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ほとり編
(5)準備してる最中が、一番盛り上がる。
しおりを挟む今日は土曜日。
約束通り、ショッピングビルに服を買いに行く。
末ちゃんとは最寄駅で待ち合わせ。
「さー!買うぞ買うぞー!」
目が爛々としていて、今にも腕まくりをしそうだ。
「末ちゃん、気概が違う!」
「当たり前よ!初デートの服だからな!」
「あ、私の服の方?!ありがとう」
駅からショッピングビルまで徒歩5分。
街はいつでも人混みで溢れかえっている。
「これだけ人いたらさ、スマホ無くしたら見つけられないねー。」
「確かに。あ、でも私、灘くんなら遠くてもシルエットで分かるよ。」
「好きな人は見分けられるってやつね。私も昔はあったなぁ。」
「今は??」
「ない。」
「松田くんは?」
「いや、ないんだよ」
「そうかなあ、お似合いだと思うんだけどなぁ。」
「お見合いおばさん、着きましたよ」
「確かに、お見合いおばさんだわ。やめるわ。」
ケラケラ笑いながらショッピングビルに入った。
「これとかどう?」
「かわいい!んだけど、セクシー過ぎないかな?」
袖がシフォンになっていて可愛いが、胸元が深く開いている。
「灘川を悩殺するのに良いかと思って。」
「しません!」
「んじゃ、これ。」
こちらもシフォン素材の可愛らしい、オフショルダー。
「何で露出させようとしてんの。」
「いや、純粋に灘川の反応が見たい。あいつたまに下ネタ言うけど、ほとりが着てたらどうなるのか気になる。」
「それは気になるけど、着ません。風邪引く。」
二人してうんうん悩みながら、何軒かお店を回る。
「あ、これ可愛い。」
マネキンが着ている、襟付き膝丈の白無地ワンピース。途中までボタン開閉で、胸下あたりから切り替えになっている。スタイルが良く見えそう。裾が少し短くて、中からレースがチラリと見える。
「あ、それこっちに色違いあるよ。」
末ちゃんがスッと渡してくれたのは、細いストライプと花柄の二着。
「定番、無難柄、トレンド…」
「無地なら何でも合わせやすいけど、上着は色があった方がかわいい。ストライプは紺だからスポーティ系にも振れる、でも上着は無地かな。その花柄は可愛い、ワンピだけで印象明るい。」
末ちゃんは服が好きだから、一緒に来てくれると、コーディネートまで考えてくれるので心強い。
「上着…カーディガンか、ジャケットか、パーカー…しか持ってない。」
「このデザインのワンピに無地パーカーは、狙ってるならいいけど、モサく見えるからやめた方がいい。着るなら柄でポップに振るか、シルエットが特殊なやつかな。
ジャケットは短めの丈がいいよ、スカジャンとかジージャンとかも有りだね。カーディガンはデザインによるけど、無難で可愛い。」
クローゼットの中を思い出す。合うのあったかなー。
悩む姿を見かねて末ちゃんから一言。
「上着も買う?」
「うん、買うわ。とりあえずワンピの柄決めよう。」
3枚並べて見比べる。
「遊園地だから、歩きやすい靴履くでしょ?持ってる靴に合う?」
「えーっとね…レースアップのショートブーツがあるね。」
「あー、可愛い。どれでもいけるわ。花柄だとレトロっぽくもできるし、ストライプは清楚なお嬢さん、無地は何でもあり。」
「灘くんの好みを知らない…!コイツ可愛いじゃんって思われたい!!」
末ちゃんが先生が、服を腕に乗せてきた。
「試着しなきゃ分からん!着てこい。」
「ごもっとも」
花柄、ストライプ、無地の順に末ちゃんに見せる。
「ほとりはどう?着てみて。」
「花柄か、無地かな。」
「なぜ?」
「花柄は単純に可愛い。テンション上がる。無地は着回しできそうだなっていうのと、レースが目立って可愛い。」
「灘川がね、多分無地で色味も抑えて来るよ。で、靴とか小物でカラー入れてくる。」
うーん、と唸り。
「灘川と並んで可愛いを取るか、着回し最高!を取るか。」
「並んで可愛いで、お願いします。」
花柄に決定。
上着は、スカジャンは辞めておく。スカジャンに合う服を持ってないのと、着るタイミングが分からないから。
ジャケットかジージャンかカーディガン。
「カーディガンは脱ぎ着しやすくて、くるくる丸めて仕舞えるのが利点だねー。腰に結んでも、プロデューサー掛けしても良いし。」
「カーディガンで!」
「そ、即決ー!ジャケットはいいの?」
「うん。ジャケットどうしたら良いかわかんない。」
「ジャケットはポケットついてるよ?」
「うん、でもカーディガンがいい。」
じゃあこれ、と持ってきたのが3枚。
ワンピースの花と同じ赤、暗過ぎないネイビー、白。
「白地に赤い花だから、まぁ赤。華やかで可愛い、元気な印象。ネイビーは落ち着いて見えるし、何にでも合う。白は単純に花柄が目立つように。カーディガンを脱いで印象変えるなら、赤かネイビー。」
灘くんの隣に立つのを想像する。
「ほとりは会社に着て来てる服がさ、どっちかというと色がないじゃん。」
ない。オフィスカジュアルなのをいいことに、黒白グレーネイビーしか着ない。
「赤だったら普段と印象が違うよね」
「赤で!」
「ほとりチョロいな。」
いいんです、好きな人に、おっ!って思われたいんです!
