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明亜と女装男子編
10-9第三目的の実行
しおりを挟むやって来たのは、いつもは三人で入るカフェ。
好きなところへどうぞと案内されたので、いつもの奥の目立たない壁際の席に向かう。
夢中になって歩くから、足が疲れていることに、イスに座ってから気がつくことが多い。
今日も足が棒になっている。
「伊知地さん、疲れてませんか。」
「大丈夫よ!こう見えて体力あるの。明亜ちゃんこそ、大丈夫?」
「ありがとうございます、大丈夫です。いつもこんな感じなので。」
メニューを開いて伊知地さんの方に向ける。
「ここのカフェは、紅茶が美味しいです。ポットで出るので、話し込むのにピッタリですよ。あと、ケーキはタルトがおすすめ。」
「素敵ね。いつも3人でここへ来ているの?」
ふっと顔を上げて伊知地さんの顔を見た途端、緊張が戻ってきた。
真っ正面だし、距離が近い。
にっこりと笑う顔を、細部まで観察できてしまう。
ドキドキしながら頷く。危うく、息の仕方も忘れそうだった。
「は、はい…!」
「そうなんだ、連れてきてくれてありがとう。」
伊知地さんが店員さんを呼び、それぞれ注文する。
会話が途切れて、どうしようと視線を彷徨わせていたら、伊知地さんが小首を傾げた。
「また緊張してる?」
バレてる!いや、分かるか…態度が全然違うもんな。
「まだちょっと…男の人と話した経験が少ないので。」
「そうなんだ!私が話しにくいとかじゃないのね?」
「ち、違いますよ!!伊知地さんは、キレイだからっ…そのっ…」
ううう!うまく言えない。
「良かった。普段の明亜ちゃんを知りたかったのに、私のせいで話にくかったらどうしようかと思ってたの。」
「あっ…ど、努力しますー!」
申し訳なさに、顔が真っ赤になってしまった。
慌てて伊知地さんが手を振る。
「ごめん、そうじゃなくて!俺が至らないばかりに!あっ違っ、私が!」
聞こえた言葉に驚き、うっかり顔を見つめてしまう。
伊知地さんが苦笑いして、申し訳なさそうな顔をした。
「ボロが出ちゃった。びっくりさせてごめんね。実は、普段はそこまで女の子っぽくしてないの。」
驚きの事実。
「あっ、もっと驚いてる?幻滅しちゃったかな…」
「幻滅なんて、とんでもない!でも、どうして?」
「んー…」
少し言い淀んで、上目遣いで見つめられる。
そらしたくなるのを堪えてじっとしていると、伊知地さんの口が緩んだ。
「明亜ちゃん…男が苦手なのかなって思って。先にこっちで慣れてもらったら、もっと仲良くなれるかなって…ちょっと下心があって…ってだから、男が苦手なんだよね。ごめんね。」
しゅんとして話す伊知地さんを見て、腑に落ちた。
あやにゃんが、言った通りだったんだ。
伊知地さんも、不安なんだって。
今、目線をうろうろ彷徨わせている伊知地さんは、私と一緒なんだ。
そこへ、店員さんがケーキと紅茶を運んできた。
目の前に温かな紅茶が注がれ、良い香りが漂う。
店員さんが離れると沈黙が流れた。
私が勇気を出さなかったら、伊知地さんの優しさが無駄になる。
「あの、普段の伊知地さんて…どんな感じなんですか。」
「えっと…女装的な意味で言ったら、週に1・2回ペースかな。化粧品と服を買いに行く時と、大学に行く時に女装してる。女の子になりたいんじゃなくて、女の子の格好してるのが、楽しいって感じ。似合うでしょ?」
そう言って、いたずらっぽく笑う。
「はい、とっても似合ってます。」
「ありがとう。だからね、オネエでもないし、ドラグァクイーンでもないの。中身は男で、恋愛対象は女の子。男の姿でいる時の方が多いんだよ。」
さっき、申し訳なさそうな顔をさせてしまったことが、悔やまれる。
「私が…その…女装してる男の人が好きって言ったから…あの…」
「違う違う!無理してる訳じゃない!ごめん、言い方が悪かった。」
慌てているからか、喋り方が男の人に戻っている。
「ちゃんと趣味だから。ちゃんとって言い方は変だけど。前も言ったようにね、明亜ちゃんが女装が好きって言ってるの聞いて、嬉しかったんだ。俺自身が認められたみたいな気持ちになって。」
目の前の完璧な女の人が、ちゃんと女装した男の人に見えてきた。
でも、そうだった。私が好きなのは女の人らしい女装をしているけれど、それを楽しむ男の人なんだ。
「伊知地さんの女装、好きです。キレイだし、可愛いし。でも、それは伊知地さんが楽しそうだからです。男の人は苦手っていうか…本当に経験値が低いんです。慣れてなくて。だからって、ずっと女装してて欲しいって言う訳じゃないです!あ、いや女装はいつでも見たいけど、えっとその…」
頭がぐるぐるしてきた。うまく言えない、ちゃんと伝わらない。
どうして私は、こんななんだろう。
「明亜ちゃん、紅茶飲まない?」
いつのまにか俯いていた顔を上げると、伊知地さんがティーカップを手にしていた。
自分のティーカップに口をつける。あったかくて、いい香りがして、美味しい。
「あのね、明亜ちゃんの気持ちがすごく嬉しい。ポジティブに解釈したら、女の子の格好した私も…」
少し頬が上気した伊知地さんが、笑った。
「男の格好した俺も、認めてくれるってことだよね。」
さっき慌てていた時とはまた違う、ハスキーで低い声になった。
また、心臓が苦しい。女装してるのに男の人のままがかっこいいなんて…こんなの、聞いてない!
