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第9話
しおりを挟む志信は営業だが、あまり外回りをしない。昨今の営業は、相手方と電話や映像通話で行う方法が採られているからだ。
すなわち、ほぼ内勤である。
「おーい、郷田。今何件抱えてる?」
先輩がぐんにゃりと脱力したまま、椅子にもたれている。
「10件くらいっすかね。」
「割と持ってんな…俺のもらってもらおうと思ってたのに。」
自分の案件を手放すなんてよっぽどのことだから、志信は一瞬考えてから発言した。
「内容によっては引き受けますよ。」
「お、助かる。」
デスクに戻ってキーを叩くと、社内アプリにデータが送られてきた。PDFを開けば、案件の内容が記載されている。
「これ、一人でやってたんすか。」
「そうなんだよ。この前バックれたアホのせいで、俺が一応引き継いだんだけど。ずっとアプローチしてた相手と取引できそうでさ、こっちに構ってる余裕なくなって。」
「はー…俺も一人だと手に余りますね。アシスタントつけてもらえません?」
画面をスクロールしても終わらない文章。こんなの一人では到底面倒見切れない。
「つけたら引き受けてくれる?」
「つけてもらえれば、ですけど。」
上司に掛け合わなければ、営業アシスタントを伴うことはできない。営業の人数よりアシスタントの方が少ないからだ。
それで仕事が回っているから、人事もアシスタントを増やさない。
「よし、掛け合ってくるわ。」
さっきまでのグッタリはどこかへ、先輩はいい笑顔で上司を探しに行った。
「そんなすぐは、いくらなんでも無理っしょ。」
志信は高を括っていた。
グレーの髪を揺らし、さも仕事が出来ますな風貌の四葉が、目の前で微笑んでいる。
「本日付で営業アシスタントにつくことになりました。どうぞよろしく。」
その隣では、満足そうに先輩が仁王立ちをしていた。
「いやー、俺めっちゃ頑張ったわ。東雲さんだぜ、東雲さん。良かったな!これでお前に引き継ぎができるってもんだよ。」
まさか、当日中にアシスタントができると思っていなかった志信は、逃避なのか四葉のロングスカートばかりに目がいっていた。
ー今日はネイビーとホワイトのギンガムチェックか。
「おい、郷田ー!聞いてる?」
「あー聞いてませんでした。引き続きですか?」
「聞けよー!東雲さんて同期だよな!こんな可愛くて仕事できる美女と組めるなんて、ラッキーだぞ。」
「ふふふ、ありがとうございます。」
こんな風に和かに笑う四葉は、酒を飲むと豹変して淫乱に早変わりなんだぞ、と志信は心の中でマウントを取っていた。
先輩は四葉を気に入っているらしく、なんやかんやと褒め称え喜ばせようとしているが、度を過ぎるとセクハラになる。
しかし、四葉の顔には微塵も不快感が見えず、先輩を助長しているように見えた。
なんとなく気分が悪い。
「もういいですか、仕事に戻って。」
「なんだよつまんねえなあ、郷田は。」
志信は首の筋を伸ばすように腕を引いてから、空いている椅子を隣に置いた。
「引き継ぎお願いします。」
「おう、そうだな。」
四葉を見上げると、繋がった視線を切るようにして、空いた椅子に座った。
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