君知るや 〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜

有島

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第2章

018 > シャケツと託宣【!グロ・流血注意!】

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<!!グロテスク・流血表現注意!!>



「ゴろセ……もう……ごロ、してクれ……」

 その姿はもはや人間のそれではない。
 四肢を持っている形状こそ人間の形を取るものの、大きく肥大し、ありえないほど体が膨張している。それは人間の体の筋肉を極限まで膨らませた異様な姿だった。

 檜造ひのきづくりの神殿によって入ってきた時は気づかなかったが、その生き物から腐臭が漂っている。

 上半身は裸、下半身は──破れたのだろう。スーツが切れ端のようにぶら下がっていた。
 相貌はすでに醜悪な何かの塊状になっている。目だった部分も、鼻だった部分も潰れたように崩れ落ちよく見えず、顎から垂れる涎で口だった部分の位置がわかるだけ。人間の顔面としての形状を保っていない。

「遅かったな、辰樹」

 声をかけたのは呼び出した本人、滝川康樹こうきだ。

 60手前であるにも関わらず、壮健そうけんそのものの出立ちであり鋭い目と鍛え上げられた肉体。その年にしてはかなりの高身長である180センチ、体重78キロと、辰樹の骨格はまさしくこの父親譲りのものである。
 極上の生地であることが一目でわかる艶のあるスリーピースの真っ黒いスーツを着ている康樹の身体は、細身だが中に引き締まった筋肉をまとっていることを組織の人間なら誰でも知っていた。

「また逃げ出したのかと思ったぞ」
「……1回だけです」

「1回も100回も私には変わらん」

 康樹は無言で顎をしゃくると、片膝をついて側に付き従っていたこれまたいかつい体つきをした丸坊主の男から黒いハーフグローブを受け取る。
 
 パチ、と音を立ててはめた。

 ゴキゴキと康樹が指の関節を鳴らし、その、男だったモノの左首のけい動脈に触れる。

 ガシャガシャと手足を揺らして鎖を鳴らすが、その抵抗はおそらく最早もはや最小限のものだろう。失禁したのか涎なのかよくわからない液体状の物が床をしとどに濡らしており、抵抗の跡が見えた。

 そしてまた、丸坊主の男から何かを受け取る。

 注射器だ。
 針が、通常のものより太く、押し子が付いておらず、そのまま──丸坊主男が両手で捧げ持っている──大きな血液バッグに繋がっている。

 康樹は男の頭らしき部分を左手で捕まえて固定すると、ぶつり、とその頸動脈に躊躇ちゅうちょなく針を突き刺した。
 またたく間に血液バッグの中に真っ赤な液体が溜まっていく。

 そのバッグが赤く染まっていくのを眺めながら康樹は後ろにいる辰樹に話しかけた。

「辰樹、『託宣たくせん』はいつも通りだ。あとはお前の仕事だ」

 辰樹は無言で頷くと、抵抗する気も失せたその男だったモノを見る。

 それはもはや動くこともせず、ただ黙ってされるがままだった。さもありなん。人間は1リットルの血液が体外に流れ出れば死ぬ。その血液バッグは特注もので容量が5,000ccあり、バッグに満ちるほどになれば死ぬのは必然である。だが、まだ生きていた。

 意識が朦朧もうろうとしてきたのだろう。その生きモノからうめき声も聞こえなくなった頃、ようやく康樹は注射針を引き抜いた。
 ぷしゅっ!と一瞬だけ血柱が上がり、康樹の右袖を濡らす。だが、すぐにおさまった。すでに血液はその体に数mℓしか残っていないだろう。

 『瀉血しゃけつの儀』はこれで終わり、これから『託宣』が始まる。

「思ったより少ないな。まぁ、いい」

 満ち足りるほど血液バッグが膨らまなかったことに不満げな声を漏らした康樹が血に濡れた右手と袖を振り払い、注射器を血液バッグを抱えている坊主頭に渡す。

 神殿内で沈黙の中、滝川康樹の所業を見守っているのはその場にいる五人だけ。
 辰樹と石清水、付き添ってきた花澤、康樹に付き従ってる坊主頭、そして、その後ろに

「康樹様でしたら辰樹さんの力を借りなくても如何様いかようにでもできますのに」
だ」

 正式な神主かんぬしの格好をした恰幅かっぷくの良い男がいた。
 康樹のめつけるような視線と声音に威圧を感じた神主は小さくため息を吐くと

「あいわかりました。では『託宣たくせん』をはじめましょうかね」

 よっこらしょ、と聞こえそうな動きで鎖で繋がれた男の前に立った。

 その神主と似たような衣装を着ている辰樹が無言でその後方に立つ。

 神主が、人としての形をようやく留めているそのモノを前に、両手を大きく天に向けて差し伸べ──

「コトシロさまよりいただきましたるぎょく神元かみもとにお返したてまつります。のモノを神元にて迎えたまえ、いだきたまえ、寿ことほぎたまえ」

 その祝詞のりとが合図となり、神殿の天井にある半球形の窓がゆっくりと開いていく。
 そこから光が差し込んできた。

 入射した月明かりが神殿の北方向に据え付けられた直径1メートルの神鏡に反射し、その反射光を別の直径50センチの8つの異なる角度で神鏡が受け、神殿内に月光が四方八方に乱反射した。

 途端に明るくなる神殿内は神掛かみがかったかのように異様な雰囲気に包まれる。 

 神主の後ろに付き従っていた辰樹がおもむろに男の前に出た。

 そして──手刀のようにした右手の指先を

 トンっ、と男の左胸に当てた────








※瀉血(しゃけつ):人体の血液を外部に排出させることで症状の改善を求める治療法の一つである。現在の瀉血は限定的な症状の治療に用いられるのみである。

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