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第31話

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相手にされたことが嬉しくて、ふわふわ舞い上がっていた。
もっと自分を律しなきゃいけない。
紅子さんにとって、私は特別なんて訳がない。
たまたま、ちょうどいいタイミングで、その場にいただけのこと。
たまたま、ちょうどよく、紅子さんの好みの容姿だっただけのこと。
私は女だから、紅子さんの懐には入れないのだ。
男に見えるギリギリのところまでしか、相手にはされないのだから。
だから、自惚れてもいけないし、欲張ってもいけない。
私にできることは、紅子さんの売り上げに貢献すること。それだけだ。


「聖くん、今日体調悪い?」
よく話しかけてくる女性社員が、心配そうに尋ねる。
「いいえ、大丈夫ですよ。もしかしたら、ちょっと冷房が効いてるからですかね」
「うんうん、分かる。結構キツいよねえー!」
仕事をしていると集中しているから忘れるのだけれど、ふとした瞬間に紅子さんのことを思い出して、胸の奥が痛む。
髪に触れる手や、横抱きにされた体温、触れた唇、シーツの中で二人包まったこと。
お泊まりセット、お揃いのセクシーな下着、好きな相手というよりも、すごく仲の良い女友達のような…
考えれば考えるほど、ドツボにハマっていく。
「やっぱり、体調悪そうだよ。私のブランケット余ってるから使って!」
パタパタと自席に戻って、小さなブランケットを持ってくる。渡されたそれは、ふわふわと暖かい。
「ありがとうございます」
「いいの、聖くんが辛そうな方が見てて辛いよ!」
膝の上に掛けて暖を取る。
冷房の位置が近く風が直に当たるから、思ったよりも体は冷えていた。
女性社員は既に自席に戻っていて、こちらを見て小さく手を振った。手を振る代わりに会釈して、仕事に戻る。
私に対して憧憬や好意を抱いて接する女性と、紅子さんに対する私は同じなんだと思った。
可愛いと思うし、嫌ではないから、優しくはする。
だけど、恋愛対象ではない。
この気持ちは、紅子さんが私に抱く気持ちなのだ。
うん、そうだ。そういうことなのだ。
理解できる気持ちだから、納得できる。
これ以上好きになったら、私はとても辛くなるんだ。
ただのファン、私はただのファン。
勘違いしないように、歯止めを効かせる。
深呼吸をして仕事に戻った。


週末、世伶奈とバーへ向かった。
手にはクリーニングに出した紅子さんの服を入れた紙バッグを持っている。
「聖、顔が硬ってる」
「うん」
変に緊張していた。
「ほら、行くんでしょ」
カツカツとヒールを鳴らして歩いていく世伶奈の後を追う。
エレベーターを降りてドアを開ければ、艶めく笑顔に出迎えられた。
「いらっしゃい、聖ちゃん」
手招きをするその姿を見ただけで、この1週間のモヤモヤした悩みが、あっという間に吹き飛んでしまった。




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