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綾菜と瑞樹編
8-3二人の記念日(現在)
しおりを挟む会社員ごっこを楽しんだ後も、二回くらい致して、夕食の時間が近づいてきた。
着替えと化粧直しの時間が欲しいのに、続きをしようとするみーちゃんをなんとか止めて、準備をした。
襟ぐりが広めのV字でオフショルダー風のクラシカルなワンピースに、低めのヒール。髪の毛はまとめてアップにする。デコルテが寂しいので、華奢なペンダントをしたら完成。
みーちゃんは、ミスターコンテストの時のスーツを着てる。
腕時計をはめている立ち姿が絵画のようで、あまりの美しさに息を飲んだ。
「はぁ…みーちゃん世界一だよお…美の化身だよ…うう素晴らしい」
目線だけこちらに動かして、目を細めて鋭く微笑む。
ぞくぞくっと鳥肌が立った。
「あーにゃも、いいじゃん。今すぐ剥いて食べたくなる。」
今度は顔が熱くなった。
さっきまで散々貪ってたじゃないか。
隣に立ったみーちゃんが、腕を差し出してくる。
「行きましょうか、マイレディ。」
みーちゃん、王子様みたい。
腕に手を絡めて頷く。
オシャレして、素敵なホテルのレストランで、ディナーだなんて、とっても大人になったみたい。
二人で歩くと、ただの廊下もダンスフロア。
ウキウキと心が騒ぎ出す。
ウッドの柔らかい色合いと、花柄のレトロな絨毯、眩いシャンデリア。
通された席は、ゆったりとしていて落ち着いた空間だった。
コースらしく、特に注文もせずにぼーっと待っていると、乾杯用のグラスと飲み物が来た。
みーちゃんとグラスを傾けて、チリンと音を立てる。
「乾杯。」
見つめ合って、お互いに微笑む。
既に幸せでとろけてしまいそうなんだけど、どうしよう。
ワインと見せかけたグレープジュースを飲んで、運ばれて来た前菜を味わう。
何かの美味しい海老と、果物と混ざった美味しい野菜を食べて、濃厚なクリームの美味しい何かを飲み込んだ。
材料はほぼ分からないけど、何を食べても美味しい。
「みーちゃん…すごく美味しいです。」
「良かったね。」
傾けたワイングラスが最高に似合っているみーちゃんが、うっとりするような優しい顔で私を見ていた。
「みーちゃん…」
「ん?」
「好き…」
ふふっと吐息で笑う。
「嬉しい。」
今、この世界には私とみーちゃんしかいなくて、それ以外は全て消えてしまったみたいに感じた。
みーちゃんの黒目に吸い込まれる。
「あーにゃ、スープきてるよ。」
くすりと笑って、みーちゃんが言う。
ずっと見つめていたから、全く気がつかなかった。
スープを口に運ぶと、かぼちゃの甘みが広がった。
「美味しい…」
みーちゃんもスプーンの先端を口に含む。
「うん、美味しい。」
ああ、その薄い唇に含まれるスプーンになりたい。もしくは、かぼちゃになりたい。
メインは、お魚がサーモンの美味しいやつ、お肉が豚の焼いた美味しいやつで、両方とも食べたことない味だけど、ほっぺたが落ちそうだった。
デザートは、チョコレートとラズベリーのパフェ。
しかも、プレートが乗っていた。
I am always by your side
いつもそばに、という意味のメッセージプレート。
「あーにゃ」
みーちゃんが差し出したのは、一輪のバラの花。
「えっ…」
急にこんなことされると思わなかったから、心臓がバクバクと脈打つ。
受け取ると、みーちゃんの真剣な顔がそこにあった。
「バラ一輪の花言葉知ってる?」
「ううん、知らない。」
本数によって花言葉があるのも、今知った。
「あなたしかいない。」
あなたしか、いない。
「私だけ?」
自分を指差して聞くと、みーちゃんがゆっくり頷いた。
強い眼差しで射抜かれる、大好きな表情。
「そう、俺にとって大切なのは、あーにゃだけ。」