鏡を見なくたって、自分が耳まで真っ赤になってるのが分かる。
「俺、やっぱり…明亜ちゃんが好きだな。」
もう、やめて。死んじゃう。
あ、でも違うかもしれない。だって、さっき仲良くなりたいって言ってたもん。友達としてってことかもしれない。
そうだよ、こんな私のこと、女の子として性的に好きになる訳がない。
きっとそうだ。
気づいたら飲み干してしまっていた紅茶を新たに注ぎ、また一口飲む。
伊知地さんが、チーズタルトを食べ始めていた。
私はベリータルト、いちごやブルーベリーがたくさんのっている。
フォークで刺して切り崩す。口の中で、カスタードの甘みとベリーの酸味がじゅわーっと広がる。
「美味しそうに食べるね。」
ずっとご機嫌そうな伊知地さんが、目を細めてこっちを眺めている。
あ、そうだ。私にはやらなきゃいけないことがあったんだ…。
今なら、出来るかな。
「美味しいですよ、食べますか?」
「いいの?」
頷いて、気合いを入れる。
女は度胸だよ、明亜!
「はい。」
フォークに刺したタルトを、伊知地さんの口元へ差し出す。
一瞬、驚いてから、フォークを口に含んだ。ちろりと見えた舌が赤くて、どきりとする。
うん、よく考えて明亜。
私が口に入れたフォークを、伊知地さんが口に入れたよ。
それをまた使ってケーキ食べられる?変態って思われない?
誰だよ、あーんなら出来るかもって言ったやつ!私だ!!バカ!!
「甘酸っぱくて、美味しい!」
伊知地さんは喜んでいる。お口に合ったようで、何よりです。
チーズタルトをフォークで刺して、私の目の前に差し出される。
「じゃあ、お返し。あーんして。」
頭がパンクしそう。
固まっていると、きゅるんとした顔で早く早くと待っている。
ええい、ままよ!
ぱくりとチーズタルトを食べると、濃厚なチーズとタルトのバターが口で溶けて、乳製品美味しい!って舌が喜んだ。
「おいしいれす」
やっと言えたけど、噛んだ。
嬉しそうにタルトを食べ進める伊知地さんは、平気でフォークを使っている。
意識してる方がおかしいよね、とそのまま食べ進めることにした。
やっぱりベリータルト美味しい。
伊知地さんが私を見つめて、にっこり笑う。
「ふふふ、明亜ちゃんと間接キッスしちゃった。」
言わなくていいのに!!
意識しないようにしたのに!!
「明亜ちゃんて、本当に可愛い。」
もう、何も言えなくてただただタルトを食べ進めるしかなかった。
喫茶店を出ると、辺りは薄暗くなっていた。
「もう、冬ね。」
「そうですね、薄着で来ちゃったかも。」
「寒い?」
「ちょっとだけ。」
ふふふっと笑って、伊知地さんが腕を組んできた。
「あったかいでしょ。」
いや、もう熱くなりました。
「女の子の格好してこうしてると、倒錯的でいいかも。」
ぴたっとくっついてくるから、心臓の音が聴こえてしまうんじゃないかと、焦る。
でも、まだ記憶ある。ちゃんと覚えてる。
「い、伊知地さん…買いたいもの、ありました?」
「うん!明亜ちゃんのよく行くお店のロングトレーナー欲しい!一緒のところで買うんだあ。」
なにそれ…可愛すぎる…。着たところが見たい…!!
「じゃあ、行きましょうか。」
腕を組んだままお店へ向かい、伊知地さんはロングトレーナーを購入した。
「えへへ。早く着たいなぁ。」
「私は見たいです。」
お店を出たら、またすぐに腕を組まれる。実はちょっとだけ期待してしまっていたから、嬉しい。
「えーどうしよう、お店で着てくれば良かったかなぁ。あーでもボトムが合わないや。」
「そんなに着たいんですか?」
「うん。明亜ちゃんと一緒なの、嬉しいんだもん。」
破壊力抜群。
だから、浮かれて言ってしまったんだ。
そうじゃなかったら、こんなこと絶対に言わない。
「すぐ近くだから、家に来ますか?」
「えっ…いいの?」
「古着屋巡りしたくて、家賃が安い一駅隣に家を借りたんです。駅からも近いですよ。」
「本当に?」
「はい。私も、その服着てるところ、見たいですし。私の服と合わせても良いですよ。」
「…じゃあ、お言葉に甘えちゃう。」
こうして、伊知地さんは私の家に来ることになった。
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