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本編

4・Fantastic Ride

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なんで、なんで、なんで!
何が起こってるの、一体これはどういうこと?!
脳内処理が追いつかない。
エマージェンシー!エマージェンシー!

「お姉さん、大丈夫?まだ具体悪いですか?」
「あっ、はい!あっいいえっ、お陰様で元気です!き、昨日は本当にありがとうございましたっ!」
どもるどもる、自分でも何を言ってるのか分からない。緊急事態だ。
どうしよう、どうしよう、何をすればいい。ちょっとどころじゃなく息が苦しいんだが、ここは酸素が薄いんじゃないだろうか。
「なかちゃん、喜一くんと面識あるの?」
ユキさんがニコニコして聞いてくる。
ええまあ一方的な認知なら、彼が15歳くらいの頃から知ってますけど。
「き、昨日、具合悪いところを助けてもらったんです…」
そして、恋人といちゃいちゃしてるところを見ちゃったんです。死にたい。
「そうなんだ!すごい偶然だねー!喜一くん、やるじゃーん!」
「いやいや、普通のことですから。」
褒められてちょっと照れてるばんばん、可愛いー!
じゃなくて!
うっかりテレビ見てるみたいな気持ちになっちゃう!
落ち着け、落ち着け。これは現実だ。絶対にファンだとバレちゃいけないぞ。匂わせるのもダメだ。
ユキさんがテレビや芸能人に疎い人で良かったー!いや、疎くなくても、サンキュウ!は知名度高くないから、知らない人の方が多いわけで…
悲しい。こんなにかっこいいのに…どうしてみんなに知ってもらえないんだろう。
「なかちゃん?」
はっ!危ない危ない、ボロを出さないようにしなきゃ。
「あっ、元気です!」
「うん、知ってるよー。ね、喜一くん、このワンピース似合ってるよね?」
「そうですね、赤が似合ってます。俺は、紐で締めてる方が好みかな。」
はい、締めまーす!一生締めて着まーす!
ああ、ばんばんに褒められた。ワンピース似合ってるって!どうしよう!ありがとう!死んじゃう!
顔がどんどん熱くなって、誰が見ても真っ赤になってるって分かってしまう。
どうしよう、ファンってバレたらどうしよう。
「あ、なかちゃん照れてるなー!」
「そっ、そりゃ…こんなかっこいい人に褒められたら…」
両頬に手を当てて、顔色を隠す。めっちゃ熱い、火を噴きそう。
「へへっ、ありがとうございます。」
なんなのその照れ笑い、死ぬ死ぬもう無理。
「喜一くん、この間の取り置きした服の引き取りだったよね。」
「そうです。あ、服見たいんで、まだ置いててもらっていいですか?」
「オッケー!今日はお客さんいないし、ゆっくり見てって。」
確かに、私とばんばんしかいない。そもそも、お店は狭いから何人も入れないんだけど。
帰りたい、でも帰りたくない。やっぱり帰りたい。
とりあえず着替えようと試着室に戻ると、目の前に服を差し出された。
「お姉さん、こっちの服も似合うと思うんだけど、着てみてもらえませんか?」
「えっ?」
えーーー!
嘘でしょー!
ばんばんが、私に服を選んでくれてるんですけど!?
待って、無理、エマージェンシーだから!ほんと!
「ね?試着はタダだし。ねー、ユキさん?」
「そうそう、試着はタダなんだから、いっぱい着てってよ!」
死ぬー!いっそ殺してくれー!
ばんばんのキラッキラスマイルが、私の胸を刺してくる。
「は、はい…。」
服を受け取って、カーテンを閉める。
深呼吸、深呼吸。
落ち着いて、私。いいか、これは試練だ。私がこれからも、良きファンとしていられるのか、神が試しているのだ。
絶対に、ファンだとバレてはいけない。ばんばんの私生活を侵してもいけない。自分から行動を起こすなんて以ての外。
ばんばんが、楽しくプライベートを送れるように、できるだけ邪魔をしない。
今は、頼まれたから試着するだけ。
ミッションコンプリートするのだ、分かったな?
イエス、マイロード。

