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本編

21・すっぴんKiss

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徒歩10分、オートロックのマンション。
目的の部屋番号を押して、自動ドアを開けてもらう。エレベーターで上がってインターホンを押せば、確認せずにドアが開いた。
「よお、上がれよマイメン!」
三角巾のように布を巻いて、エプロンをした悠斗が立っていた。
「この時間から、調理実習でもすんの?」
「いや、料理だぜ!野菜を茹でている!」
鼻高々に言い放ち、入れ入れと招き入れられる。
何十年の付き合いだけど、悠斗は本当に読めなくて面白い奴だ。
いつも通り勝手に座り、ベッドに向かって上半身を投げた。
「うわー!無理ー!かわいすぎるー!」
「おっ、魂の熱い叫びだな!」
玉じゃくしを手に持ち野菜を掬っている悠斗が、合いの手を入れてくる。
「それ、ザルに空けた方が早いんじゃない?」
「この煮汁を使うのだ!ハーッハハー!」
思ったより本格的に料理をしていて、びっくりした。
「料理好きだったっけ?」
「いや、最近なんとなく始めた。特に理由はない。」
「そうなんだ。」
冷蔵庫の中から缶チューハイを取り出して飲む。レストランで飲まなかったのは、ちゃんと話したかったから。
でも今は飲まなきゃやってられない!
「あー、女の子を性的に見たのが久しぶり過ぎて、どうしたらいいか分からない!」
缶チューハイをガブガブと飲む。
悠斗が横から缶詰を差し出した。シャケの骨缶、好きなやつ。
「あー男ばっかりだったもんな。」
隣に座って缶チューハイを開ける。
「料理は?」
「寝かせているのであーる。」
なかなか本格的だが、一体何を作っているんだろう。聞かない方がいい気がする。
「男はそういう感じになったら、気にせずいけるんだけど。あの子は、そういう風にできない。」
骨缶を箸でつまむ。柔らかく煮込まれた骨は、少し力を入れただけでクズリと崩れた。
「伴、久しぶりじゃない?そういう相手。良かったね。」
「うん…今、すっごく楽しい。仕事も全部成功する気がする。調子乗ってる、やばい。」
シャケとチューハイで無限ループしそうだ。
「で、その子を置いてなぜ俺の家に?」
ギクッと体が固まる。
「臆病者と罵ってくれ…。」
「おくびよーものおおおー!」
「でかい声がでかい、夜中だよ!」
ピタッっと止まる。素直か!
「いや…このまま付き合えるんじゃないかって、思ってたんだよね。甘かったわ。」
「なぜ?」
三角巾を外した悠斗が不可解そうに眉をひそめる。
なぜかって?
よくぞ聞いてくれた。
「俺のこと、サンキュウ!のばんばんとしてしか見てない!いや、分かってたよ。そもそも俺のファンだし。俺も、その力を借りてアプローチかけたりしたしさ!アイドルの俺も、もちろん俺なんだけど!!」
もどかしい!
「あー、自分がライバルなんだ。」
悠斗の言葉がストンと落ちる。
「…たまに、すっごく的を得たこと言うよな。」
「センキューマイメン!」
歯を見せたいい笑顔。雑誌撮影の時のような。
「俺は結構、素のままでアイドルやってるつもりだけどさ。受け取る側は別でしょ。あの子、俺のことアイドルとして好きなんだよ。だから、あのままなし崩しになるのが、嫌だった。」
「で、部屋に置いて逃げてきたと。」
「うっぐ…何も言い返せない。」
床の上で大の字になる。
「俺のこと、頭がおかしくなるくらい、たくさん考えてくれたらいいのに。それで、俺以外の男なんて目に入らなくて、俺のことだけ見て、俺のことだけ考えてほしい…!」
酔っ払ったから、こんなこと言ってしまうんだ。
素面じゃ言えない。
アレで、正解だっただろうか。
俺のことを考えて、キスした意味を考えて、理解して、受け止めてくれるだろうか。
俺の気持ちが、伝わっているだろうか。
なかちゃんにだったら、部屋を見られて、服を漁られても、布団の中でエッチなことされても、全然構わない。なんなら、してくれた後に、俺がそういうことしたいくらいだ。
なかちゃんが俺の服を着てくれたら、洗わないでしばらく堪能するであろうことは、否定しないでおく。
