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12・私の心
しおりを挟む最近、毎日が楽しい。
感情を殺して、無表情で過ごしていた日々が嘘みたい。
友達もできて、何でもない話をしたり、恋の相談を受けたり、二人がくっつくのを見届けたり、こんなドラマの中みたいな日常を過ごせると思ってなかった。
何もかも全部、松田のおかげ。
私のそばで、ずっと温かい優しさを注いでくれていたから。
寂しくて死にそうな夜も、苦しくて怯えていた朝も、ずっと愛で包んでくれていた。
泣いてもいいって教えてくれた。
何度も信じないって否定しても、絶対に愛してるって言ってくれた。
彼の愛があったから、私は自分の足で立てるようになった。
そしたら、セックスをしなくても満たされることを知った。
そばにいてくれるだけで、泣きそうになるくらい幸せだった。
でもね、私はずるいんだ。
どうやったら、彼の全てを私のものにできるのかって、考えてる。
どうしても松田から求めて欲しくて、自分から誘うのを止めた。
そしたら、松田ってば何にもしてくれないの!
知ってる。自分のせいだって、分かってる。
でもさ、あんなに生で中出ししまくったのに、全くしないで平気って…本当に男なの?
もう、最後にしてから1年以上経ってるよ。
私はそろそろ耐えられない。
ばかみたいに優しくて、温かくて、全てを包んでくれる、あの人に抱かれたい。
私だって…もう、愛してるんだ。
「ねえ、ほとり。知ってる?」
「えっなになに?!何が?」
向かいの席で、ほとりがキーボードを叩いて相槌を打つ。
落ち着きがなくて、可愛い。
こういうところが、松田とよく似てる。
「なんと、社員旅行があるそうでーす!」
「えっ!本当?!みんなで旅行できるの!?」
大喜びしている顔が、可愛い。
コピーの詳細を渡すと、食い入るように見ている。
「ほとり、どこがいい?」
「えー迷っちゃうなぁ。」
社員旅行は自由参加。一泊二日、場所は選択制。
温泉か、ちょっと遠くの遊園地。
「んー…末ちゃんと温泉入りたいな。」
「私もー!ほとりと温泉ー!エステしようよ!」
「きゃー!素敵ー!エステ!」
後ろから顔を出して、慣れた声が一緒になって、はしゃぐ。
「松子もー!温泉がいいー!」
うふー!って頬に両手をあてながら、顔を覗き込まれてウィンクしてきた。
最近、普通に可愛く見えるから、困ってる。
「じゃあ3人温泉ね。ほとりは、灘川説得しておいて。まぁ、彼女のお願いだし、二つ返事すると思うけど。」
「そう思うよ。灘くん、さみしがりやさんなんだよ。」
「それは、俺も思う。灘は、仲間外れにされるの嫌なんだよ。」
そういえばそうだ。初めて松田と2人で飲みに行った時、灘川はずるいって怒っていた。懐かしい。
「阿部は?」
「ちゃん阿部は、もうチケット買っちゃったフェスが同日開催らしくて、行けないのをすごく悔しがってたよ。」
既に後輩の阿部に話をしに行っている辺りが、抜かりない松田って感じ。
「ここにも、寂しがりやがいたかー!末ちゃん、珍しく4人だね。」
「そうね。じゃあ、女子同士いちゃいちゃしましょうね!」
「トゥンク…やぁん、お姉様。」
「あーん!ずるーい!松子もー!」
はいはい、と頭をヨシヨシしてやる。
久しぶりの柔らかい髪の感触に、指を通してうっとりとすいてしまった。
自分の行動にびっくりして、慌ててほとりを見るけど、パソコンのディスプレイを見てキーボードを打ち続けている。
「末ちゃん。」
夜の時のような甘くて優しい声が、耳をくすぐる。
髪に通した指をそっと外され、キーボードの上に戻された。
ビクリと肩が震える。
会社でやっちゃった…こんなんじゃ灘川のこと詰れない。
「じゃ、また後で社員旅行のこと話そうねー!俺は外回り行ってきます!」
「いってらっしゃーい!」
「…いってらっしゃい。」
きまずい。とても、きまずい。
「末ちゃん、今日の夜、空いてる?」
「…うん。」
ディスプレイの横から顔を出して、にっこりと満面の笑みで押し切られる。
「ご飯ね!」
「…はい。」
このカップル、どんどん似てきている。
ほとりと二人の時は、いつもの居酒屋じゃなくて、ファミレス。
お互いに好きなお肉を頼んで、ドリンクバーでお茶を準備する。
席に座ると、姿勢を伸ばして良い笑顔のほとりが待っていた。
「さ、末ちゃん。洗いざらい話してもらいましょうか。」
「えっと…えー…」
有無を言わせないわよって顔してらっしゃる。
「長くなるよ?」
「末ちゃんの為なら、時間なんて惜しくないよ。私の時にしてくれたように、私も末ちゃんに返したいの。末ちゃんが、大好きだから。」
鼻の奥がツーンとして、ぼたぼたと涙が落ちてきた。
