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20・過ちと報告
しおりを挟む朝日で目が覚めて、心地よくて、もう少し寝たいなって思いながら、体を包むもふもふに頬ずりをした。
「おはようございます。」
頭の上で声がして、完全に覚醒した。
「あっ!」
ゴスっと音を立てて、自分の頭と嘴がぶつかった。とても痛い。
「いったぁー…」
「大丈夫ですか。」
打ったところを手で押さえつつ、ベッドから起き上がった。
裸のままなのに気づいて、シーツを引き上げて隠す。着ていた服は、ベッドの向こうの床に脱ぎ捨ててあった。
そんなことよりも、もっとやばいことに気がついている。
「専務、私がいいって言うまで目をつぶっててもらえますか。」
「着替えですか。」
「早く!早く!」
目を閉じたのを確認して猛スピードで着替えをし、自分のバッグからスマホを取り出す。
「もういいですか。」
「どうぞ!」
生返事をしながら、スマホの画面を見て頭を抱える。
嵐と大河からの着信がすごいことになっていた。
連絡がつかないから、嵐が大河に相談したことが、容易に想像できる。完全に私の失策だ。
「あー…絶対に怒られる。これは、やばい。どうしよう。」
なにがやばいって、嵐はまだ良いとしても、大河だ。
大河の心配性は、お前は私の父親か?ってくらい激重で、対応を間違うと毎日送り迎えになることもある。
嫌じゃない。
でも、もういい年した大人だし自分のことは自分で出来る。小さい子どもみたいに心配しなくても、大丈夫なのに。
今日の夜はやばそうだなって思って、小さくため息をついた。
「家に連絡しなかったんですか。」
見上げれば、スーツに着替えた猛禽が後ろに立っていた。
「そんな時間ありました?夕飯食べてくるって連絡しかしてないですよ。」
「…そうですね。なかったです。」
実際は専務の表情が変わっている訳ではないのに、なぜだかニヤけているように見えた。
「何笑ってるんですか。」
「そう見えます?」
「ええ、イラッとします。」
嘴を手で押さえて、カタカタ鳴るのを防ごうとしている。
「渡辺さんが怒られるのは、僕のせいなので、今夜謝罪に行きます。」
「はあ?来なくていいです。」
「いえ、行きます。それより、お家に連絡しなくていいんですか。」
電話したら延々と嵐からお説教をされるだろうから、無事ですとメッセージを送っておくことにした。
詳細は絶対に話せない。うまく誤魔化せる自信もない。
まさか上司と一夜の過ちを犯したなんて、絶対にバレてはいけない。
しかも、大河と商談した昨日の今日。
考えただけで戦慄する。
ブルリと震えてまたため息をつくと、専務が隣の部屋から呼んだ。
「朝ご飯の準備が出来てますよ。」
高級ホテルの朝食なんて、夢みたい。現金な私が元気よく返事をした。
「食べます!」
美味しい朝食に満足してホテルを出れば、仕事が待っていた。
専務は様々な会社の代表が集まる講演会と、レセプションのはしご。私は出社して雑務をこなす。
電車で出勤するつもりだったのに、専務が流れるように車に乗せて会社まで送られてしまった。
仕事の合間、自席でうつ伏せになって悶える。
ふとした瞬間に勝手に思い出されては、チクチクと苛んでくる。
「一夜の過ちだから、過ち。」
すっごく気持ち良かったけど、付き合う気も結婚する気もない。だから、二度と誘いに乗らないぞ。
強い意志を持つんだ。
でも、狂うほど気持ち良かった…あれはやばい。
色欲魔人みたいなこと考えてる自分に自己嫌悪。
これからどうしよう、と何度目かのため息をついていると、スマホにメッセージが届いた。
波琉から、近くに来ているからランチをしないか、という内容だった。
濡れ手に粟、こんな時に私の味方をしてくれるのは波琉だけ。問題は、私に起こった出来事が全て、彼女にとっては面白いこととして映ってしまうことだ。
