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一章・私の人生どん底
七話「お酒だよね?」
しおりを挟む駅から家に戻った時はまだ明るかった空がだいぶ暗くなってる。
この時間でこれだけ明るいんだもん。日が伸びたな、なんて思いながら曲げてた体を伸ばす。
「今日はこれぐらいで大丈夫」
「全然進まなかったな」
「まぁ、少しでも床が見えたしよしとしましょ!」
玄関から伸びる廊下が少しだけ、長さで言うと三十センチぐらい見えてるだけ。結構長い間片付けてたんだけど、まだまだ先は長いらしい。
「先生の部屋戻ってから帰りなよ」
「そうだな、挨拶だけしていくわ」
慶壱の態度は最初と明らかに違う。
あんなに強く言ってるのに、私のことばっかり気にして悩んでるんだから、優しいとかそういうことじゃなくて馬鹿なのかな? なんて思い始めちゃう。
「先生、とりあえず今日の片付けは終わりです」
ノックもせずにづかづかと先生の部屋に入ると、びっくりしたと言いながら眼鏡を取る先生と目が合う。
今朝、私がゲロ吐いてたローテーブルに座ってパソコンを見てたらしい。
「ノックぐらいして」
「……すみません」
慶壱がにやにやとした顔で何見てた? なんてパソコンを覗き込んでる。先生は変なものは見てない! と顔を真っ赤にしてる。なんだろうこの光景、なんか可愛い。
「ちゃんと仕事してたんです! 新刊のルビ確認とか諸々忙しかったの」
「……新刊?」
「そ、新刊。来月末発売予定なんだ」
自然と肩が上がって口角も上がる。
四季さいは一年ほど新刊を出してなくてどうしたんだろうと心配してたけど、来月末に新刊がでる。また四季さいの物語が読める。胸が高まる。
「慶壱くんもご飯食べていくでしょ? 悪いけど冷蔵庫の中何もなくて、美本買ってきて作ってくれる?」
そういえば、私の仕事内容について全く聞いてなかったけど雑用って言ってたよね? 雑用ってつまり家政婦的なことなのかな?
「わかりました。嫌いなものはありますか?」
「豆類と冬瓜は嫌」
慶壱は嫌いなものはあんまりない。よし、あんまり時間もないからささっと買ってきてぱぱっと作るぞ。
なんやかんかこれが私の初仕事だし、気合いいれるぞ!
*
「じゃっじゃじゃーん! 完成です!」
テーブルの真ん中には鍋敷きの代わりのチラシと三人分の食器。
チラシの上にどかんと雑にのせすぎて、フライパンから汁がこぼれる。
「これ……牛肉?」
「いいえ、鶏肉と豚肉です」
「……すき焼きって牛肉じゃない?」
「私の家は質より量だったので牛なんて使いません」
作ったんだから文句を言うなと先生に反論すると、お金は僕のだと言われた。その通り過ぎて何も言い返せない。
「あと、お刺身盛り合わせも買ってきました! マグロにサーモン、イカそうめんにホタテ! それに缶ビール! はぁー幸せ」
「ちょっと待って」
私が缶ビールをどどんとテーブルに並べると、先生が私の動きを止める。
「これ、お酒だよね?」
「はい。アルコール七パーセントなのでれっきとしたお酒です」
「……今朝、もうお酒は飲まないとか言ってなかった?」
「先生、こいつはそういうやつです」
「えっ?」
「そうそう、そんなこと忘れて楽しく飲みましょ! はいカンパーイ!」
先生は腑に落ちないと口を尖らせてる。楽しい顔してないと美味しくないですよ、と声をかけてみても先生の顔は特に変わらず。
「あっ、そう言えば先生に質問なんですけど」
慶壱と先生がなぜか意気投合して楽しく話し始めてるところ、私が二人の間に入って話を止める。
「雑用って家政婦ってことなんですか?」
先生は卵にくぐらせた肉を一口で食べてほっぺたに入れたまま話す。お行事悪いと怒りたいところだけど、質問に答えてくれるらしいので何も言えない。
「まぁ、家事全般はやってもらおうと思ってるけど、僕の仕事の手伝いとかもしてもらおうかなってぼんやりと思ってる。どんな業務内容かは今はっきりとは言えないけど、そんなに難しいことをお願いするつもりはないよ」
「知世は家事なら一通りできるから安心だな。たまに破滅的な料理を作る時があるからそこだけは気をつけておけ」
「そうなったら慶壱くんも呼び出して一緒に破滅させるよ」
なぜ俺を巻き込む? なんて慶壱と先生はげらげらと笑いあってる。
二人は飲んで食べて話して、今日会ったばっかりとは思えないほど楽しそう。
このまま仲良くしてくれたらいいな……なんて思っちゃう。このあといつ慶壱がここに来るかなんてわからないし、もしかしたらもう来ないかもしれない。
ここに来たら、嫌でも私と顔を合わせることになる。
それは彼女ちゃんが許さなかったら、別れるまでできないことになるかもしれない。
嫌だなぁ。なんて、私が言うことはできないわけで。
私と慶壱との関係より、慶壱にあんなに真剣な顔をさせる彼女ちゃんとの関係を大事にしてほしい。
今まで慶壱に迷惑かけまくって甘えまくって、縛りまくってた私がそんなこと思うと偽善者って思われちゃうかもしれないけど……なんて思われたって私は心の底からそう思ってる。
人生どん底って思った時には隣に必ず慶壱がいて助けてくれた。そんな慶壱が幸せになるためなら、私はなんだってしたい。しなきゃいけない。
それが私が慶壱にしてあげられる唯一のことなんだと思う。
「美本? 何ぼーっとしてるの? 酔ったならお水飲みな」
「……まだ酔ってないです!」
私が缶ビールを一気する! なんて言い出したのを男二人が必死になって止めてる時、玄関の方からどたんと何かが倒れる音がした。
私が音にびくっとして恐る恐る振り返ろうするよりも先に、先生はもう! と声を荒らげてどたどたと玄関に向かう。
何ごとかと私と慶壱も玄関に向かうと、見知らぬ男の人が倒れてた。
この人……誰?
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