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2章

22・白衣の騎士(1)

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「アレクー!アレク…助けて。もう嫌!」
 泣きながら必死にしがみつくジャスミンの頭を撫で、さっき自分の名前を呼んだ叫び声の主が、やはり目の前の女の子だったのだと理解した。
 女性にアレクと呼ばれることは、まずない。愛称で呼ぶのは、騎士団の同期や同僚、家族くらいのものだ。
 何があったのか問いかけようとすると、探していた人物の姿が見えた。
「げっ…アレクじゃん。なんでいるの。」
「オスマンこそ、仕事をせずに何をしていた。」
 腕の中のジャスミンがビクッと震え、より一層アレクに強くしがみついた。
「いや、俺は…その子が誘ってくるから、喜んでお付き合いしようと。」
 気まずそうにヘラリと笑っているオスマンに腹が立ったが、ジャスミンが怯えるといけないので胸の奥にしまう。
「こんなに、嫌がって泣いているのにか。」
「えっ、さっきまでノリノリだったけど?侍女と一緒に3Pしようって言われたし。」
「は?」
 アレクが知っているジャスミンとミュゲは、そういうことを気軽に誘うような女性ではない。どちらかといえば、奥手である。
「ジャズ、本当?」
 腕の中で必死にクビを振るジャスミンが、嘘をついているとは思えない。
「…わ、わた…くしは…お手洗いに…行きたいと、言っただけです。」
 涙声で訴えるジャスミンを、アレクがよしよしとなだめる。
「だそうだけど、オスマンが何か勘違いしてるんじゃないのか。」
「…えー…まじか…俺の全てを受け入れてくれる女神に出会ったのかと思ったのに…」
 ガッカリと肩を落とすオスマンに、ひとつも同情はない。
「オスマン、お前、どれだけ酷いことをしたか理解しろよ。ジャズ、訴える?俺が証言してもいいよ。」
 再び首を振るジャスミンを見て、小さくため息を吐いた。
 ーこんなに怯えてかわいそうだ。
「あの、ジャスミン様、嫌な気持ちにさせて申し訳ありませんでした。」
「本当にな。大丈夫?ジャズ。」
 震える体をアレクから離し、ジャスミンはオスマンに向かい合う。
「ありがとう、アレク。オスマン様は、もっと女性を大切にした方がよろしいと思います。ご自身は何をしようが構わないでしょうけれど、本当にあなたのことを思っている女性が、どれだけ心を痛めているか…とても可哀想です。今後は、こういった無理矢理の行為は二度となさらないでください。」
「はい、申し訳ありませんでした。」
 深く頭を垂れてから、オスマンは眉毛を下げてふにゃりと微笑んだ。
「まさかアレクの彼女だと思わなかったから、二人に嫌な思いをさせたよね。」
「アレクに彼女?」
「違うぞ。」
「えっ、抱きしめ合ってたのに?」
 三者三様の反応をしていると、後ろからバタバタと足音が聞こえた。
「ジャスミンー!」
「ジャスミン様ー!」
 鬼気迫る表情のシンビジュームとミュゲが全速力でこっちへ向かって来ていた。
「お兄様、ミュゲ、どうしたの?」
「大丈夫か!何もされてないか?」
「シンビジューム様から、ジャスミン様が連れ去られたと聞きまして。」
 ふっとオスマンを見ると、青ざめている。自業自得だから痛い目を見た方がいいけれど、それはアレクに任せよう。
「ありがとう、お兄様、ミュゲ。でも、何もないわ。オスマン様がアレクに会わせてくれただけよ。」
 アレクとオスマンが、シンビジュームへ敬礼をした。
「へえ、そうか…ふむ…。」
 ギロリと睨むシンビジュームに、オスマンがビクビクしている。
「…寛大な我が妹に、感謝するんだな。」
「あら…どこかで見たことあると思っていたのですが、やっぱりアレク様だったのですね。」
 急に話題を変えたミュゲに、シンビジュームがガクッと転びそうになる。
「どうしたの、ミュゲ。」
「ジャスミン様がデビュタントボールで倒れた時、腕力のないシンビジューム様の代わりに救護室へ運んでくださったんですよ。」
「おい、腕力がないってなんだよ。」
 バッとアレクを見れば、懐かしそうに笑っていた。
「そうなの?アレク。」
「そんなことも、あったね。」
 自分の知らないところでご縁があったのかと思うと、気恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。
「ありがとう、アレク。」
 しばし見つめ合っていると、シンビジュームがジャスミンの腕を引っ張った。
「おい、今日はもう帰るぞ。」
 「えっ、来たばかりなのに?それに、フリージアはどうしたの?」
「あいつは、従者の待機部屋にいる。」
「なんで?!」
「一人にできないだろうが。」
 なんて過保護なんだ、とジャスミンは思ったが、言うのはやめておいた。今回は、兄の気持ちが嬉しかったのだ。
「じゃあ、アレク。またね。」
「うん、おやすみ、ジャズ。」
「おやすみ、アレク。」
 軍服の上から腕に触れ、手を振ってその場を離れた。


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