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第27話
しおりを挟む来た時は確実にいつもの山だったし、こんな崖は沙彩の家のそばにはない。
「なんで……」
自分の家のある位置を探そうと前に出ると、腕を引っ張られた。
「足場が不安定で崩れやすいですから、危険ですよ」
「ねえ、私の家がないよ。学校も、友達も、家族もいないの?」
泣きそうになりながら訴えると、彼は沙彩の腕を掴んだまま元来た道を引き返す。
「そうですね、ここは人間が来るところではないですから」
「えっ…私、死んじゃってるってこと?」
彼の顔を見上げると、笑って否定した。
「私もあなたも生きてますよ。ほら、暖かいでしょう」
しゃがんだ彼にぎゅっと抱きしめられると、暖かく、草花の香りがした。
「うん……」
沙彩は鼻の奥がツンとして、どうしようもなく涙がこぼれた。
「私、知らないとこに来ちゃった」
調子に乗って奥まで来なければ、こんなことにはならなかったのに。
ぼたぼたと落ちて行く涙が、彼の服に染みを作っていく。
「とりあえず、私の家に行きましょう。まずは、美味しいお茶を飲んで休みましょうね」
「分かった……」
知らない人についていっちゃいけないと言われているけれど、知らない人しかいない場所に来てしまったのだから、仕方ない。
それに、今は一人でいるのがとても怖い。
彼は沙彩の手を引いて歩き出した。
「ここが私の家です」
見たこともないくらい大きくて太い木の、うろの中に快適な部屋があった。
「すごい、なにここ!秘密基地みたい!」
うろに合わせたドアが付けられ、窓がいくつもついていて中は思ったより明るい。
部屋には木造りのテーブルと椅子、大きめのベッド、棚がいくつか置かれていた。
「椅子に座っててください、今お茶を入れますから。砂糖はいりますか」
「紅茶?」
「ハーブティーです」
「苦い?」
沙彩は、母親が前に買ってきた渋くて苦いハーブティーを思い出した。あの時は、砂糖を入れたらより不味くなったのだ。
「いいえ、甘い香りがします」
「じゃあ砂糖入れる」
彼はにっこりと笑い、手際よくお茶を入れた。
やがて爽やかで甘い、りんごのような香りがするお茶が、沙彩の前に置かれた。
「いい匂い」
「そうですね、これは私が一番好きなお茶です」
「いい趣味してるね」
「それはどうも」
一口飲む度に、香りと甘味が沙彩の心をゆっくりと温めた。
「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。私は、ティリオン・リングールです」
やはり、外国人だった。
「七五三木沙彩だよ」
「サーヤですね」
発音が微妙に違うが、外国人だから言いにくいのかもしれない。
「まあ、そんなもんかな。ティリオンが名前?リングールが名前?」
「ティリオンが私個人の名前、リングールはファミリーネームです」
「へー」
沙彩は、温かいお茶をゆっくりと飲み干した。
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