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楓と仁編
11-2仁という人
しおりを挟む眩しさで目が覚めると、目の前には眠った仁の顔があった。
細面で、切れ長の目、小さなほくろが目の下あたりにあって、それがセクシー。
小さな寝息が聞こえる。
そうか、あのまま寝て朝になったのか。
背中に回っている仁の腕が温かくて、安心する。
こんな風に朝まで一緒にいたことがなかったから、ドキドキした。
じっとながめていると、仁が身動ぎ、目が開く。
「ん…おはよ。」
ぼんやりした目、起き抜けで少し掠れた声、仁の腕が私を搔き抱いて引き寄せる。
ぴったりとくっついて、気持ちがいい。
「おはよう。」
そして、恥ずかしい。
頭を優しく撫でられて、頬を触られて思い出す。
「あっ!化粧、落としてない!」
「…ん…落としといたよ。」
「えっ?!」
「テーブルの上に…拭き取りクレンジングって…あったから。」
どこまで気がきくのよ、この男は。
「ありがとう…」
ということは、初すっぴんが、彼氏にクレンジグを落とされてお目見えですか。
恥ずかしい。
ベッドから起きると、仁も一緒になって起きた。
「ごめんね、付き合わせて。」
「楓は何にも悪くないよ。今は…大丈夫?」
「うん、思い出したら腹立ってきた…ぶん殴ってやりたい。いや、ぶん殴ったわ。でも足んない、ムカつく!!ムカつくー!!」
腑が煮え繰り返るとは、このことだ。どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ。あの男は地獄に落ちろ。
仁が少し言いにくそうに間を持たせて、口を開いた。
「あのさ、楓は嫌かもしれないんだけど。警察に行こうよ、俺も一緒に行くから。」
私は強く頷いた。
「行く!ムカつくから全部話して、捕まればいい。」
「そうだね。…今日、行ける?」
「嫌なことは早く終わらせたいから、すぐ行きたい。駅の交番がいい。あ、仁!大学は?」
優しい瞳で笑いかけてくれる。
「大丈夫、出席足りてるから。そんなことより、楓の方が大切だよ。」
鼻の奥がツンとして、また涙が出てきた。
「ありがとう…。」
「楓、頑張ったね。いいこいいこ。」
頭をゆっくり撫でてくれるから、また涙が止まらない。
「泣きすぎてブスになる…。」
「………俺の世界では一番可愛い。」
なにそれ、そんなの初めて言われた。胸がぎゅっとする。
「ありがとう。」
こんなに誠実な人が、嘘なんてつくわけない。
絶対に理由があるんだ。
ちゃんと、仁と向き合おう。
私はもっと仁を大切にしたい。
ものすごく照れたけれど、仁にお風呂を貸して、もちろん別々でお互い何も見なかった!
支度をして交番へ行き、30分くらいかかったけど話をして、見回りを強化してもらうことになった。
「楓、お疲れ様。」
普段はあまりしない、手を繋ぐ行為。強く握られて、歩く。
不安で緊張していたのを見破られたのだろうか。
仁は、敏いから。
「ねえ、楓。」
「なに?」
「俺の家に来ない?」
聞き間違えかと思って顔を見ると、思った以上に真剣な表情だった。
「危ない目にあったの、家の近くでしょ。あそこ、住宅街だし、きっと近くに住んでるよ。しばらく離れてた方がいいんじゃないかな。俺の家が嫌なら、友達の家でもいいし。」
仁は、本当に私のことを心配して、真剣に考えて、行動してくれる。
「行くなら、仁の家がいい。」
「…うん、良かった。いつ来る?早い方がいいと思うけど。」
「今。」
「分かった。じゃあ、荷物準備しようか。」
家に戻って、1週間分くらいの服と必要な荷物を、旅行用のキャリーとスポーツバッグに詰めて、しばらく自分の部屋とお別れをした。
仁の家は、私の最寄駅から一駅隣で乗り換えて、3駅行ったところにある。
仁の通う大学生の学生がたくさん住んでいる街。
活気があって若い人が多い。
「俺の部屋、狭くはないけどちょっと壁が薄くて、物音がよくするんだけど。多分、声は筒抜けじゃないと思うから。」
そんな説明を受けつつ、階段を上った二階の部屋へ案内された。
下駄箱にはずらりと並べられた靴、過ごしやすい程度に片付けられた部屋、あと仁の匂い。
1Kだけど広めで、ロフト付き。私の座る場所も、荷物を置く場所も確保できそうだった。
「思ったよりきれい。」
「最近掃除したばっかり。良かったしておいて。荷物貸して。」
仁が持ってくれていたスポーツバックと、キャリーを渡す。
とりあえず部屋の隅に置いて、一旦落ち着くことにした。
「お茶しかないけど、いい?」
「うん、ありがとう。」
冷蔵庫からペットボトルを出し、コップに注ぐ。
タポタポと液体の流れる音が響く。
