31 / 38
第3章
029 > 仕事
しおりを挟む辰樹を迎える洋館では厳戒態勢が敷かれていた。
彼のヒートが並大抵のものではないことをこの家にいる者は知っていたからだ。
家政婦のお豊だけはヒートの影響を受けない高齢のΩであるため、辰樹がヒートの時と『託宣』の時は準備と不足の事態に備えて滞在しているが、深夜になると帰宅するのが常であった。
「辰樹ぼっちゃんが……」
心配そうな声を出したのは無論、お豊の方だった。辰樹を乗せたベンツが向かってる最中に岩清水からの連絡を受けた野上が厚みのある体を揺すってスマホを指し示し、お豊に伝えたのだ。
「あまり……無理をなさって欲しくないのですが……」
「……」
言葉を出さずに野上は首肯した。言葉を出さないのではない。故あって野上は言葉が出せない──舌を切り取られたからだ。
だが、お豊は語らない野上の言葉を知っていたため、悲しそうに頷くだけだった。
この家の守衛となるのは岩清水と舎弟の2人、それと岩清水の部屋住みが5名。岩清水自身の組はここから徒歩5分の場所に事務所を構えているため、辰樹が在宅中で岩清水が動けない場合は、野上か花澤、その2人が動けない場合、部屋住みから3人寄越すことになっている。
辰樹自身の護衛が必要なのは辰樹がヒートの時だけである。
本人の意識がなくなるとき、その間の身体を預かるのは専ら岩清水の役目だった。
辰樹本人の意識と記憶がない時に何が行われているのかということを、康樹と岩清水以外の人間は知らない。
他の人間はその間、Ωである辰樹がヒートに耐えて家で蹲っていると思っている。
だが──事実を知る人間は最小限度に留めておくべきだという判断から、実態は伏せられていた。
辰樹を乗せた車が到着する前には野上もガスマスクを装着しており、念のためお豊もマスクを着用している。
岩清水は辰樹をベンツから引き摺り出して肩に担ぎあげると、そのまま無言でエントランスに入る。
「辰樹ぼっちゃん!」
駆け寄ろうとするお豊を制して、岩清水が顎で2階をしゃくる。
「ええ、ええ! もう準備は終わっておりますとも……」
「…… もう帰っていいぞ」
「ですが! 予期してなかったヒートなのでしたら! 私の方が適任なのでは……」
「……良い。親父からの命令だ」
「康樹さまの……」
「悪いな」
言葉少なに階段を登っていく岩清水を見上げながら、お豊は反論する手立てを失ってしまう。絶対君主である康樹に逆らえる者などどこにもいない。滝信会が『康樹帝国』と呼ばれる所以である。
辰樹を担いだまま階段を登った岩清水が部屋の前に立つと、鍵になっている3センチ四方の金属プレートに自分の右手親指を当て──ガチャリとドアが開く音がした。
無言でそのまま寝台まで行き、ドサっ、と辰樹を投げ捨てた。
「……」
投げられたままの姿で意識を失っている辰樹を見ても、岩清水は何の感慨も感じない──感じないようにしていた。
無言で、いつものように辰樹をベッドに押し込むと、胸ポケットから何かを取り出す。
「……明後日の『託宣』は中止になりました。その代わり……明日、仕事があります。夜の10時に迎えに来ます」
その何かはペン型のボイスレコーダーだ。それを辰樹の机に置くと9時間後に再生されるようタイマーをセットした岩清水は部屋を出た。
出た後、自動で鍵が掛かったのを確認した岩清水はまた胸ポケットから何かをまさぐると──白い1センチ大の平たい錠剤3粒を──手に出して口に放り込み、ゴリゴリと噛み砕いた。
「こんなもん、常用してなきゃ無理だろ」
1人ごちりながら辰樹のいる部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説

組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
グッバイ運命
星羽なま
BL
表紙イラストは【ぬか。】様に制作いただきました。
《あらすじ》
〜決意の弱さは幸か不幸か〜
社会人七年目の渚琉志(なぎさりゅうじ)には、同い年の相沢悠透(あいざわゆうと)という恋人がいる。
二人は大学で琉志が発情してしまったことをきっかけに距離を深めて行った。琉志はその出会いに"運命の人"だと感じ、二人が恋に落ちるには時間など必要なかった。
付き合って八年経つ二人は、お互いに不安なことも増えて行った。それは、お互いがオメガだったからである。
苦労することを分かっていて付き合ったはずなのに、社会に出ると現実を知っていく日々だった。
歳を重ねるにつれ、将来への心配ばかりが募る。二人はやがて、すれ違いばかりになり、関係は悪い方向へ向かっていった。
そんな中、琉志の"運命の番"が現れる。二人にとっては最悪の事態。それでも愛する気持ちは同じかと思ったが…
"運命の人"と"運命の番"。
お互いが幸せになるために、二人が選択した運命は──
《登場人物》
◯渚琉志(なぎさりゅうじ)…社会人七年目の28歳。10月16日生まれ。身長176cm。
自分がオメガであることで、他人に迷惑をかけないように生きてきた。
◯相沢悠透(あいざわゆうと)…同じく社会人七年目の28歳。10月29日生まれ。身長178cm。
アルファだと偽って生きてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる