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綾菜と瑞樹編
4-2仁くんの悩み(現在)
しおりを挟むコーヒーをテイクアウトして、テラス席に座る。
休日の午後、キラキラ注ぐ日差しの下、あーにゃみたいな表情をした人達が集って歩く。
「みんな、服好きなんだね。」
「そうだね、この辺を歩いている人達はそうだと思うよ。」
同じような表情をした目の前の仁くんが笑う。
せっかく服を選んでたのに、連れ出してしまって申し訳ない気持ちだ。
「仁くんって、服屋さんでバイトしてるんでしょ?」
「そうだよ。」
「磐田さんと同じお店だって、あーにゃが言ってた。」
「あ、うんそう。楓と一緒。」
「彼女と一緒だと、休み同じにするの難しくない?」
「うん。平日は取りやすいけど、土日はたまにしか一緒にならないね。」
眉毛を下げて困り顔なきつねは、クリームがたくさん乗ったコーヒーを飲む。
とても甘そうだ。
「それじゃあ、泊まりで遊ぶの難しいな。」
「あ、そうだよね。今まで泊まりで遊んだことないから、困ったことなかった。」
知ってる。
だから、俺がこんな役目を君の彼女から頼まれてる訳で。
「ずっと一緒にいたくならないの?」
「…金沢くん、照れるようなことスッと言えてすごいね。」
既に照れているのか、口元をむぐむぐ動かしている。
そっち?
昔は恥ずかしかったこともあったけど、そういうこと言われるのが好きな子を彼女にしてるから、もう慣れた。
「ちょっと一緒にいただけで、帰したくなくなるし、常に隣にいて欲しくなるじゃん。だから同棲してるんだよね、俺。」
「…うん、分かる。一緒にいたいよね…」
困窮したきつねが、しょぼしょぼ小さくなっていく。
「仁くん、なんか悩んでんの?」
俯いていた顔が上がり、視線が左右に動いて、口をパクパクさせて閉じて、またパクパクさせて閉じる。
これ、言いたいけどどうしようって迷ってんのかな。
「俺で良いなら、聞くけど。」
「あー…その…」
周りの様子を伺っている。
そんなに周りに聞かれたくない悩みなのか。
「人の悩みを、言って回る趣味はないよ。」
明らかにホッとした顔で、甘いコーヒーを飲んだ。
仁くんは言い澱み、しばらく沈黙ののち、口を開く。
「俺……………なんだ。」
「え?」
声が小さ過ぎて聞き取れない。
言うのが辛いのか、スマホに文字を打って渡してきた。
画面に映る、全て納得してしまう四文字に、切なさと悲しみが溢れていた。
「あぁ…そっか。うん、察した。」
そっと文字を削除して、お返しする。
泣きそうな仁くんには、同情しかない。
そりゃ、言えないよ。彼女になんて一生隠しておきたい。
「俺、バイト始めたのが、手術費用を稼ぐ為でさ。そしたら、バイト先で楓に出会っちゃって…」
恋に落ちたと。
「他の男に取られるの、嫌だよね。」
「そうなんだよ!出来なくても、他の男に取られるくらいなら、俺が彼氏になりたくて…大切にしたかったし。だから、告白したんだ。」
純粋で可愛い奴だなぁ、仁くん。
俺なんて、付き合う前にしまくってたもんな。
いや、あーにゃが可愛すぎるのと俺の我慢がきかないのが、原因なんだけど。
「磐田さんてあの雰囲気だから、男が寄って行きそうだもんね。」
「正にそれ!俺が告白する前にも、何人か交際申し込まれてたらしくて。」
「で、仁くんが選ばれたんだ。」
カァッと赤くなって、小さく頷く。
「楓も、俺が気になってたみたいで。」
甘いコーヒーをガブガブと飲み込んでいる。
「もう医者には行ったの?」
「うん、手術は来月の予定。」
眉間にシワが寄っている。
「不安?」
「やっぱ、怖い。でも、それでちゃんと出来るようになるから…そしたら、泊まりで遊べるし。」
泊まりで遊びたいよね、分かるよ。
「俺、仁くんのこと応援する。俺にできることあったら言って。」
パッと明るくなった仁くんは、嬉しそうに笑った。
「ありがとう!じゃあお言葉に甘えて、初めての時ってどうしたらいいの?」
思ったより遠慮が無かった。いや、良いよ。俺、今日だけで仁くんの好感度が上がった。
「俺のなんて参考になるかなぁ。」
「そんなに長く一緒にいるんだから、仲良しなんでしょ。」
幼馴染だしねぇ。
でも、あーにゃの初めての話をするのは、いくら仁くんでもダメかな。
俺だけの大切な思い出だし。
「そうだなぁ。仲良しの秘訣なら、あるよ。」
「なに?!」
「ちゃんと、気持ちを言葉にすること。」
きつね目が、ぱちくりしている。
「言わないと分かんないじゃん。だから、俺は言えることは言うようにしてる。あーにゃのこと、手放したくないから。」
仁くんの顔が赤くなる。
「はぁ…金沢くんすごいな。」
「あと、あっちから欲しがるまで愛撫し続ける。」