震える手を叱咤し、なんとかワンピースを脱いで、渡された服に着替える。
ばんばんが選んでくれたのは、胸元で切り返しのあるリメイクのワンピースだ。スポーツブランドのロゴがキルトのようになっていて、とても可愛い。切り替えしから下のスカート部分は、ブランドのチェック風で、裾はゴールドのパイピングがされている。
すっごく、ばんばんっぽい。
ばんばんって、私服が派手なんだよね。
この選んでくれた服は、色は抑えめだけどデザインや柄が目を引いていて、ゴージャスだ。
これが、私に似合うって思ってくれたんだろうか。
嬉しすぎて吐きそう。
着替え終わって、一つ深呼吸。
落ち着け、このカーテンを開けたらばんばんがいるんだぞ。
シャッとカーテンを開けると、そこには誰もいなかった。
あれ?やっぱり幻覚だったかな。
「ユキさーん!」
「お姉さん、ユキさんお手洗いに行っちゃいました。」
レジの方からばんばんの声がした。
えっ、ユキさんもしかして、ばんばんに店番頼んだわけ?
ばんばん引き受けたの?
おいおい、ばんばんは天下のアイドル様ですぞ?まじかよ。
「だから、こっち来てー!」
ひえー!!ばんばんにお呼ばれされたー!!これは、冥土の土産かもしれない。
ドギマギ緊張しながらレジに行けば、中から頬杖をついたばんばんがこっちを見ていた。
絵になる…雑誌の撮影みたい…どうして取材班いないの?誰かこの状況を記事にして!写真に残して!めちゃくちゃかっこいい!
「うん、思った通り、似合ってる。可愛い。」
はい、死んだ。さようなら、もう思い残すことはありません。今までありがとうございました。
気が遠くなってきた。この世界線、おかしい。
「あ…ありがとう…ございます…」
「ふふふ、お姉さんって人見知りなんですか?」
だよね、そう思うよね。こんなにどもってちゃんと話せなかったら、そう思うよね。むしろ、ファンってバレてない方がおかしい動揺の仕方してるけどね!
ばんばんは、純粋だから!
「は、はい…ご不快に思われたらすみません。」
「全然、そんなことないですよ!俺が馴れ馴れしいだけだから。嫌だったらごめんなさい。」
優しく微笑まれて、何故か罪悪感が込み上げる。
「そんなこと、全くないので!嫌じゃないです!すみません!」
「本当?良かった。あ、お姉さんだと呼びづらいから、俺もなかちゃんって呼んでいいですか?」
はー?もう無理…ねえ、なんなの?私って、前世でそんなに徳積んでたの?世界を守って殉職でもした?
怖すぎる、この幸運が怖い!
「ええもう、お好きにお呼びくださいませ。」
「じゃあ、俺のことも喜一って呼んでくださいね!」
ぐうぅ…!
間違ってばんばんって呼んでしまいそうだ…。
改めて自分が、認知アピールするタイプのファンじゃなくて良かったと思った。もしそうだったら、ばんばんに認知されてファンだってバレているはずだ。
「は、はい…。」
あー死ぬ。苦しい、息が出来ない。
「なかちゃんは、照れ屋さんなんですね。真っ赤になってる。」
あなたのせいですよ!!
「すみません、慣れてなくて。」
「ちょっと面白いって思ってすみません。」
「いえ…!」
なんて小悪魔…恐ろしい子。
ユキさん早く帰ってきて!
自担と二人っきりなんて、無理ーー!!
レジからにゅっと手が伸びてきて、新たな服を差し出される。
「次、これね!」
「はっはははい…!」
服を受け取り、試着室へ戻る。
どうして、どうしてこの店にばんばんがいるんだろう。いや、服を買いに来てるんだよね。分かってる、それは。
私と趣味が被ってるっていうことか。それは大変光栄です。嬉しいな。
いやしかし、ストーカーだと思われたりしないだろうか。心配だ。

ばんばんがこの場にいるというだけで、さっきまでの暗い気持ちがぶっ飛ぶから、自担の力はすごい。
もう、彼氏がいるゲイとか、どうでもいいもん。
ばんばんが好きなのは変わらない。
はー、好き。感動して涙出そう。

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