指定されたのは、会社からほど近いレストラン。会員制で一見さんお断り。
私の名前を出してくれれば、入れるようにしてあるからって、波琉ってばめちゃくちゃ業界人じゃん。
そわそわして入店すると、スタッフさんに席まで案内された。
「やふー!」
大きな口をガバッと開けて、ご機嫌な波琉が手を振っている。
座り心地のいいソファに体を沈めて、波琉に詰め寄る。
「波琉ー!どうしよう!」
私の顔を見た波琉は、牙を剥き出しにしてニヤッと笑った。
「当ててもいい?」
「え?」
ふかふかの指を私に突きつける。
「鷹司さんとやっちゃったんでしょ!」
「っ!なんでそれを…」
「大河が、楽が帰って来ないって大騒ぎしてたから。とうとうこの時が来たかって思ってね。私が必要でしょ。」
悪い顔で頷いている波琉に、大きくため息をつく。
「説明の手間が省けたわ。どうしよう。」
「なにが?」
「いや、…しちゃったから。どうしようって。」
「どうもしないでしょ。やっちゃったもんは、やっちゃったんだから。」
スタッフさんがランチコースを運んで来た。
昨晩も今朝も今も、私だけ美味しそうなものばっかり食べている。後で嵐にも美味しいものをご馳走してあげよう。
「あー…それなんだけど。実は、結婚してくれって言われて。」
「はあー?!なにそれ?!どういうことよ!!」
カッと見開いた目は大きく、正に猛獣という表情だった。
「いや、私のこと好きらしくて。昨日、大河と商談してたじゃん。その時に嫉妬したらしくて…プロポーズ?されて…そういうことに。」
「えっ、承諾したの?!」
「してない!断った!」
「なんで?!玉の輿じゃん!」
波琉は驚愕した顔をしつつ、料理を食べ進める。
昼休みは有限だから、どんどん食べないと間に合わない。
「えー…だって、専務と結婚って…絶対に大変じゃん。」
「まぁ、大変なこともあるだろうけど。今までみたいに苦労しなくて済むじゃん!楽が背負ってるもの、鷹司さんが一緒に背負ってくれるってことでしょ。いいじゃん!」
「いや…でも…。」
それって私も専務の荷物を背負うってことじゃん。そんな覚悟ない。
「鷹司さんのこと嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、好きでもない。」
お肉を噛みちぎってゴクリと飲み込むと、波琉はお茶を口にした。
「でも、もふもふは好きと。」
ぐっと指を突きつけられ、図星の為に二の句が継げない。
「羽プレイしたの?」
「…あー…うー…。」
「これはしたな!セックスも良かったんでしょ。」
良かったです。
「あー…まあ…。」
「いいじゃん、お金持ちで床上手で、大好きなもふもふ。しかも愛されてると来てる。」
羨ましいー!とジタバタしている。
「でも、結婚ってピンと来ないし。」
「それは、ある。私も結婚したいって思ったことないから、分かんないな。」
二人で無言で肉を噛む。
味わい深い、美味しいお肉。
「なんかあ、楽が幸せになるなら何でもいいんだけど。自分を売ることだけは、しないでね。ママと嵐だって、嫌がるよ。」
「うん。そうだね。」
「いや、面白いわ。今日帰って、大河の反応を早く見たい。」
「あ、それ!大河からめちゃくちゃ着信来てて…。また心配性が発動したらどうしよう。」
波琉が手を叩いて笑っている。
「ひっひっひっ!大河ってばバカだねー。楽も大変だ。」
「人ごと…!」
バゲットを口に放り込み、紅茶をゴクリと飲むと、波琉が大きく頷いた。
「フォローしとくから、安心しなよ。とりあえず送り迎えはしないだろうからさ、大河も忙しいし。」
「そうだね、忙しいよね。良かった。」
運ばれて来たデザートに手を伸ばし、昼休憩の終了時間が近づいてるのに気がついた。
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