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第1章
011 > 『カスケード』
しおりを挟む「お前さぁ、……なんでこんなこと引き受けたんだよ」
「……そうだな。北野は俺を避けてたしな」
「そ、れは、その……」
〝だってな?! あんなことがあってからまだ1週間しか経ってねぇんだぞ? なんでお前は平然としてんだよ!〟
翌日の午前中から予備校に9時集合、ってことになり、おれは一応今朝、夏休みに入って初めて朝7時という早起きで来てやった。エライ、おれ。
『基礎Bクラス』は午前中の授業がほとんどない。そもそも夏休み終了1週間前は予備校での授業自体が組まれてないから同じクラスの他の連中は、ほんの少しの休みを楽しんでるわけよ。
〝だがその休み明けにモシがあるけどな!〟
「まぁ、俺もお前と話したかったし、いい機会だと思ってな」
「……なんの話だよ……」
誰もいない教室を使っていいと許可をもらってガンガンにクーラーを効かせているから室内は快適だ。だが、またあの話をされたらイヤな汗をかきそうだから聞きたくない。
2つの机を向かい合わせにくっつけておれたちは対面で座ってる。
おれが滝川と同じ英語の教科書とノートを広げようとしてると、滝川が聞いてきた。
「北野は兄弟いるのか?」
同じ高さの椅子に座ってて、こいつの方が身長高いはずなのに目線の高さが同じ。ってことは、こいつの足が長いってことだよな、とかそんなとこまで気づいてムカつくおれもどうかと思うけどよ。
「……身上チョウサか?」
「身構えるなよ。まぁ……話すきっかけ作り?」
〝ナンパ師みてぇなことすんな!〟
腕を組んで椅子の背もたれに最大限寄りかかり
「……お前から言えよ」
今から勉強を教えてもらう側にあり得ないようにオウヘイにしてやると滝川が口の右端を上げた。
「滝川辰樹。上に兄と姉がそれぞれ2人。北山高校に通ってる」
滝川の言ったことは、兄弟がいるってこと以外、知ってる情報だけだ。
「そんだけ?」
「そんだけって?」
「部活とか趣味とか、……彼女とか」
「知りたいのか?」
滝川がまた唇の右端だけ上げる。なんかサマになっててムカつく。
〝くっそ~……こいつ、ほんとにΩかよ……いや、こんなにデカくて雄くさいΩなんてありえんて! ありゃウソだな!〟
心の中で断定しつつ、そのことをもう1回問いただしたい気持ちはあるけど、知りたいのかと聞かれたらなんて答えればいいのかわからない。
〝知りたいとか質問したら、なんか誤解されそうだし、否定するのもなんかよぅ……〟
目をつむって腕を組んでもやもや考えてると
「部活はしてない。帰宅部だ」
滝川がぽつぽつと話し始めた。
初日の印象は最悪というかびみょうだったけど、確かにこうやって見ると対応は落ち着いてるし、いい声してるし、予備校の講師のいうことも聞くような、基本的にはいいやつなんだと思う。
「趣味か……趣味は……空手かな。他にも格闘技を……」
「やっぱり!」
思わず食いついてしまったのは仕方ない。
「……お前も何かやってるだろ」
「まぁ、な……!」
予備校に通って初めて、同じ『趣味:格闘技』のやつと出会った。
格闘技やってる、あるいはやってた大学受験生なんてあんまいないからな。
「空手かぁ……こないだの……体捌きが違う、って思ったんだよな」
「……あんな短時間でか?」
「経験者ならわかるだろ」
親指に力を入れ、内転筋に力を込める足の踏ん張り方。
腹筋と背筋が強靭でなければあり得ない可動域から繰り出したアッパー。
それが出せたのは強い体幹を活かした腰のひねりがあってこそ。
拳に乗せる体重とリーチを計算した間合いの取り方。
あんなの相当鍛錬しなきゃ瞬時にできることじゃない。
「お前は?」
「え?」
「お前も何かやってんだろ」
「っあー……おれは……今は独学だけどよ」
「あぁ」
「ムエタイやってる」
「へぇ?!」
滝川が初めて表情らしい表情を見せた。
〝そんな顔もするんか……〟
「ムエタイかぁ……面白そうだな……独学でできるもんか?」
「いや……基礎は教えてもらってたんだよ……」
「へぇ……って、今は……」
「いない……」
「そ、っか……」
それ以上何も聞いてこなかったけど、何かを察したんだろな。
まぁ、聞かれても答えられんし、と思ったからいいんだけど。
「滝川って、いいとこのボンボンだって、聞いたけど?」
「ボンボンか……。間違ってはいないな」
いや、間違ってないどころか、そうじゃないと説明つかないだろ、お前の持ち物は。
財布はヴェイ・ルトンだし、そのジャケットはエリのふちにちっこくロルフラーレンって書いてあるじゃねぇか。おれにだってわかるぞ、そいつらの値段がおれのこづかい1年分以上だとか色々。
「抑制剤の……『カスケード社』って知ってるか?」
よくせいざい? ちょっと考えてからその単語を漢字に直してみて、思い出した。
それはαやΩが必須携帯品として持ってるアレだ。
その薬を日本でほぼ一手に作ってる、そこまで考えて毎日散々テレビに流れてくる宣伝文句を思い出した。
「ああ! 『ネガティブ・キャンセラーをあなたの手元に!』ってあれ?」
「そうだな……」
なんで今その話を、と思ってると滝川の顔がぐにゃりとゆがんだ。
〝変なこと言ったか? おれ?〟
「あれ、俺の親の会社」
「へぁ?!」
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