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本編
10・好きすぎて
しおりを挟むはあ…自担に仕事帰りに会えるってさ、現場以外でないよ。平日公演の舞台くらいだよ。
駅のトイレのパウダールームを借りてガッツリ化粧直して、服も可愛い花柄シャツをサッと買って着替えた。
自担に会うのに、疲れてヨレヨレなんて無理。許されぬ所業。
来るように指定された場所はそんなに遠くなくて、でも芸能人御用達の街だった。一般層の知名度が低いから忘れがちだけど、ばんばんも芸能人だもんね。
普段のイメージだと、気軽に居酒屋へ行ってメンバーや友達と騒いでるものだと思っていたから、新鮮だった。
ラジオだとね、たまにお酒飲みながら放送することを許されてる回があってね、きゃっきゃウフフとメンバーと騒いでるんだよ。それがめちゃくちゃ可愛いんだ!
誰か、庶民派アイドルのサンキュウ!にビールかチューハイのCMください!そしたら、ダースで買い込むのに。
近付くにつれて、騒がしい鼓動がパーリナイし始める。おいおい、今日はサタデーナイトじゃないんだからフィーバーしないでおくれよ。
緊張でえづきながら、指定のお店へ入る。
間接照明でゆったり落ち着いた店内は、大人の雰囲気だった。
私もいい年した大人なんですけどね!
私を見つけたスタッフさんが、にこやかに近づいてくる。
「あの、待ち合わせなんですが。」
「伺っております、こちらへどうぞ。」
スタッフさんの後ろについて歩く。どうやらここは、半個室と個室の部屋しかないようだ。すごい、面割れしないぞ。
ばんばんもアイドルだから、一応女の私と会うのに気を使ってるんだなあ…流石だな。週刊誌に撮られたら、スキャンダルになっちゃうもん。そして、ラブラブ本命さんがいるのに私と恋人のように書かれるの、嫌だろうな。それだけはならないように、私も気をつけよう。
ばんばんと、ばんばんの愛する人に迷惑はかけたくない。
私はあの日から割り切ることができている。自担の幸せは私の幸せだ。自担が笑顔でアイドルをし続けてくれているこの世界に感謝している。
この世界が続いているのは、自担の愛する人がそばにいるから、勇気をもらえているのだろうし、守りたいものがあるから、人は強くなれるのだ。
どうか、二人よ幸せになれ!
そしてお連れ様よ、私たちの分まで自担を幸せにしてくれ!頼む!
顔の前で手を合わせて祈りを捧げていると、スタッフさんが開けてくれた扉の先に座っているばんばんと目が合った。
「なかちゃん、何してんの。」
私を見てケラケラ笑っている。
あなたとあなたの愛する人の行く末を祈っていたとは、言えまい。
「ごゆっくりどうぞ。」
にこやかなスタッフさんが扉を閉めて行った。
密室で二人きりという状況が、私の判断力を鈍らせる!
ガタガタと震えながら、やっとこさっとこ席に着く。
その間も、自担はクスクスと笑っている。私の行動で楽しんでくれるなら、何よりだ。
不審に思われてなければ、なんでもいい!
「こ、こんばんは。」
失礼にならないよう、挨拶だけはちゃんとしたい。
「こんばんは。久しぶりだね。」
「ははひっ!お久しぶりです。」
少し疲れてるのかな、頬が痩けてるみたいで心配だ。
「急に呼び出してごめんね、来てくれてありがとう。」
「いえ、いいんです!大体暇ですから!」
食い気味で答えてしまうのを、なんとかしたい。
「そんなこと言うと、すぐ呼び出しちゃうよ。」
ぴえー!いたずらっぽく言われて死んだ。無理。小悪魔爆誕だわ。
「きっ喜一さんの、暇潰しで呼んでもらって大丈夫でございますです。」
「あははっ!ありがと。」
スッとメニューを渡されて受け取れば、お洒落なイタリアンが写真付きで載っていた。うーん、呼び出される前はお腹空いてたけど、今はばんばんで胸いっぱいで全く空いてない。
あと、自担の前で物を食べるとか無理。そんなことできない。震えて食べられない。
でも、自担のご飯を食べるところは見たい!脳内データベースに永久保存する。
ああ、自担の生きる為の行動を見守れるなんて夢のよう。
「好きなもの好きなだけ頼んで。」
「き、喜一さんは…何が食べたいですか。」
ゴクリと喉が鳴ってしまう。
「俺はね、パスタ!ここは生パスタで麺が美味しいんだよ。」
よく利用してるお店なんですね!はあ、自担のテリトリー…ときめく。
私を入れてくれてありがとう。私なら言っても大丈夫だって信用してくれたってことだよね。
絶対に漏らさないし来ることもないので、これからもどうぞごゆるりとお過ごしください。
「じゃあ、パスタと…前菜の盛り合わせと…チーズと生ハムがいいかな。」