服を買い揃えて、ほくほくした気持ちでお茶をしに行く。
ショッピングビルから少し離れたところに、可愛いカフェがあるのだ。
人混みは、来た時よりも増えていて、歩きにくい。
「人やばー。」
「ねー、こっち右だっけ?」
「そうそう。」
人混みを縫って、通りを渡ろうとした時、ふと恋しいシルエットを見た。
絶対に見間違わない。
速歩きになる。
「ほとり、速い。どしたの」
姿が分かる距離まで近づいたら、彼の隣で女の人が寄り添って歩いていた。
経理課の平野さんだった。
「末ちゃん。無理…現実を受け入れられない。」
カフェで温かい紅茶を飲みながら、世界の終わりみたいな気持ちを落ち着かせている。
「どうする?一緒に怒った方がいい?それともフォローした方がいい?」
末ちゃんは、こういう時冷静に対処してくれるから、安心。
「一緒に嘆いてからフォローして。」
「おっけー。なんなの灘川。意味わかんないんだけど。」
「もうダメ、終わった。そもそも付き合ってないけど。」
「顔とスタイル良くてモテるから調子乗ってんじゃないの?ほとりこんなに可愛いのに、好かれたいって努力してんのに、馬鹿にしてんの?」
「ありがとう…可愛いは照れる」
「ほれ、ほとり並みに可愛いくまさんパンケーキでも食え!」
「えっ、私くまさんと同列なの?」
耳の部分を切って口に運ぶ。ハチミツとバターがジュワッと染みてて美味しい。
「そんな可愛いほとりに、これ言うの酷だって分かってるんだけどさ、先に言っておくね。」
「なに怖い」
「平野、灘川の元彼女です。」
心にズキッと痛みを感じた。
ああ、だからなんか嫌な感じしたんだなぁ、あの時。親密そうだったもんね。
会社で話していた姿を思い出す。
「谷底に突き落とされました。」
「ほんとごめん。でも、アレだよ、2年以上前に別れてるし。ほとりが入って来る前の話しだし。」
「みんな知ってたりする?」
「うーん…平野がちょっと言いふらしてたかな…周りを牽制っていうか…灘川が来るもの拒まずだったから。他の女に取られたくなかったんだろうね。」
私の知ってる灘くんは、おちゃらけてるけど真面目で、全然来るもの拒まずじゃないんだけど。
「今は灘川も大人になったというか、落ち着いてるというか。全く遊んでないよ。むしろお堅くなってるというか。男たちとしかつるんでないというか。というか、しか言ってないな私。」
そう、私の知ってる灘くんはそれ。
「末ちゃん、お局さんだから何でも知ってるね。」
「よせやい照れるじゃねえか。」
「お局は否定しよ?」
末ちゃんはパフェを口に運びながら、指を振った。
「平野と別れたのもさ、ステイタスにされてたのと、牽制と嫉妬がすごかったのもあって、面倒くさかったみたいだよ。それを乗り越えられるほど、平野のこと好きじゃなかったみたいだし。っていうのを、松田から聞いた。」
「松田くん情報なんなの。間諜なの?」
「私のね!」
お互い、紅茶をコクリと飲み干す。
「だからさ、なんか理由があるんじゃないかなぁ。」
「私、セフレにされてる訳じゃないよね…」
「…それはちょっと私にも分かりません。」
「否定して!」
さっきまですごくすごく不安だったけど、紅茶飲んで甘いもの食べて、末ちゃんがフォローしてくれたおかげで、家に帰る気力は取り戻した。
明日は多分、屍だけど。
「これ、一応渡しておくから。」
末ちゃんがバッグを漁り、持っていた封筒から遊園地の優待券をペラリと出して、2枚入っているのを見せてくれた。
「ありがとう。行けるといいな。」
「ほとりが行きたいなら行けるよ!」
「そうだよね。頑張る。」
受け取った封筒を、バッグに大切にしまう。
「その招待券なんだけど、直接入れる入場券じゃないから、必ずパーク前にあるレセプションに寄ってね。」
「分かった。レセプションね。」
「あと、デートは何があるか分からないから、下着を余分に持って行くこと!」
「えっ?!下着?!」
急にそんなこというからとても驚いた。
末ちゃんは神妙に頷いている。
「何が起こるか分からないのが、遊園地デート。もしかしたら飲み物をこぼしたり、急に雨に降られるかもしれない。」
「そういう習慣、初めて知ったわ…下着持ってくわ。」
一応大学生の時に彼氏はいたのだけれど、あまり上手くいかなくてすぐに別れてしまった。
だから、定番の遊園地デートもしたことがない。
様々な事象の経験値が高い末ちゃん先輩の言うことは、説得力がある。
「応援してるからね。グッドラック!」
「ありがとう。すぐ立ち直れはしないけど、負けない。」
グッと拳を握った。
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