「…そっちもすごいわ。あとは?」
「そうだなぁ…」
仁くんのコーヒーカップは、いつの間にか空になっていた。
「楓ちゃん、みーちゃん達戻ってくるって。」
バッと振り返って、楓ちゃんに詰め寄られる。
「何か言ってた?」
「特に何も。」
あからさまにガッカリしている。
「みーちゃんは、ダメだったらダメって言うから、大丈夫だよ。」
「その信頼関係、ちょっと羨ましい。」
眉尻を下げて切なく笑う楓ちゃんに、めーあちゃんが同意する。
「分かる。幼馴染なのもあるだろうけど、お互いの絆が強い。」
「えー、褒められてる。照れるー!でもね、楓ちゃんと仁くんもね、見ててすごく可愛いよ。」
「…ありがとう。」
めーあちゃんが無の表情になっている。
「あーあ、私も彼氏欲しい。お金持ちの。」
「明亜は理想が高すぎる。」
「めーあちゃんは、好きな人ができれば、すぐ付き合っちゃうと思うけどなぁ。」
3人でわちゃわちゃ服を見ながら話していると、お店に男性陣が入ってきた。
「お待たせ。」
みーちゃん…ドアを開けてこっちに来るだけなのに、ランウェイを歩いているみたいだよ。
「みーちゃん、かっこいい。」
「ははっ、どうも。」
サングラスをずらして、こっちを見る仕草に、子宮がキュンとする。
「バカップルは放っておいて、服見ようよ。」
「そうね。」
「俺、まだニットを選んでない!」
メンズエリアでもそもそとニットを探す仁くんに、それぞれがあらかじめ選んでおいた服を渡す。
1着目は、アーガイル模様のプレッピーなVネックセーター。バーガンディカラーが秋冬らしさを出している。中におじさんチェックのシャツを着たら、とても可愛いであろう一着。
2着目は、原色でカラフルな幾何学模様のカーディガン。丈は長めで、膝上くらい。無地のシャツと合わせたら目立って可愛いし、白黒のピンドット柄やギンガムチェックでも合う。
3着目は、水色のセーター。胸元には大きく、犬ぞりをしているおじさんのモチーフが描かれている。ハスキー犬がとても可愛い。このセーターは主役級。
「わー、全部可愛い!俺の為に選んでくれたの?」
にこにこと嬉しそうに笑う仁くんに、女子3人も嬉しくなる。
「どれも全部、仁くんに似合うと思う!」
「結構、強めの物も着こなしちゃうもんね。」
「好きなのがあったら、選べば。」
「そうだなぁ」
悩むかと思いきや、さっと手に取ったのは水色の犬ぞりセーターだった。
「ヒュー!さすがー!」
「愛の力ー!」
「やめてよ…!」
照れている楓ちゃんを囃し立てる。
「楓が選んだの?」
「まぁ…趣味知ってるし。」
厚くてぷにっとした唇を尖らせて、照れてぶっきらぼうになる楓ちゃんは、見た目とのギャップが激しい。
「仁くんの彼女、可愛すぎでは?」
「仁くん、これはやばいのでは?」
私とめーあちゃんが口々に言うから、仁くんも楓ちゃんも赤くなってしまった。
「買って来る…。」
セーターを持ってレジに向かう仁くんを、お店の外で待つことにした。
お店の入り口から少し離れた場所に立つ。
「みーちゃん、どうだったの?」
女子3人に囲まれて問い質される。
みーちゃんは、神妙に頷いてこう言った。
「磐田さん、待ってもあと2、3ヶ月ってとこだよ。これ以上は、俺の口からは言えない。どうしても知りたいなら、ちゃんと自分から話した方がいい。仁くんにとっては、大事なことだから。」
楓ちゃんも、神妙に頷いた。
「ありがとう、金沢くん。分かった、待つよ。その日が来たら、理由を聞こうと思う。てか、そもそも自分で解決しようとしてない時点でって感じだし。」
吹っ切れて納得したように見える楓ちゃんが、拳をぎゅっと握ったところで、仁くんが店から出てきた。
「お待たせー!女性陣は、自分たちの服見た?」
「ちょっとだけー!」
「じゃあ、レディースのお店回ろうか。」
「行くー!」
歩き出そうとすると、後ろから手を引っ張られた。
「わっ」
体勢を崩して、背中が何かに当たる。
振り返って見上げると、満面の笑みの彼氏様がいた。
「みーちゃん?」
舌舐めずりをするように、いやらしい顔をして、耳元で囁かれた。
「約束、守ってね。」
途端、背中がゾクゾク震えた。
「は、はい…」
みーちゃんは、性欲に忠実だ。
やると言ったら絶対にやるし、守れない約束はそもそもしない。
だからこれは、初めからみーちゃんの中で決定事項だったのだ。
たまには、ブレてもいいんだよ?
「綾菜ー!行くよ!」
少し先で、楓ちゃんに呼ばれる。
「今行くー!」
背筋のゾワゾワを誤魔化すように、みんなの元へ走った。
後ろを悠然と歩くみーちゃんは、今絶対にインキュバスだ。
見なくても分かる。
今夜、頑張ります…。
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