上 下
57 / 89
5章

54・きっかけ

しおりを挟む




 街の中心にある大きな劇場は、幼い頃に何度も連れて来てもらったことがあった。いつも二階のバルコニー席で、家族だけで過ごしていた。スポットライトの下で輝くスター達が素晴らしい演技で、幼いジャスミンを引き込んでくれた、とても楽しい思い出だ。
 貸し出しのオペラグラスを一つ持ち、アレクと一緒に一階席の後方に座る。人気作品らしく満席だった。
「舞台なんて、久しぶりに見るわ。」
「俺も、小さい頃に来たきりかな。」
「どんな作品なのかしら。」
「オスマンが、プルメリア様と一緒に見て感動したって言ってた。」
 知らない間に、二人はどんどん進展しているらしい。
「良かったわ、上手くいってるみたいで。」
「毎日、リアがどうしたこうした、なんて可愛らしいんだって、要提出の報告書より先に報告されてる。」
「……それって最高ね。」
「ああ、素晴らしく最高だね。」
 わざと冷めた目をして見合い、お互いに吹き出す。
「オペラグラス使って。」
 持っていたオペラグラスを膝の上に置かれる。
「アレクは?」
「遠目は慣れてる。」
 ちょっとした言葉を聞く度ジャスミンは、この人は兵士なんだと実感する。
「ありがとう。」
 ブザーが鳴り、劇場内は暗転した。


 ヒーローはごく普通の町人で、手の届かない高貴なヒロインに恋をしている。
 どうしてもそばに居たくて、ヒーローはヒロインの屋敷へ従者として雇ってもらった。
 庭師として仕事をしていると、花が好きなヒロインと会話をすることが増えた。
「毎日、素敵な花を見られて嬉しい。私の好きな花ばかり、どうして知っているの?」
「それは、ずっと昔から貴女のことを知っているからです。」
「…私たち、出会ったのは最近よね?」
 ヒーローはニッコリと笑う。

 ーなんか、ストーカーっぽくない?こういうのがウケるのかしら。でも、プルメリアも前世持ちの現代っ子だし。
 ジャスミンは人によって性癖は違うものね、と流しておいた。
 
 それから交流を重ねていくうち、ヒロインは違和感に気づく。
 ヒーローが話す言葉の端々に、ヒロインしか知らないことだったり、ヒロインに起きた出来事を見てきたかのように詳しく話せたりするのだ。
 ヒロインはヒーローを疑いよく観察していると、絶対にありえないけれど、それしかないという結果にたどり着く。
「ねえ、あなたは…一体何歳なの?私と出会うのは何度目?」
「怖がらないで聞いて欲しい。年は、貴女と一緒です。でも、この人生は3度目なんだ。貴女を救う為に、やり直してる。」

 ジャスミンはオペラグラスを外し、アレクを見た。
 アレクは真剣な顔で劇に見入っている。
 不思議な気持ちだった。ジャスミンはふと思い出したのだ。
 遠征前、二人で行った、カフェでの話を。

 ヒーローは、ヒロインの乗った馬車が強盗に襲われ崖から転落するのを知っている。
 それを阻止する為、たくさんの工夫をし、3度目でやっと成功した。
 そしてヒロインと晴れて結ばれ、二人は末永く幸せに暮らし、ヒーローが人生をやり直すことは二度となかった。

 役者たちがカーテンコールをし、会場は大きな拍手に包まれる。
 ぞろぞろと観客たちが退場し、ジャスミン達も劇場を後にした。
「思ってたより面白かったね。」
「そうね…」
 アレクの言葉に、上の空で返事をする。
「どうしたの、ジャズ。あまり好みじゃなかった?」
「いいえ、そうじゃないの。あの…」
 不思議そうな顔をしたアレクを見て、首を振った。
「ううん、なんでもないわ!日が暮れるのが早くなったわね。もう夕方!」
「そうだね、早い。残念ながら、もう帰りの時間なんだ。」
 純粋に、ジャスミンは寂しかった。
「帰りたくないわ。」
「…そういうこと言うと、本当に帰したくなくなるから、やめてくれる?」
「どうして?」
 ジャスミンの手を強く握って、体に引き寄せる。
「こうしないと、分からないかな?」
 顔が近づき、唇が触れた。
「あっ、アレク!分かった、分かったわ!」
 そうして、二人はじゃれあいながら、来た道と同じように歩いて帰ることにした。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

★完結 【R18】変態だらけの18禁乙女ゲーム世界に転生したから、死んで生まれ変わりたい

石原 ぴと
恋愛
 学園の入学式。デジャブを覚えた公爵令嬢は前世を思い出した。 ――ああ、これはあのろくでもない18禁乙女ゲームの世界だと。  なぜなら、この世界の攻略対象者は特殊性癖持ちのへんたいばかりだからだ。  1、第一王子 照れ屋なM男である。  2、第二王子 露出性交性愛。S。  3、王弟の公爵閣下 少女性愛でM。  4、騎士団長子息で第一皇子の側近 ドMの犬志願者。  5、生徒会長 道具や媚薬を使うのが好きでS。  6、天才魔術教師 監禁ヤンデレ。  妹と「こんなゲーム作った奴、頭おかしい」などと宣い、一緒にゲームしていた頃が懐かしい。 ――ああ、いっそ死んで生まれ変わりたい。  と思うが、このゲーム攻略対象の性癖を満たさないと攻略対象が魔力暴走を起こしてこの大陸沈むんです。奴ら標準スペックできちがい並みの魔力量を兼ね備えているので。ちな全員絶倫でイケメンで高スペック。現実世界で絶倫いらねぇ! 「無理無理無理無理」 「無理無理無理無理無理無理」」  あれ…………?

完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~

シェルビビ
恋愛
 男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。  10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。  一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。  自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。

シェルビビ
恋愛
 膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。  平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。  前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。  突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。 「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」  射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

完結 R18 媚薬を飲んだ好きな人に名前も告げずに性的に介抱して処女を捧げて逃げたら、権力使って見つけられ甘やかされて迫ってくる

シェルビビ
恋愛
 ランキング32位ありがとうございます!!!  遠くから王国騎士団を見ていた平民サラは、第3騎士団のユリウス・バルナムに伯爵令息に惚れていた。平民が騎士団に近づくことも近づく機会もないので話したことがない。  ある日帰り道で倒れているユリウスを助けたサラは、ユリウスを彼の屋敷に連れて行くと自室に連れて行かれてセックスをする。  ユリウスが目覚める前に使用人に事情を話して、屋敷の裏口から出て行ってなかったことに彼女はした。  この日で全てが終わるはずなのだが、ユリウスの様子が何故かおかしい。 「やっと見つけた、俺の女神」  隠れながら生活しているのに何故か見つかって迫られる。  サラはどうやらユリウスを幸福にしているらしい

処理中です...