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第3章
027 > 緊急事態
しおりを挟む「で? 回収したのか?」
「はい」
「状態は?」
「……わかりません」
「……わからない? どういう意味だ?」
「それは……」
ビュッ!
言い淀んだ岩清水の右頬すれすれに飛んでいくモノがあり
ドガッ!
そのまま壁にぶつかった。
ガラス状の破片が床に飛び散り、天井からぶら下がっている巨大で華美なシャンデリアが粉々になったガラスに反射して光る。
「お前は……アレの護衛だな?」
「……そうです」
「お前のために用意した椅子も、お前に与えた地位も、アレの護衛としても役に立つからだ。それは知っているな?」
「……はい……」
「なら、次に何をやるべきかは、わかっているな?」
「……はい……」
硬質な声を部屋中に響かせて、滝川康樹は自分より一回りも巨体の岩清水を静かに恫喝する。
そこは、滝川家──滝信会本部──の巨大な和風邸宅内にある司令部の一室である。
滝川本家・滝信会は青龍会の2次団体としては異質な存在である。
全国で4つに割譲された大きな部会の中では最も構成員が多い青龍会の半分は武闘派であり、残り半分は穏健派だ。
現在、シノギが大きな組織はほぼ穏健派の方であり、武闘派は肩身が狭い思いをしている。
だが、武闘派でありながら巨益を生み出し続ける滝信会は他の2次団体からは忌み嫌われていた。
利益を生み出しやすい市場で表の企業が莫大な富を築きながら、何かあれば武闘派で鳴らす構成員が姿を見せ、反乱分子は闇に葬られるのが常だからだ。
無論、その裏で糸を引く最大の黒幕は滝川康樹であるが、彼の参謀は一人や二人ではない。
また、子飼いとして腕、技、頭脳に才ある人間を山ほど抱えており、何もしなくても収益を上げる産業には事欠かず、それ以上に康樹はヤクザらしいヤクザの一人であり──冷たい微笑みを湛えながら──屈強な男を拷問するのが彼の趣味の1つでもあった。
〝素手で、1対1で戦うなら、俺でもこの人に勝てる。……だが、その後のことを考えれば誰も手が出せない〟
膝をついた姿勢の岩清水に投げつけられた物体──重厚なクリスタルガラス製の灰皿──は意図して顔面に向かっていた。だが、直前までその軌道を目視しながら数センチだけ頭を左に振ったのは岩清水の方だ。
滝川康樹が抱えている私兵は数百人を下らないと言われており、人数もさることながら、誰がそうなのか傍目にはわからない。しかも、その私兵の一人一人が康樹を教祖のように慕っており、彼のためなら命を投げ出す狂信者のような人間だ。
それを岩清水のみならず組織の人間は知っているし、だからこそ、他の同位組織も彼に直接手を下すことを憚るのだ。
〝それに……〟
康樹は現在、青龍会の4つある2次団体を統括している統括本部長である。
今のところ執行適任者が他にいない、という建前だがそれは実情とはだいぶ話が異なっていた。
康樹自身としては青龍会執行部に食い込み、1次団体本部長としての椅子を欲している。だが、その椅子は20年不動であった。
それでも巨大な利益を生み出す『打ち出の小槌』を複数抱えている滝信会は、上位団体である青龍会にとっても他の──北、西、南の1次団体にとっても──2次団体にとっても、目の上の瘤であり、そのノウハウを欲しがる団体も組織も数多く存在する。
そして、それと同時に、康樹自身は常に命を狙われる存在であり4人の影武者を使役し、腹心の部下4名以外は本人が実際に今どこにいるのかわからないようになっていた。
今日は、辰樹がありえない時期のヒートを起こし、本人から緊急SOSを受けた岩清水が辰樹を回収した。
受け渡しには1人の友人と名乗る男子生徒が付き添っていたが、αである岩清水が気配を探ったところ、益にも害にもならないβだと判断した。だが
〝北野直次郎……あとで調べさせておくか〟
非常時とはいえ、直次郎の存在を岩清水に知られたのは時期尚早ではあった。
この事が──辰樹にとって身体の仕組みを塗り替えられる事態であったことを知るのは、もう少し後のことになる。
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