君知るや 〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜

有島

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第1章

010 > 滝川の印象と

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 滝川は大人しく予備校の授業に毎日来ていた。

 初日以降は高そうな、でも恐ろしく似合ってる黒いVネックシャツの上から茶色い麻地のジャケットを羽オったデニム姿を基本スタイルにしてた。

 初日のこともあって3日くらいは他の男子の反感を買ってたし、基本、能面みたいに表情を表に出さない。だけど、話すと悪いやつじゃないことがわかったし、柄の悪い連中とも案外ソリが合うらしく、『基礎Bクラス』に少しずつなじんでいった。

 1週間程経った頃、何かのはずみで授業後に予備校の担任・38歳独身男、糸川(生徒にはイトカーと呼ばれてる)に聞いたところだと。朝の9時からそのままぶっ通しで授業に出て、おれたちと同じ時間、つまり夜の9時頃に帰るユウトウ生らしい。

「滝川か~。あいつ突然入校したい、ってことでテスト受けないで入ったからお前らと同じクラスだけどな。その後の単元テスト見る限り、SSクラスなんだよな~」
「え? なんでそこいかねぇの?!」

「知らんけど、あのクラスがいいんだとさ」
「はぁ……」

 不可解にも程がある。

〝いや、身に覚えはあるがおれ自身にはないから気にしないことにする。でもまぁせっかく今のクラスのやつらと少し話せるようになったから、離れガタいのかもな〟

 その時はそんな風に軽く考えてた。

 ちなみにあの日以来、おれは滝川と話してない。
 けど、視線を感じて顔を上げると、無表情なやつの目とよく合っちまうのにはちょっとウンザリしてた。

 しょうがないじゃん。
 あんなこと言われたってよ。興味ねぇもん。

〝っつかよ。なに? あいつはおれが好きなの? なんなの? おりゃあβだ、つってるのに。Ωってβに発情するか? ちがうだろ?〟

 あの感じは、知ってる。Ωの姉貴が旦那と付き合い始めたときの目と同じだった。

〝興味あるとしてもさ、こう……あいつが普通の、ΩらしいΩの男ならなぁ……〟

 ΩらしいΩの男とは──いわゆる女性的な男のことだ。

 Ωは細身でビモクシュウレイな美男美女が多い。それは自分の家にいる家族を見てもわかる。
 βのおれ以外の家族の見た目はかなり良いからな。

 母ちゃんも嫁いだ姉貴もΩで、かなりの美女の部類だ。まぁ、母ちゃんは素行がΩらしくねぇんだけど。
 そんで、父ちゃんと小学生の弟はαだしさ。

 そんな家族の中で1人だけ平凡にもほどがある見た目で中身ポンコツなβのおれなんて、肩身が狭くてたまらんに決まってるだろ。

 だから、隼人の提案通り、同じ大学に合格したら近くでシェアハウスしようぜって話だったのに──




「で。お前、今回の単元テストも全滅だったらしいな」
「……イトカー先生よぉ……追いうちかけるの、やめてくんない?」

「追い討ちって、お前、どうすんだよ。このままだと来週の模試も『F』だぞ」
「っあ~!! やめてくださいって! はぁ……なんでおれ、こんな頭悪いんすかねぇ……」

「勉強してんのか?」
「してますって!」

「それで、これかぁ……」

 職員室、と書かれた20畳くらいある部屋には、向かい合わせた両ソデ机が20台くらい並べられてて、そこに転々と講師が座って作業してる。最近、3日に1回おれが呼び出されてるのはまったく上がらない成績のせいだ。

「これだとなぁ……」

 担任が言うこともわかる。おれが先生でも、もうやめとけば、って言いそうなレベルだ。

 ちなみに、各5教科の50点満点の単元テストのうち、一番いいのが数学の20点で、次が理科の15点、その次が国語の10点、社会は8点、英語は5点。この単元テスト、弦城大学に合格するには、250点満点中、8割の200点は取らないといけないらしいが、自マンじゃないがこのテストでおれが3割を超えたことはない。

 ぼりぼりとボールペンの後で頭をかくイトカーの、ハゲそうになってる面積の広いデコっぱちを見ながらぼーっとしてると

 ガラガラ

 おれの左後ろにある職員室のドアが開いた。何気なく振り向くと、そこには何か紙の束を抱えた滝川が立ってた。

〝げげっ!〟

 あわてて視線をイトカーに戻すと、イトカーが手を上げて

「おう、そこ、置いといて」

 合図した。滝川が小声で

「……はい」

 それに答えて近くまでやって来た。かなり気まずい。

〝やっべ~……おれに気付いてるだろ、こいつ……あれから一言もしゃべってないし……〟

 そしたら、おれが必死に視線を合わせないようにしてるすぐ近くまで来たそいつにイトカーが

「なぁ、滝川、お前、ここ以外に通ってる塾とかあるか?」

 そんなこと聞いたんだよ。すると

「? ないですけど?」

 なんでそんなこと聞くのか、って声だった。そしたらイトカーが続けたんだ。

「お前さ、同じクラスのよしみでこいつの面倒見れないか?」
「え?」

 突然の話に、滝川もだが、おれも頭の中ではてなマーク飛ばしてた。

「こいつさぁ、何が悪いのかわからんが……あぁ、まぁ、頭が悪いんだが」
「っおい! 受け持ってる受験生にそういうこと言うかよ!」

「ああ、悪い悪い。まぁ、事実だけどな」
「っつか、おれのイシは?!」

 滝川をほっぽって思わずおれが突っ込むとイトカーが

「この際お前の意思を確認してる場合じゃないだろ。母ちゃんに言われてんだろ?」
「っぐぅ……」

 痛いところを突いてきた。

〝くそう……こいつに話すんじゃなかった……ってかお前、おれの担任だろが~!〟

 そしたら、相変わらず無表情なままチラリと横目でおれを見た滝川が

「いいですよ。教えると俺の勉強にもなるし。いつからやります?」
「え? 頼んでいいのか? 本当に?」

 自分の任ムが軽くなったことを知って明らかにヨロコぶ担任・イトカー。お前が高校生ならカクジツにおれがシめてる。

「おい……だから、おれのイシ……」

 完全におれ抜きで話が進み。

 翌日から午前中、予備校の授業前に、滝川の学習指導を受けることになったんだ。




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