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本編

26・IN THE WIND

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「待って、お姉ちゃん!帰って来ないと思ってたら、そんなことになってたの?!えっ!意味分かんないんだけど!」
実音々の頬は紅潮し、目玉が落ちそうなほど見開いている。私の妹は、ぱっちりお目めに、まつげが長くて鼻も高いし、可愛い顔だこと。
泣き腫らして帰ってきた私を見て、一大事だと心配し、お茶を入れお菓子を出し、慰めながら優しく聞き込み調査をされ、余すことなく全てを吐き出させられて、今に至る。
動揺した実音々は、お茶をがぶ飲みしておせんべいをバリバリ噛み砕いた。堅焼きせんべいって、美味しいよね。
「私だったら、絶対に断らないんだけど。自担に付き合おうって言われて、断る女がどこにいるの?ねえ?お姉ちゃん、聞いてる?」
「ここにおります…。」
キッと睨まれる。目力あるから怖いんだよね。
不服だと言わんばかりに、大きな音を立てておせんべいを食べる。
「なんで断ったの!ばんばんの気持ちになってみてよ?今、絶対に辛い思いしてるよ!あの言葉が、強がりだったらどうするの?もう二度と自担に会えなくなってもいいの?!」
マイプレシャスに、全力で怒られています。お姉ちゃんも…色々考えた結果なんだよ。
「ばんばんのお仕事を考えたら、私は絶対に邪魔になるよ。ファンと付き合うなんて、ばんばんの評価が落ちちゃう…」
「そんなことくらいで、ばんばんの評価は落ちません。」
バキン!と音を立てておせんべいを両手で割っている。
「お姉ちゃん、その考え方、ばんばんに失礼だって思わないの?」
「へ?」
どういう意味だろうか。
お茶を飲んでおせんべいを食べて、ふーっと深いため息をついた実音々が、ギロリと睨む。
怖いけど、可愛い!
「ばんばんは、もう20年近くアイドルやってるわけ。それは、ばんばんの努力と根性と情熱で成り立ってるんだよ。他のメンバーやアイドルも、みんなそう。本人の頑張りが評価されて、舞台やコンサートのお仕事につながってるんだよ。」
その通りだと、頷く。
「それがさ、なんでお姉ちゃんと付き合ったくらいで、下がるの?逆に自意識過剰じゃない?」
「でも…担当やファンの人が嫌がるだろうし…私もばんばんに恋人がいたら悲しいし辛い…」
「そんなの、みんなそうだよ!私だって自担に恋人いたら死にたくなるもん!」
「ほら、そうじゃん!」
間違ったこと、言ってないよ。
「でもでもでも!女がいたからって、仕事を怠けてる訳でも、私達ファンのことを蔑ろにしてる訳でもないでしょ!本当は辛いことがあっても、私たちには見せずに、いつも笑って元気をくれるでしょ!その努力は嘘じゃない!」
一息に言い切ったからか、実音々の息が荒くなっている。ゆっくり呼吸をして、続ける。
「ばんばんの頑張りは、ばんばんのものだよ。お姉ちゃんが頑張ってる訳じゃない。そりゃ、スキャンダルで離れるファンもいるよ。私だって10代の頃はそうだったし。そこは難しい問題だと思うけどさ。」
「そうだね、ばんばんの努力と評価は、ばんばんのものだよね。」
「でもさ、ばんばんの気持ちだって、大切だよ。心の支えがあったって、いいじゃん。私はアイドルが結婚しても良いと思ってる。プライベートを見せないで仕事をしてくれれば。むしろ、幸せになって欲しい。いつも私を幸せにしてくれる分、幸せになって欲しいよ。」
最後の方は切ない声になっていた。
私もお茶を飲んで、思ったことをポツリポツリと話していく。
「ばんばんのこと好きだけど、ずっとアイドルとして見てたのが大きいし…やっぱりファン心理としては、恋人がいると悲しいし…週刊誌に載ったら迷惑がかかるって思っちゃうし…ばんばんの仕事減ったらどうしようって思って…」
「お姉ちゃんの存在くらいじゃ仕事減らないよ。犯罪したら仕事なくなるけど、女くらいじゃね。嫌だけどね。」
「ほらー嫌じゃん。」