「楓は、この後どうする?大学は行く?」
「ううん、今日は行く気になれないや。仁は行っていいんだよ。」
「行かない。楓を1人にしたくない。」
「ごめんね、ありがとう。」
「俺が勝手にやってることだから、謝らないで。」
今日は何度も何度も頭を撫でてくれる。
手を繋いだり、抱きしめられたり、こんなにスキンシップが多いのは初めてだ。
仁は照れ屋だから、キスだってごくたまにしかしない。
「じゃあ、どうしようか。したいことある?」
安心したからか。
「お腹空いた。」
「確かに、もうお昼だね。食べに行く?」
「作る。スーパー行こ。」
仁が、嬉しそうに笑った。
なんと、仁の家には調理器具が存在しなかった。
「今は、300均と100均でなんでも揃うのよ。」
マグカップ、お皿、箸、キッチンバサミ、おたま、小鍋、フライパン、など必要な物を大方揃えた。包丁はなくても、キッチンバサミがあればなんとかなる。
スーパーへ行って適当に食材を買い、家へ帰る。
「炊飯器ある?」
「うん、出してないけど。」
全く自炊しないのはなんとなく知ってたけど、ここまでとは思ってなかった。
ロフトから炊飯器を出してくれたので、洗ってから使用する。
料理を始めると、仁がうろうろしてこっちを見ていた。
「どうしたの?手伝いたいの?」
「…うん!」
「じゃあ、キュウリを適当にちぎるか叩いて、袋にこの粉入れて揉んで。」
「分かった。」
真面目で器用だから、放っておいても大丈夫。自分の方を進めていると、もう終わったのか、またうろうろしている。
「手が空いたの?」
「うん。」
「じゃあ、テーブル拭いておいて。」
ウエットティッシュを渡す。
布巾を買っても、自炊しない仁には使いこなせないから、ウエットティッシュで充分だ。
後ろをひょこひょこと動いて、まるで子どものお手伝いみたいで、可愛い。
そんなことを繰り返し、炊けたご飯と、豚の生姜焼き、キュウリのたたき、野菜スープを盛って、テーブルに並べる。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
調味料は市販のプロの味だから、絶対失敗しないし美味しい。やはり、プロはすごい。美味しいのが一番だ。
「美味しい。」
仁がにこにこしながら、どんどん食べている。たくさん食べてくれるのは、気持ちいいし嬉しい。
「良かったね。」
「良かったね…?良かったじゃないんだ。」
そこを突っ込まれると思わなかった。
「あー、何だろう。自分が褒められてるって言うより、仁が美味しいって喜んでるのを見て、良かったねえって思ってる感じ。」
「ふうん、俺の気持ちに寄り添ってるってことかな。」
「うん、そうかも。」
お互い笑い合いながら、優しい気持ちで昼食を終えた。
後片付けも一緒にして、歯を磨いてのんびり休憩。
お茶を飲みながら、音楽を流したり、動画を見たり、仁はその間もずっと私の隣を離れようとしなかった。
昨日のことはムカついているけれど、たまにフラッシュバックして怖くなることがあったから、隣にいてくれるのが安心したし嬉しい。
時折、頭を撫でたり、手を握ったり、存在を確かめるように触れてくる。
「仁、今日はたくさん撫でてくれるね。」
「あ、そうだった?ごめん。」
「ううん、嬉しいの。普段、あんまりくっついたりしないでしょ。」
仁が少しだけ顔をしかめた。
「ごめん。」
「謝らないで、責めてないから。」
「ううん、ごめん。」
何でそんな苦しそうな顔をするんだろう。何がそんなに仁を苦しめているんだろう。
仁の頭にそっと触れる。私にしてくれるように、優しく、慈しむように。
苦しそうな顔のまま、じっとしている仁の手を握って、互いの指を交差させる。
初めて自分から手を繋いだ。
指先まで心臓になったみたいに、ドクドクと脈を打つ。
普段の私達は友達の延長戦上で、デートをしても帰りの時間は早いし、手を繋いだり腕を組んだりしないし、キスもほとんどしない。
一緒にいるのはすごく楽しくて嬉しくて、幸せだけど、寂しい。
もっと一緒にいたいし、くっついていたいし、もっとたくさんキスもしたいし、その先も仁と経験したい。
だから、家に来ないかって誘われて嬉しかった。
仁の優しさと誠実さに触れて、仁の時間を独り占めできることが、傲慢な私を満たす。
きっかけは最悪だけど、ずっと一緒にいられる。
もしかしたら、今夜…
と、期待してしまう。
そっと仁の様子を伺うと、眉根を寄せて耳から首まで真っ赤になっていた。私も照れてしまう。
急に部屋の時計の音が大きく聞こえた。
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