ。僕は美本の雇い主……なんだか言葉が悪いね。僕は社長って言えばいいかな?」
「雇い主って言葉が悪いんですか?」
「雇い主って人を雇って使う人ってことでしょ?  雇って使うってなんかいい意味に聞こえないなって思って」
「そんなこと気にしてないですよ」
「言葉は大事だから気にしないと。言葉で仕事してる僕は特にそうだし、小説書いてた美本だって同じだよ!」
「……はい」

 これは先生に雇われて二日目にわかった事実なんだけど、酔っ払ってた私は先生に小説を書いてた!  と言ったらしい。ペンネームとどんな小説を書いてるのか自慢げにべらべらと全部話した……らしい。
 二週間前の自分を殺してやりたいぐらいに恥ずかしい。
 大好きで憧れてる作家に向かってそんなことを話すな……ペンネームまで教えるな……。
 慶壱とのことだって反省してない。心の奥底でそんな風に思ってる自分がいるのかもしれないって思えちゃって、私はいつになったら大人になれるんだろうと嫌になる。

「新刊、来月末に発売なんですよね?」
「そ、発売日は二十五日になりそう」

 ってことは……あと一ヶ月と一日……やばい、楽しみすぎて時間経つの遅く感じそう。

「あの、ちなみになんですけど……どんな内容なんですか?」
「発売日まで秘密、と言いたいところだけど……知りたい?」
「はい!  今すぐに知りたいです!」

 洗濯機の音がごぉんごぉんと響く中、先生の質問に食い気味に答える私に先生は眉を上げてる。顎も上げて口角も上げて、なんだか満足気な顔してる。

「今回の主人公は実在の人物で」

 ぴーぴーぴー。
 洗濯が終わったことを知らせる機械音が響く。
 先生にすみませんと何度も謝りつつ、毛布を干して布団を洗濯しようとタグを探すも、ない。タグがどこにも見当たらない。

「先生!  この布団のタグがないんですけど!?」
「邪魔だから切ったよ」
「……切った?  タグを?」
「うん、切った。なんかだめだった?」

 洗濯表示を見ないと家で洗えるかどうか判断出来ない。これはクリーニング屋さんに持って行って聞くしかないか……あぁもう予定が狂ったけど、しょうがない。布団は畳んで置いといて、布団カバーとベッドカバー、枕カバーを全部一緒に洗う。私の部屋の方のベランダにも干せば全部入る……はず。多分。無理だったらどうにかしよう。
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