お茶を飲んでから、さっきよりも柔らかめにプンプンしている。
「周りの気持ちだけ考えて行動してたら、自分を見失うんだからね。いくら悲しむファンがいたとしても、その為に自分を殺すのは違うと思う。お姉ちゃんはファンとしての気持ちが強過ぎるんだよ。それで一番大切な自担を傷つけて、何が担当なの?って思っちゃうけどね。お姉ちゃんの本当の気持ちはどこ?」
雷に撃たれたような気がした。
私はどうしたいのかなんて、考えたことなかった。
「どこ…だろうね。」
目の前におせんべいを置かれる。
「とりあえず、割ってみたら?お姉ちゃんの気持ちも、中身見えるかもよ。ちなみにそれは、チーズ味。」
「堅焼きなのに?!」
「堅焼きなのに。」
バキッと割って口に放り込めば、見た目とは裏腹に濃いチーズの味がした。
「私、お姉ちゃんならプロ彼女になれると思うんだけどなあ。匂わせ女は殺したくなるけど、お姉ちゃんはそんなこと絶対しないから安心だし。」
「匂わせは本当やめてほしい。死にそうになる。」
数々のアイドルの彼女達が、SNSで行ってきた匂わせを思い出し、二人でげんなりしてしまう。たまにアイドル本人が匂わせたりしている時があるから、本当にやめて欲しい。
付き合っていてもいいから、それをこちらに見せないでと切に願うばかりだ。
「ねえ、お姉ちゃん。ばんばん、めっちゃカッコいいんだけど。」
「…死ぬよね?」
「死ぬ。されてない私がドキドキするもん。やばいね。話だけで担降りしそうになるよ…。」
「降りておいで!ばんばん担、楽しいよー!」
「いや、降りないし。もしかしたら義兄になるかもしれないのに。」
「…なりませんよ。」
可愛い顔で、どうだかー?って表情をしてくる。
「あー…私も自担に抱きしめられたい。好きだ付き合おうなんて言われたら即決で付き合う。あー…羨ましい。自担で妄想しよ。」
ぼんやりと、考える。
周りを気にし過ぎて、大切なことを見失っているのだろうか。
本当のことって、なんだろう。
私は、何を一番大切にしたいのか。
ファンの立場?
私以外のファンの気持ち?
ばんばんの気持ち?
私の気持ちは、どこ?
「ねえお姉ちゃん、そればんばんの服なんでしょ?めっちゃ可愛いね。………ん?それ…ブランドのやつじゃない?」
「えっ?!」
服は好きだけど、ブランドは全然分からない。好きな色やデザインを見つけて買っているだけだから、そういうこだわりがなくて、疎い。
「タグ見せて!」
私の後ろに回って襟のタグを見れば、実音々が猫が踏まれたような悲鳴を上げた。そして、スカート部分である裾をめくる。
「えっ、なに?」
「…お姉ちゃん、やばいよ。これ…ばんばん、ガチでお姉ちゃんの為に買ったよ。」
実音々に見せられた裾部分には、可愛いリボンがタグになっていて、レディースの表記とブランド名があった。
「いやいや、それはないから。たまたまレディースが欲しかったのでは?」
「いや絶対に違うね!だってこれミモザの花の模様だもん!白い花は分かんないけど!」
「はて?ミモザとは?」
花も詳しくないから全く分からない。
「うちの担当グループの曲にあるでしょー!ミモザって曲!あれ、ファンとの恋を歌った名曲だからね!!知ってるでしょ!」
「えっ、そのタイトル、花の名前だったのー?気にして聞いてなかった。」
実音々は顔を真っ赤にしてクッションを殴っている。
「くっそー!ばんばんやべえ、お姉ちゃんのことガチじゃん!何で付き合わないんだよー!意味分かんない!」
「落ち着けー、みねねちゃん!」
「お姉ちゃんが落ち着いてるの意味分かんない!!」
「動揺してる人を見ると、逆に冷静になるやつだよ。」
クッションがギリギリと絞られて哀れな姿になっている。
「歌詞がさ、ミモザの花言葉は秘密の恋、君に渡す小さな花束って歌ってるんだよおお!もう無理、ばんばんそれ知っててやってるんだったら、やばいよ。お姉ちゃん逃げらんないよ。」

ばんばんと出会ってから、何度目か分からない目眩がした。

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