どうせ食べられないので、控えめに。
「いいね!なかちゃんは、ワイン飲める?」
「えっと、赤は苦手なんですけど、白とスパークリングは大丈夫です。」
「ん、じゃあスパークリングにしよっか。」
しばらくするとスタッフさんが来てくれて注文を取ってくれた。
すぐにワインとチーズが届き、乾杯をした。
グラスを掲げて、ばんばんが微笑む。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
一口含めば、しゅわしゅわと炭酸が弾け、柔らかな香りと甘さが抜ける。
「美味しい。」
「良かった。チーズも食べてね。」
まさか、自担とお酒を飲み交わす日が来るとは…夢だったよ。
サンキュウ!と飲み友達になりたいっていうのが、ここ5年くらいの願望だった。本当は、居酒屋でワイワイしたい感じなんだけど、個室イタリアンでも全く構いません!ありがとうございます。これでもう、いつ死んでも大丈夫です。
うう、幸せ。
でも、酔って変なこと口走らないように、セーブしよう。
チェイサー飲みながらワイン飲みます。
「特に何かあるわけじゃないんだけど、服屋さんだと服の話しかしないし、なかちゃんと色んなこと話してみたいなーと思ってたんだ。」
急に話し出すから何かと思ったら、私、自担から求められてる!何も持ってないのに!
「大変光栄でございます…!」
好きにしてもらって構いません。私、あなたを養う為に生きてますので。
「なかちゃんの言葉遣いって面白いよね。すごく畏まってて。敬語キャラなの?」
ばんばんのことを敬ってるからですね、とは言えず。
「そ、そうですね。敬語になりやすいです。」
「俺なんて早々にタメ口でごめん!」
「いえ、全く構いませんので、お気になさらず!」
既に頬がほんのりとピンクに染まっていて、なんて艶かしいお顔をしてらっしゃるんだ!ぐぬう…!
「なかちゃんの年、聞いてもいい?」
「あっ、はい。29歳です。」
「わー!俺と同い年なんだ!」
はい、そうなんですよ。誕生月もあまり変わらず、学年も一緒です。
「じゃあ、この前ライブに来てたのも、リアルタイムで聞いてた感じ?」
「そうです、聞いてました。まさか、活動してなかったのにライブしてくれると思わなかったので、嬉しくてチケットを取りました。」
「俺も俺も!あ、でもなかちゃんは具合悪かったから、最後まで楽しめなかったね…」
ばんばんが悲しそうな顔をしていて、慌てた。
「いえ、あれは仕方ないことなので!それに前半は楽しかったので問題ないです。」
「もっと早く気付けてたらなって思ってたんだ。怖かったでしょ?」
この人は、どうしてこんなにも人に寄り添ってくれるんだろう。
気持ちを分かろうとしてくれる、何とかしようと行動してくれる。
それだけで、私は救われる。
私だけじゃない、ファンはみんなそうだ。
ばんばんに、ついていこうって思わせてくれるのは、こういうところなんだ。
「はい、ちょっとだけ。でも、私の予習不足もあるので。今度はもっと楽しめるようにしたいと思ってます。」
「そっか。なかちゃんて前向きなんだね、すごいな。」
すごいのは、あなたですからー!
あなたがいるから、私はいつだって前を向けるんです。あなたがキラキラと輝いてくれるから、何度だって立ち上がる勇気をくれる。
言いたい、すごく言いたい。感謝の気持ちを伝えたい。
でもダメ、ばんばんに不快な思いをさせちゃうから。
「ありがとう、ございます。」
これが精一杯だった。それ以上言ったら、止まらなくなってしまう。
自担への愛が決壊して、大洪水を起こすだろう。
この気持ちは、お金とお手紙でお伝えしますので、よろしくお願いします。
ちょうどいいタイミングで料理が運ばれて来て、前菜の盛り合わせを食べることにした。ばんばんが。
私は、小皿に置くだけ。
「あの日、ちゃんと帰れたのか心配だったからさ、服屋さんで会えて良かったよ。無事だったんだなって。」
「その節は本当にありがとうございます、おかげさまで無事でございました。すみません、ご迷惑をおかけして。」
手を振って否定してくれる。
「俺が勝手に心配してただけだから、気にしないで!」
ほら、食べて食べてと前菜を小皿に盛られる。
ばっ、ばんばんが、ばんばんの直フォーク!?私のお皿に、食べ物を入れてくれた?!こ、これは…食べなくては…体に吸収しなくては…!
目眩をさせながら、取り分けられたものを口へ押し込む。
幸福の味って、これなんだね。
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