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第2章
020 > いつもの出来事・辰樹の場合
しおりを挟む意識を失う寸前。
辰樹は左後方に立っている石清水の顔を見た。
〝相変わらず、物騒な顔面だな……〟
倒れた辰樹を運ぶのは、辰樹より巨体の石清水の仕事だ。
目の前が真っ暗になっていくのを自覚しながら、視界が反転し──そこから先の記憶が、辰樹には、ない。
それがヒートが始まる、いつもの出来事だった。
翌日、夏休み明け直後から辰樹は1週間、予備校を休んだ。
予備校だけでなく、学校も休まざるを得なかった。
辰樹のヒート期間は決まって5日間続く。
カスケード社製の抑制剤、名称『ネガティブ・キャンセラー』でコントロールされているため、1日の狂いもなくほぼ予定通りにくる。市販薬として販売されているものの効能の約10倍の薬効を持つため、辰樹でなければ耐えられない。
そもそも、ヒートが始まってからというもの10歳の時から毎日のように与えられているその薬の量が徐々に増えていることを知っているのは極一部の者だけだ。
1日の狂いもなくヒートが来るのであるならば、なぜ直次郎と出会った2週間前にヒートが突然来たのか。
──その理由は辰樹だけが知っていたし、誰にも知られないようにしなければ、直次郎まで辰樹の事情に巻き込むことになる。だから、例え家の者に自分が通っている予備校を知られたとしても、直次郎に接触されるまではそのままでいようと思っていたのだ。
しかし、それも時間の問題と思われた────
夏休みが明けて2日目。
辰樹が来ないことを不審に思った直次郎は、柄にもなく心配していた。
夕方6時から始まる授業の後の束の間の休憩時間に
「おい、幸太。お前、なんか聞いてるか?」
「ん? 何を?」
後ろの席の幸太に質問した。このクラスでは1番の情報通、つまり先生を誑かして情報を手に入れることに長けているのが一ノ瀬幸太だ。
「滝川だよ、滝川。2日来てねぇだろが」
「……なおさん、この1週間でだいぶ変わったね」
「ぁんだよ、それ」
「初日に『知り合いじゃない』って言ってた後に2人していきなり教室から出ていくしさ。戻ってきたらなぁ~んか、滝川だけ顔赤いしさ。なんかあっただろって思うのがスジじゃん?」
「なんもねぇって!」
〝あの時はよ! なんだこいつ、とは思ったけどよ!〟
訝しむ幸太の視線を逸らすように直次郎が視線を泳がせる。
〝まさか滝川がΩで、とか言えるわきゃねぇだろ!〟
直次郎のその様子を眺めながら幸太は
「フ~~ん?」
怪しい、と言いたげな顔をしている。勘の良い幸太のことだ。いずれ、何らかの形で辰樹についてのことが知られるかもしれない。
だが、本人が『言わないでくれ』と言ってたのだから、それは守りたい。
〝モシの成績が上がった恩もあるしな……〟
「とにかく……何か知ってるか? イトカーからとか……」
「ん~~、一応、体調不良、って連絡があったってさ。なんか、ああ見えて『体が弱い』って本人が言ってたらしいよ」
「へ?!」
〝あんな格闘家の体しといて、んなわけあるか!〟
直次郎は心の中で突っ込みつつ、だが
〝まぁ、でも体調悪いっつうなら、礼代わりにお見舞いとか……でも、家知らねぇしなぁ……〟
1週間勉強を見てもらったお返しをしないといけないだろうな、と考えていた。
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