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第2章
014 > 2次団体『滝信会』
しおりを挟む高校最後の夏休みが終わったその日の夜、9時半。
辰樹はいつものように予備校の裏階段から降り、直次郎に教えられた裏通りを駅に向かって歩いていた。
すると、黒塗りで真っ黒いスモークガラス張りのベンツが音もなく辰樹を素通りし、予備校の建物から100メートル先の路上に停車した。
「ちっ」
見なくてもわかる。呼んでもいないのに父が自分の送迎に向かわせたのだろう。
スーッと、ベンツの左後部座席の窓が自動で開く。
「坊」
「岩清水か」
「乗ってください。親父が呼んでます」
「……電車で帰る」
「至急です」
「……誰からここを聞いた」
この予備校に通ってることはまだ誰にも言ってなかったはずだと辰樹は思った。
「聞いたんじゃありませんよ。後をつけたんです」
「……」
この岩清水力也は任侠青龍会の2次団体の1つ、滝信会会長である辰樹の父・滝川康樹の補佐であり、懐刀だ。
Ωにしては堂々たる身体を持つ辰樹よりも巨躯であり、身長は195センチ。武道を嗜んだ者特有の厚みがあり、筋骨隆々としている。
20代に入る直前に抗争中の組の頭を素手で半殺しにして服役し、出所後に滝信会に入ってから3年でその地位まで上り詰めた生粋のαだ。
「そろそろなんじゃないかと、親父が言ってましたが……」
「……薬はちゃんと効いてる。お前が心配するようなことは何もない」
「ならいいんですが」
含みのある表情をしていた。左顳顬の上から右顎まで一文字の太い疵が走る岩清水の顔面は彼の男っぷりを上げている。その傷跡は青龍会1次団体である牙竜会会長を突然の暴漢から護った彼の勲章でもあり、誇りでもあった。
出所後、本来ならば、その青龍会本部に迎えられる予定だったのを、辰樹の父がぜひにと迎えたのだ。
年の近い辰樹の──未来の夫として──
「親父の犬に用はない」
「私はあるんですよ。早く乗ってもらわないと、暗いとはいえ目立ちますよ」
「くそっ!」
繁華街の明かりのせいで、黒塗りベンツは人目を引いていた。
この男に逆らうと碌なことがないとわかっている辰樹は、それ以上歯向かうのをやめて大人しくスモークガラス張りの黒いベンツに乗り込んだ。
滝川家は青龍会を母体とした2次団体・滝信会本家ではあるが、意欲的に正業を営んでおり、それが滝川コンツェルンを成している。
合法的な手続きに則り、優良納税者としても知られている為、普通の企業や団体と全く見分けがつかず、滝川家が極道一家だということを知ってる人間は一部であり、表向きは伏せられていた。
その中で、最も売り上げの大きい企業が『カスケード社』である。
いわゆる、フロント企業だ。
世界を股にかける企業に育てたのは先見の明を持っていた滝川康樹の祖父・剛毅であったが、試しに起業させた末端の会社がここまで大きくなるとは50年前に死んだ本人も予想だにしていなかっただろう。
元は借金に首が回らなくなった薬問屋を丸ごと買い取った剛毅が、体は弱かったが商才のある弟に経営を任せたのだ。
その薬屋は良質の薬材を富山から直で仕入れており、販路も確かで、薬剤を扱うのに長けている人材や人脈も多岐に渡って豊富に保有していたのが幸いした。
戦後日本で初めてαとΩの抑制剤の製薬に着手して成功したのが奏功し、元・滝川製薬、現・カスケード社は大企業として日本の製薬会社のトップ企業に踊り出たのである。
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