どうして私の周りは、優しい人ばっかりなんだろう。私はこんなにずるくて、最低なのに。
ほとりのハンカチを受け取って、目を押さえる。
「どこから話そうかな。本当に長いの。」
「好きなところから話していいよ。例えば、松田くんのこととかね。」
ジュージューと香ばしい匂いをさせて、お肉が運ばれてきた。
お肉を切って口に運ぶ。安いから硬いけど、美味しい。
ふと、松田の作るローストビーフが食べたいな、と思った。
「そうね…。私ね、松田のこと愛してるの。」
ほとりもアツアツのハンバーグを口に入れて、はふはふと息をしている。
「し、知ってるよ!」
あまりに、熱かったのか、慌てて水を飲んでいる。
「はぁ…熱かった。末ちゃんが、松田くんのこと好きなのなんてバレバレだよ。特にここ数ヶ月。」
「え、えー…」
ポーカーフェイスで通っていたのは、今や昔。
急に顔が熱くなる。
ハンバーグをふぅふぅ冷ましながら、もぐもぐ食べるほとりは、とてもチャーミングだ。
「こうねぇ、前と違って…目が違うよね。灘くんが私を見る時の顔と似てるよ。愛されてるなぁって、嬉しくなる顔。」
「灘川と一緒って…」
モロバレじゃないか。
「じゃあ、松田にもバレてる?」
「松田くんは、私と違って思慮深いからなぁ。気づいてても、そうだと見せないよね。でも、気づいてるんじゃないかな。」
ほとりのハンカチで顔を覆う。ちょっと今無理です。
「どうしよう…」
「末ちゃん、話してごらんよ。楽になるよ。私が末ちゃんにそうしてもらったみたいに。」
そっとハンカチを顔から外して、覚悟を決める。
「ほとり、私のこと…嫌いにならないでくれる?」
「どうやったら嫌いになるのか、教えて欲しいくらい好き。」
そう言って、にこにこ笑うから、視界が歪んで笑顔が見えなくなっちゃった。
うまくまとめられなくて、先に行ったり戻ったりしながら、なんとか話し終わった。
ほとりも、途中で泣いて会話にならなくなったりしたけど、理解してくれた。
「私が大好きな末ちゃんは、松田くんの愛で、できてたんだね…」
ファミレスで、目を真っ赤にして、もう化粧なんて剥げちゃって、いい歳した女がおかしいよね。
でも、私は、やっとこの歳になって自分を取り戻せた。
遅れてきた春なのだ、いや秋かな。
「恥ずかしいけど、そうみたい。全部、松田のおかげなの。」
「なんで付き合ってないのか分かんない。末ちゃんも松田くんも、意固地。」
「違うの、悪いのは私なの。松田の気持ちを利用して、縛って。」
ほとりは三杯目のドリンクを飲み干した。
「違う、松田くんだって末ちゃんの気持ちを利用してるでしょ。そうじゃなきゃ、何年もそばにいたりしない。」
頼んであったパンケーキを切り崩して、口に詰め込む。ハムスターみたいになっていて、可愛い。
「末ちゃん、社員旅行は、ちょうどいい機会だよ。4人しかいないんだから、私と松田くんの部屋割りを交換しちゃおう。ちゃんと話し合って。」
「でも…」
「でもじゃない!末ちゃんがね、好きって言えばいいの。それだけで、うまくいくんだよ。」
「信じてくれるかな…あんなに頑なに否定し続けた…私の言葉なんて。」
手が震えるから、両手でぎゅっと握る。怖くて、怖くて、それが嫌だから逃げ出した。
ほとりはため息をついて、アメリカンに両手のひらを上にした。
「末ちゃんの好きな松田くんって、そんな人なの?何年も末ちゃんのそばに、ひっつき虫みたいに離れないでいたのに、末ちゃんに好きって言われただけで、離れてくの?」
「えっえー…ひっつき虫かぁ…むしり取らないと離れないかもね。」
ほとりは、熱くなったのか、フォークをパンケーキにザクザク突き刺して、いっぺんに口に入れて、苦しくなって慌てて水を飲む。
ああ、なんて可愛いんだろうこの子は。
「そうだよ!だって末ちゃんが松田くんの愛をずっと否定してたのに、離れないんだよ?もうむしり取っても取れないよ。」
そっか、そうかもしれない。
私が手放さなければ、松田はずっと一緒にいてくれるかもしれない。
「ありがとう、ほとり。私、頑張ってみる。」
「任せて、すぐ2人っきりにしてあげるよ!」
「いや、私はほとりと温泉入りたいから。それは夜でいいよ。」
「末ちゃーん!!」
「ほとりー!!」
テーブルがなかったら抱きしめていた。
私はもう、大丈夫。
だから、もう少しだけ待ってて。
今度は私から、松田を迎えに行くよ。
「末ちゃん」
「なぁに?」
キラッキラした瞳のほとりがワクワクしている。
「松田くんとのえっち、気持ち良かった?」
さすがほとり、私の友達だわ。やり返してくるね。
私はうっとりした顔を作ってこう言った。
「今までで一番、気持ち良かったわよ。」
だって、愛があるからね。
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