嬉しくて、ぎゅうっと心臓を掴まれたみたい。
苦しくて、切なくて、甘い。
「あーにゃが、嬉しい時も、辛い時も、いつもそばにいるから。」
物心ついた頃から、いつもそばにいてくれた。
これからもずっと一緒だって思ってるけど、改めて言われると実感が湧く。
大好きな、みーちゃん。
「約束通り、結婚しよう。」
そしてハッとした。
だから有無を言わさず、今日だったんだ。
もちろん、私の答えはただ一つ。
「はい。」
みーちゃんは、ほっとしたように息を吐き、微笑んだ。
「良かった。」
「断る訳ないじゃん。」
「そうだけどさ、今日だってこと忘れてたみたいだったから。」
はい、忘れてました。
「ごめんね。」
「まぁ、正式にはあと2年あるしね。」
みーちゃんがスーツのポケットを探って、何かを取り出した。
「予約ってことで。」
手のひらに乗っていたのは、白っぽい石のついた銀色のリング。
手に取ると、石が青く光った。
「きれい…。」
「好きそうだなって思って。豪華なやつじゃなくてごめん。」
「嬉しい。知ってると思うけど、みーちゃんが選んでくれたってことに価値があるから。」
「うん。一応、断っておこうかと。」
みーちゃんがいたずらっぽく笑う。
シャンデリアの光を反射して青く光る白石は、まるで魔法みたい。
左の薬指に指輪をはめた。
婚約発表をする芸能人みたいに、左手をひらひらさせる。
「似合う?」
「うん。結婚指輪まで、それしてて。」
「ありがとう。」
嬉しくて、ぽろっと涙が出た。
あの日した約束。
まだ私達は高校生だった。
それぞれ志望校を決めて受験をするに辺り、二人で決めたことを家族に相談する為、みーちゃんの家に集合することになった。
既にみーちゃんと付き合っていることを母には伝えていたから、にこにこ嬉しそうにしていたけれど、父は顔が硬い。
みーちゃんのパパママは…
「親父、気が早いと思うんだけど。」
いそいそと部屋に準備していたのは、ベビーベッドだった。
「いつでも大歓迎という意味も込めて!」
「ごめん!華菜ちゃん、吉崎さん。私は止めたんだけど…今朝、届いてしまって。」
申し訳なさそうに謝るみーちゃんママに、母が両手を振って否定する。
「いいのよ、美由紀ちゃん!もう、いつ出来るか分かんないし!」
「お母さん!」
父は蒼白になっていた。
みんなで席に着き、みーちゃんが話し出す。
「俺と綾菜は、結婚します。」
「フー!!コングラッチュレーション!!」
母が弾けている。どうしてうちの母は、こんなにノリがいいんだろう。普通、娘の結婚報告はもっと慎重にしているものだと思うのに。
「お母さん、ちょっと静かにして!お父さんの顔見てよ!」
父は石化している。
母は金沢家の面々に、手を振る。
「真彦くんて、ビビると昔っからこうだから気にしなくて良いよ!」
「確かに…、そうだったね。」
みーちゃんママが頬に手を当てて笑った。
「いやぁ、めでたいなぁ!嬉しいねえ!僕に娘ができるよー!そして孫も!早々とおじいちゃんだ!」
みーちゃんパパも、めちゃくちゃ気が早い。陽気過ぎる。
「続き、話していい?」
一人冷静なみーちゃんが、不機嫌そうな声を出す。
母が顔の前で合掌した。
「あっ、ごめん!瑞樹くんどうぞ!」
「で、お互い両親に学費を出してもらうから、社会人になってから籍を入れようと思ってる。」
「えー!!孫はまだなの?!」
「マジで親父黙ってて。」
「すまん。」
ため息を吐いて、みーちゃんが再び仕切り直す。
「在学中は、二人で部屋を借りようと思ってる。ただ、まだ二人分の生活費を全部稼ぐのが難しいから、家賃分だけ貸していて欲しい。働くようになってから返すから。」
「私からも、お願いします。」
ぺこっと頭を下げると、母が笑った。
「やだ、元々生活費出すつもりだったのに!」
「ん、でも、みーちゃんと二人で決めたの。結婚生活の予行演習にもなるし。」