っていうか、俺のことを思って、エッチなことしてくれないかな…最高に嬉しいんだけど。
「伴、顔がやばいぞ。外に出せない顔してる。」
「いいんだよ、外に出ないんだから!あーくそー、可愛すぎる…!」
ガバッと起きて、2本目の缶チューハイを開ける。
悠斗はサバの味噌煮缶を食べながら、頷いている。
「伴がそんなに夢中な女の子って、どんな子?」
あ、聞きます?聞いちゃいます?
思い出すだけで、ニヤつく口元を締めつつ、チューハイを煽る。
「んー…可愛い。芯が強くてしっかりしてる。服の趣味が合う。俺の仕事のこと知ってても、普通に過ごせるようにって知らないふりしててくれたり、迷惑にならないようにって配慮してくれたり、優しい子。でも気を使いすぎて磨り減りそうで心配。あと、俺のことすげー好きなの。10年以上、担当だって。やばくない?」
嬉しくて、やっぱりヘラヘラしてしまう。
素敵だなって思った子から、ずっと好きでしたって言われたも同然だよ。
「へー、じゃあファンレターとか探したらあるんじゃない?」
「そう!!聞いてくれよ!!それ!!」
悠斗の肩をバシバシと叩く。
「実は、探したんだよ!この前、フルネームを知ったからさ。そしたら、よくお手紙くれてる子だった。」
ラジオや雑誌の感想、舞台やコンサートのどこが素敵だったか、俺のこんなところがカッコいい、あそこが可愛い、そういう褒め言葉ばっかりのキラキラした眩しい文章。
どんな手紙も嬉しいけれど、辛い時に褒めてくれると、やっぱり元気が出る。
そしてなかちゃんの手紙には、必ず結びに、世界で一番かっこいいですって書いてあるんだ。
ファンの子がそう言ってくれると、本当に嬉しい。
それがなかちゃんだって気づいたら、より一層嬉しくて、どんな仕事だって出来そうな気がした。
今なら何だって出来る。
俺はなかちゃんの言葉で、スーパーマンにもなれるんだ。
「俺、めっちゃ愛されてる…!」
「アイドルとしてね。」
グサッと胸に突き刺さった。
「悠斗ー!今日は、有現みたいなこと言って!!的確に俺の傷を抉るなよー!」
ムカついてシャケをもぐもぐ口に詰め込み、チューハイで飲み下した。
「どうしたら、俺自身を好きになってもらえるんだろう。」
何をしても、「ばんばん」だと受け止められてしまう。
俺も、普通の29歳の男だって、知ってほしい。
「んー…アイドルがやらなそうなことをする?」
「俺たち庶民派の泥臭いアイドルだから、やらないこととかなくない?」
ラジオ放送で飲酒オッケーって、なかなか無いと思うんだけど。
「じゃあもう、格好つけないで正直に話せば?」
「えっ?」
缶チューハイを空けた悠斗が、2本目を冷蔵庫に取りに行く。
「好きだー!俺を男として見てくれい!って」
「…そんな…そんなんでいいの?」
「え、ダメなの?」
キョトン顔で缶を開けて、飲みながら座った。取りに行くのが面倒で、何本もテーブルに置いている。
家に帰って、なかちゃんに酒臭いって思われたら嫌だから、これを飲み終わったら終わりにしよう。
「そっか…シンプルでいいのか。」
「シンプルイズベスト!」
拳を突き上げて叫ぶ。
「夜中なんだからやめなさいって!」
シンプルに、気持ちを伝える。
それって直球勝負だ。
「がんばれー!ばーん!」
「うんうん、ありがとう。頑張ります。だからちょっとボリューム抑えて。」
酔っ払いを相手にしつつ、俺は水を飲むことにした。
なかちゃんに、シンプルに気持ちを伝えること。考えただけで、ワクワクしてくる。
なんて言おう、どのタイミングで言ったら、一番ドキドキさせられるかな。
俺のこと、今よりもっと、ずっと、好きになって欲しい。
「あー、今すぐ帰って寝顔見たい。」
「帰れば?」
「鍵がないから、入れないし。起こしたらかわいそうじゃん。」
「それもそうか。」
コップで水をがぶ飲みして、服を脱いだ。
「風呂貸して。」
「おー。」
帰りは悠斗の服を借りよう。
あ、ダメだ。なかちゃんに悠斗の服で触れたくない。
メンバーにすら嫉妬してるから、笑える。

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