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第30話

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 良い匂いがして目が覚めた。
 むくりと起き上がると、あちこちに置かれた灯りで、ふんわりと部屋の中が明るい。
「…夜?」
 そんなに寝てしまったのだろうか。
「起きましたか。もうすぐご飯ができますけど、食べますか」
「食べる!」
 ティリオンの声に反射で答える。
 あんなにお菓子を食べたのに、沙彩のお腹はペコペコだった。
「あっ、まだつけてるー!」
 ベッドから降りると、ティリオンの頭と手首に、花冠が乗ったままだ。
「これ、サーヤでしたか。妖精がいたずらしたのかと思いました」
 なんだとばかりにホッとしているティリオンの、右手首についた花輪を指差す。
「花嫁さんセットだよ」
 長い髪をサラリと揺らし、ティリオンが左手の薬指に咲く花を見つめた。
「サーヤが、私を花嫁にしたいと……そういうことですか」
「違うよー、コスプレだよ」
「……ああ、仮装ですか」
 真顔になったティリオンは、ちょっとした迫力がある。
「嫌だった……?ティリオン、きれいだから似合うと思って」
 怖さでドキドキしながら顔を伺うと、ティリオンはキッチンへ体を向けてしまった。
「いいえ、嫌ではありませんよ」
「そっか」
 怒っていないのなら、いいのだ。
 妖精にいたずらをされて困っているような口ぶりだったから、怒られるんじゃないかと沙彩は焦ってしまった。
「嫌じゃないなら、また作ってあげるね」
「ありがとうございます。少し歩きますが、花畑があるから、連れて行きましょうか」
 優しい声色に、沙彩はウキウキした。
「うん!そしたら、いっぱい作るよ!」
「花嫁さんセットをですか」
「え、もっとってこと?首飾りも欲しい?」
 どうやらティリオンは思ったよりも欲張りらしい。
 喜んでいるなら、首飾りも、足飾りも、指輪もたくさん作っても良い。
「そうですね。では、サーヤの花婿さんセットは私が作りますね」
「えーー!私も花嫁さんがいい!じゃあ、ダブル花嫁さんでいっか」
 ティリオンがテーブルに並べた夕飯を見て、沙彩は目を輝かせた。
「美味しそう!ティリオンは、料理好きなの?」
 湯気を立てたグラタンとポトフ、隣にはカリカリに焼かれたパンがあった。
「ここで暮していると、それくらいしか楽しいことがないのですよ」
 ふっと微笑んだティリオンを見て、沙彩は少し悲しくなった。
「私が友達になるよ」
「サーヤが、私の友達に?」
 明るい色の目をまん丸に開いている。
「うん、大人じゃないけどさ」
「いえ、嬉しいです。私とサーヤは友達ですね」
 花に彩られたティリオンが、初めてにっこりと笑った。

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