二人で顔を合わせて笑うと、みーちゃんママが目元を指で拭った。
「瑞樹は元からちょっと変な子だから、報告があるって言われて、何を言い出すか分からないってドキドキしてたけど。ちゃんと育ったわねぇ。綾菜ちゃんのおかげかしら。」
なんだか照れ臭い。
「…瑞樹くんと綾菜が…そこまで考えてるなら…」
絞り出すような声で、父が漏らす。
「おじさん、綾菜のことは俺が絶対に幸せにするから。」
真剣な顔で、みーちゃんが頭を下げる。
「みーちゃん…」
「瑞樹…!」
みーちゃんパパが、私と同じタイミングでときめいていた。
白目を剥きそうな蒼白顔で、父が頷く。
「お父さん、ありがとう。」
終始和やかムードで話が進んだけれど、一つだけ母ズから提案された。
「二人で考えたんだし、口挟むのもどうかなーって思ってたんだけどね。美由紀ちゃん。」
「うん。華菜ちゃんと相談して、私達からリクエストがあるの。」
何を言われるんだろうとドキドキしていたけれど、陽気な母ズは予想を裏切らず、これまた陽気な内容だった。
「婚約だけ、ちゃんとしたらどうかな。」
母ズが顔を見合わせて、ねー!なんてキャピキャピしている。
「え、別にいらなくない?もう二人とも結婚する気でいるし。」
みーちゃんが、よく分からないという顔をしている。
「これだから瑞樹は!そんなんじゃね、綾菜ちゃんに愛想尽かされるんだからね!」
「おいおい、困るよー!俺に孫の顔見せてよー!」
みーちゃんパパは、赤ちゃんのガラガラを振って抗議している。ファンシーな音だから、迫力もあったもんじゃない。
思うけど、みーちゃんがみーちゃんなのは、絶対にこの二人の間に産まれたからだと思う。
「お母さん、結婚と婚約って違うの?」
実際、私はよく分かってない。
「あれよ、結婚しようねー!って約束するのよ。」
「あ、うん。華菜ちゃんが言ってるので合ってるんだけど。婚約は結納したり指輪を送ったりして、ちゃんと約束するのよ。不当に破棄すると、損害賠償が発生するの。」
「えっ!?そんなことできるの?!」
思ったより婚約って重いんだ。
「あーにゃ、破棄しないでよ。」
「しないよー!」
みーちゃんが半眼で見てくるから、ぶんぶん首を振って否定する。
母がうっとりした顔で話し始める。
「ほらー、婚約指輪って憧れるでしょ?私も真彦くんからもらった時、すっごく嬉しかったんだよね。」
「私もー!だから、綾菜ちゃんもちゃんと瑞樹から貰った方がいいと思うの!」
「素敵ね…憧れる。」
「そうなの?!」
みーちゃんは驚いた顔をしている。
頭良いし、優しいし、いつも私のことを考えてくれているけど、こういう女心みたいなものは疎いのだ。
「みーちゃんは結構、事務的な感じで話し進めてたから。プロポーズじゃなかったし。」
少しフリーズしてから、みーちゃんが頷いた。
「じゃあ、プロポーズと婚約するよ。」
母が手を叩いて笑っている。
「予告プロポーズ!斬新ね!」
そうさせたのは、母では?!
「はいはーい!レペゼンロマンチスト瑞樹パパから提案がありまーす!」
ガラガラを振りながら、みーちゃんパパが手をあげる。
「何?」
みーちゃんは至極面倒そうだ。
「二人の二十歳の真ん中バースデーが良いと思いまーす!」
「きゃー!素敵ー!さすが和くん!」
ガラガラを振ってる旦那を、こんなに讃えられるんだから、みーちゃんママも強い。
「分かったよ。じゃあ、その日にプロポーズする。」
うちの父と同じくらい無表情になっているみーちゃんが、全肯定した。
みーちゃんパパの相手が面倒になったと見た。
「イェーイ!」
「よっしゃ!今日は宴だー!」
そんなこんなで、陽気な夫婦と陽気な母が陰気な父を振り回しつつ、祝賀パーティーとなったのだ。
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