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1章
10・積極性と諦観(2)
しおりを挟む「大丈夫ですか。」
「うう、お尻が痛い…」
ミュゲが抱き起こすと、ジャスミンが腰からお尻を撫でて涙目になっていた。
「ジャスミン様にこんなことするなんて…許すまじ…!」
ミュゲが怒りに燃えていると、先程引ったくり犯をなぎ倒した男性が、ジャスミンの荷物を持って戻ってきた。
「あの、こちらが盗られた荷物で間違いないですか。」
「あっ…はい、すみません。ありがとうございます。」
「いいえ。」
ジャスミンが荷物を受け取り目が合うと、男性は目をまん丸に開いてからぎこちなく笑った。
「あの、引ったくり犯は?」
「近くにいた衛兵に引き渡して来ました。」
「重ね重ね、ありがとうございます。何かお礼がしたいのですが…」
「そんな、俺は職務を全うしただけですから。」
言葉にキョトンとして男性を眺める。シャツにサスペンダーとズボンというスタイルは、普段着のようだ。一体何の仕事をしているのだろう。
「ジャスミン様、家に戻りましょう。」
「えっ、やだ!子ども達と読み書きの練習するって約束したんだもの、絶対に行く。荷物も戻って来たし、せっかく楽しみに待ってくれてるんだから、行くわ。」
「でしたら、せめて辻馬車でも…」
二人の言い合いに、男性が申し訳なさそうに口を挟む。
「最近、辻馬車強盗っていうのが起きてまして、あまりお勧めできません。」
「なんてこと!やっぱり、帰りましょう。」
「嫌よ!家に帰るより、教会に行った方が近いわ!」
「あの、もしよろしければ、教会までお送りしましょうか。」
驚いた二人は同時に男性を見つめた。
「ご自身のご用事はないのですか。ご迷惑ではありませんか。」
ジャスミンの問いかけに首を振る。
「たまたま、散歩をしていただけなので。教会にもたまに寄りますし、問題ないです。それに、女性二人だと心配です。」
ジャスミンがミュゲを見ると、コクリと頷いた。
「お言葉に甘えさせていただきます。」
「ええ、よろこんで。」
男性は二人の後ろに回り、歩くことになった。
背が高く、ジャスミンが見上げて目が合う場所に顔がある。全体的に細身だけれど、首は太く胸が厚い。黒い髪は癖っ毛で、前髪が向かって右側に寄っていた。片方だけ見える眉毛は太く真一文字でキリリとしており、両目は涼しく眼力があった。
「あの、遅くなって申し訳ありません。私、ジャスミンと申します。こちらは、ミュゲ。恩人のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
じっとこちらを見つめてくる瞳が優しく、ジャスミンは少しドギマギしていた。
「あ、俺は…アレクと言います。」
「アレク様ですね。」
「いやっ、その、ただのアレクなので、呼び捨てで構いません。」
とてもフランクだけれど、初対面の人に呼び捨ては憚る。
「…私、男性を呼び捨てにしたことがなくて…」
「そうですか…」
ミュゲがジャスミンを肘でグイグイと押してくる。
ーえっ、何、何なの。ミュゲの真意が分からない。
「ジャスミン様、お一人くらい楽しくお話しできる、男性のご友人がいてもいいではありませんか。」
「えっ!」
何を言い始めるんだと、ミュゲを見るがどこ吹く風。
「是非、俺のことはアレクと気軽に呼んでください。」
二人がニコニコと笑顔で圧をかけてくるので、ジャスミンは耐えきれずに頷いた。
「じゃあ、アレク…?」
「はい、ジャスミン様。」
「えっ、それは違うんじゃなくて?私は呼び捨てなのに、アレクが様付けなのはおかしいわ!」
全く平等ではない。
しかし、アレクは気まずそうに口を開く。
「ジャスミン様って、貴族のご令嬢ですよね。呼び捨てはちょっと…」
「では、愛称をつけるのはいかがですか。アレク様も、愛称ですよね。」
「そうですね。」
急にミュゲが嬉々として提案する。
これは面白がっているぞ、とジャスミンは思った。
ー愛称って…呼ばれたことないから、照れるんだけど。
「では、ジャズと呼んでも?」
細まった瞳が、これでいいかと問いかける。
「あ、はい…では、それで。」
「素敵ですわ。」
ジャスミンは生まれて初めて、愛称で呼んでくれる友人ができた。
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