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5章
54・きっかけ
しおりを挟む街の中心にある大きな劇場は、幼い頃に何度も連れて来てもらったことがあった。いつも二階のバルコニー席で、家族だけで過ごしていた。スポットライトの下で輝くスター達が素晴らしい演技で、幼いジャスミンを引き込んでくれた、とても楽しい思い出だ。
貸し出しのオペラグラスを一つ持ち、アレクと一緒に一階席の後方に座る。人気作品らしく満席だった。
「舞台なんて、久しぶりに見るわ。」
「俺も、小さい頃に来たきりかな。」
「どんな作品なのかしら。」
「オスマンが、プルメリア様と一緒に見て感動したって言ってた。」
知らない間に、二人はどんどん進展しているらしい。
「良かったわ、上手くいってるみたいで。」
「毎日、リアがどうしたこうした、なんて可愛らしいんだって、要提出の報告書より先に報告されてる。」
「……それって最高ね。」
「ああ、素晴らしく最高だね。」
わざと冷めた目をして見合い、お互いに吹き出す。
「オペラグラス使って。」
持っていたオペラグラスを膝の上に置かれる。
「アレクは?」
「遠目は慣れてる。」
ちょっとした言葉を聞く度ジャスミンは、この人は兵士なんだと実感する。
「ありがとう。」
ブザーが鳴り、劇場内は暗転した。
ヒーローはごく普通の町人で、手の届かない高貴なヒロインに恋をしている。
どうしてもそばに居たくて、ヒーローはヒロインの屋敷へ従者として雇ってもらった。
庭師として仕事をしていると、花が好きなヒロインと会話をすることが増えた。
「毎日、素敵な花を見られて嬉しい。私の好きな花ばかり、どうして知っているの?」
「それは、ずっと昔から貴女のことを知っているからです。」
「…私たち、出会ったのは最近よね?」
ヒーローはニッコリと笑う。
ーなんか、ストーカーっぽくない?こういうのがウケるのかしら。でも、プルメリアも前世持ちの現代っ子だし。
ジャスミンは人によって性癖は違うものね、と流しておいた。
それから交流を重ねていくうち、ヒロインは違和感に気づく。
ヒーローが話す言葉の端々に、ヒロインしか知らないことだったり、ヒロインに起きた出来事を見てきたかのように詳しく話せたりするのだ。
ヒロインはヒーローを疑いよく観察していると、絶対にありえないけれど、それしかないという結果にたどり着く。
「ねえ、あなたは…一体何歳なの?私と出会うのは何度目?」
「怖がらないで聞いて欲しい。年は、貴女と一緒です。でも、この人生は3度目なんだ。貴女を救う為に、やり直してる。」
ジャスミンはオペラグラスを外し、アレクを見た。
アレクは真剣な顔で劇に見入っている。
不思議な気持ちだった。ジャスミンはふと思い出したのだ。
遠征前、二人で行った、カフェでの話を。
ヒーローは、ヒロインの乗った馬車が強盗に襲われ崖から転落するのを知っている。
それを阻止する為、たくさんの工夫をし、3度目でやっと成功した。
そしてヒロインと晴れて結ばれ、二人は末永く幸せに暮らし、ヒーローが人生をやり直すことは二度となかった。
役者たちがカーテンコールをし、会場は大きな拍手に包まれる。
ぞろぞろと観客たちが退場し、ジャスミン達も劇場を後にした。
「思ってたより面白かったね。」
「そうね…」
アレクの言葉に、上の空で返事をする。
「どうしたの、ジャズ。あまり好みじゃなかった?」
「いいえ、そうじゃないの。あの…」
不思議そうな顔をしたアレクを見て、首を振った。
「ううん、なんでもないわ!日が暮れるのが早くなったわね。もう夕方!」
「そうだね、早い。残念ながら、もう帰りの時間なんだ。」
純粋に、ジャスミンは寂しかった。
「帰りたくないわ。」
「…そういうこと言うと、本当に帰したくなくなるから、やめてくれる?」
「どうして?」
ジャスミンの手を強く握って、体に引き寄せる。
「こうしないと、分からないかな?」
顔が近づき、唇が触れた。
「あっ、アレク!分かった、分かったわ!」
そうして、二人はじゃれあいながら、来た道と同じように歩いて帰ることにした。
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