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 しかし、私は彼の名前と、ほんの少しの内面しか知らない。
 何でちゃんと聞かなかったんだろう。
 環境に甘えてた。いつでも会えると思ってたんだな、当たり前じゃないのに。いつでも助けてくれるって、スーパーヒーローじゃないんだから。
「ちょっと、倫音ちゃん!何で連絡取ってないの?!」
 突然、肩をガクガクとゆさぶらる。
「わっ?!」
「史乃、倫音ちゃんの首が取れる」
「ごめんごめん。倫音ちゃん、絶対に連絡した方がいいから!」
 三人が私を見つめて、それぞれ頷いている。まさか、小田さんもそちら側だとは。
「でも、なんて送ればいいか分からないし」
「うんうん、分かる。恋する乙女の悩みだよねー!はー、恋話最高!」
 恋話ではない。と言っても、誰も聞いてくれないから心の中で言う。
「俺だったら、会いたいって言われたらすぐに行くけどな」
「そうそう、真司はフットワーク軽いからねえ」
「それは、史乃がとんでもないことするから」
「助けて、にしちゃえば?」
 高倉さんがとんでもないことを言う。
「いやダメでしょ」
「でも、それなら一発で来るよね」
「うーん…だとしても、おじさんとしてはお勧めしないなあ。信頼が失われるでしょ」
 私はこくこくと強く頷く。
「助けてだと直接的すぎるから、匂わせるくらいにしておけば?」
 イタズラを思いついたような顔で、史乃さんが笑う。
「史乃」
「いいじゃん!だってどう考えても好意あるくせに、連絡して来ないし会いにも来ない方が悪い!」
 史乃さんの言葉が、妙に胸に突き刺さる。いや、うん、私は恋話じゃないけど。
「そうだなあ…『日晴くん、どうしよう』これで絶対に釣れる」
 無理では?
 私の表情を読んだのか、史乃さんが人差し指を振る。
「普段、一切の連絡をしてこない倫音ちゃんから急にメッセージが届く。しかも、いつでも助けを呼んで欲しいと伝え続けていた場合…」
「倫音ちゃんからの助けだと思う!やばい!」
 史乃さんと高倉さんのテンションが爆上がりしている。方や、私と小田さんは微妙な表情で…
「ごめん、倫音ちゃん」
 小田さんが心から申し訳なさそうに言う。
「いやまあ…本当に来るかどうかは分からないですし、日晴くんも忙しいと思うので」
 史乃さんの予想はそうそう当たらないだろう。
「さあ、倫音ちゃん!送って送って!」
 史乃さんと高倉さんに見守られる中、一語一句違わずにメッセージを送った。明日緊張して手が震えたけど、力を込めてタップしたからバレてないと思う。
 入店のベルが鳴り、新規のお客さんがやってきた。スマホをしまって、お水とお手拭きの準備をする。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
 女性グループだったのでニッコリ笑うと、きゃあっとか、かわいいーと声が漏れた。
 うんうん、女の人相手は楽でいい。
 そういえば、日晴くんが来てなくても、変な客が来ることは減ったなぁ。日晴くんは、いいお客様だけを呼ぶ招き猫なのかもしれない。
 一人入るとまた一人と、呼水となって客数が増え始めた。そろそろピークタイムに入るし、忙しくなりそうだ。

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