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第2章
015 > 『託宣』
しおりを挟む道中、ベンツには四名の男──左の運転席に岩清水の舎弟である野上、助手席にはその兄弟分であり同じく岩清水の舎弟の花澤、運転席の後ろに岩清水、助手席の後ろに辰樹──が乗っていたが、誰1人喋る者はいなかった。
車内が無言のまま黒塗りのベンツは予備校近辺から住宅街を抜け、30分ほどで生い茂る森を背にした瀟酒な洋風二階建ての一軒家に到着した。
通りに面した家に付随するガレージと思われるシャッターが音を立てて上がっていき、ベンツが吸い込まれると再度シャッターは降りた。
その一軒家は滝川家の表の顔だ。
見えにくい監視カメラが10数台、外に向けて据え付けられており、その奥には森に扮した1万坪を超える巨大な敷地が広がっている。そこが滝川家率いる『滝信会』の本部であった。
巧みに隠されたその内部を知るには、鉄条網が張り巡らされた『私有地、立入禁止』の看板が5メートル毎にぶら下がっているその中に入らなければならない。
しかも鉄条網は内と外の二重になっており、外には外部からの侵入を探知するための微弱な、内には侵入を阻止するための高圧電流が流れている。
その一軒家が奥に広がる森の門番を担っているということを知るのは地元の住人だけである。
車は一旦洋館の玄関前に横付けされ、辰樹だけが降ろされた。
「私は一度本部に戻ります。後ほど」
「……」
憮然とした表情で辰樹が顎をしゃくると、ベンツはまた音もなく走り去り、敷地奥の森へ消えていった。それを見送ると、玄関を開け、無駄に広いホテルのような玄関兼エントランスに入った。
「ただいま、帰りました」
「まぁ~、辰樹ぼっちゃん、お帰りなさい。最近遅いのは塾に行ってらしたんですって?」
いつもだったらこの時間にいるはずのない家政婦が広い玄関前まで出迎えた。その異変を察知した辰樹は顔を顰めた。
「あぁ……そうです」
「言ってくださったらお弁当を作って差し上げますのに」
「……大丈夫、近くにコンビニも飲食店もあるから、友人と食べてる」
「そうですか?」
肩で切りそろえられた直毛の白髪をした家政婦は割烹着の裾で手を拭いながら話す。
すでに御年75を過ぎた後期高齢者であり、滝川家に雇用されている人間では1番の古株だ。いつの時代も極道の世界では年功序列が染み付いてるせいか、彼女に逆らう人間はそうそういない。
辰樹が広いエントランスをぐるりと見回すと、相変わらず監視カメラが3台回っている。そのうちの1台を睨み付けた後、辰樹は自分の部屋に向かうため無駄に広いエントランスを横切り、円形状になった2本の階段のうちの1つを登り始めようとした。
「あ、辰樹ぼっちゃん。小百合さまから伝言があります」
「……なに?」
「『明日から始まるはずだから、今夜、康樹さまときちんと話し合うように』とのことです」
「……わかった。オヤジは?」
「おそらく本部の方にいらっしゃるかと」
本部とは──今、岩清水が向かっている──この洋風滝川邸の後方、森の中にある御殿のような巨大な和風邸宅だ。今辰樹がいる表向きの家である洋館は建物としての先鋒のようなものであり、奥にある本部こそが客を迎える迎賓館や滝信会としての作戦本部がある、本宅であり要塞のような場所である。
「お豊さんは、今から帰るんですか?」
「そうです。まぁ、帰ったところでお世話する人もいないので婆の寂しい一人暮らしですけどねぇ」
登りかけた階段を数段降りてお豊の近くに立つ。彼女の頭頂部が見えるようになってから、辰樹は彼女とは心理的にも物理的にも距離を置くようにしていた。
そうでなければ、自分の腐臭が清廉な彼女に移ってしまいそうな気がしていたからだ。
「……ここに住めばいいのに」
「それはなりません。先代からの言いつけも言い伝えもございますから」
先代からの言いつけと言い伝えとは──
『女は、この家の者でなければ住むことはまかりならん。女は呪いの素である』
──というものである。
それが何を意味するのか、お豊は知らないが、辰樹はその意味を数年前に理解するようになった。
〝俺は、そんなことしない……〟
自分がΩであることを呪ったことは数え切れない。
だが、Ωであればこそ、この言い伝えは自分には意味のないものだとも思っている。
そしてまた、この体とともに生きていかなければならないのなら──呪いが解けるのなら──自由を手に入れたら──思いは尽きない。
「坊」
気づけば岩清水が戻ってきていた。
死刑宣告をされる方がマシだと思うくらいの毎回の『託宣』は、辰樹の精神をその頑健な身体ごと蝕み続けていた。
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