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第1章
006 > 予備校で
しおりを挟む夏休みも残すところあと2週間。
おれが通う予備校では、夏休み中、浪人生と同じように朝から授業が始まって、夕方に終わる授業を現役生も受けることになってる。けど、午前中の授業に出るかどうかは本人が選んだコースと希望によるので、おれは午後から通うことにしてた。
んで。
今日は久しぶりに学校に登校した。いわゆる夏休み登校日ってやつ。
中高から親友の荻本隼人とは3日ぶりくらいに会って、一緒に昼メシのファーストフードを食いながら昨日のモシの結果の話をして予備校の玄関で別れた。
うん。隼人も同じ予備校通ってんの。おれは下から2番目で30人くらいの『基礎Bクラス』。
だけど、あいつは一番頭の良いやつらばっかで10人くらいしかいない『旧帝大SSクラス』。だから格も階もちがうわけ。
エレベーターを見ると『メンテナンス中。再開は午後5時』って書かれてる。
「おい~~~! こんな暑いのに、5階まで階段登れってか?! クソが!!」
あ、つい汚い言葉を使っちゃった。いかんいかん。
まぁ、しようがない。できるだけ汗をかかないように階段を上がるとしよう。
隼人は本当なら東大にも行けるくらいだけど、本人はそんなこと気にしてないらしく、地元の大学に通うっつってる。まぁ、隼人は親の個人病院を背負うから、しょうがねぇ。
中高から一緒だが、とにかくあいつは勉強ができてできて仕方なくて友達付き合いもすこぶる良い。一時期やさぐれたおれを見放さなかったのはあいつだけ。まじ良いやつ。
そんな良いやつの親友と、おれの間に横たわるヘンさちの壁。ニクい。
〝まぁ、実際、医学部はすげえよな~……〟
クーラーがないとやってられないくらい暑いから、汗をかかないように、でもできるだけ素早く階段を上って教室に入る。はー。クーラー効いてる。す~ずし~!
教室の中ではすでに席についてるギャルどもが、いつも以上にピーチクパーチクうるせぇのなんのって。
〝このクラスの女子って、制服着てねぇとキャバクラの姉ちゃんなんだよな~。おれの好みとは正反対……〟
両親の言うことを絶対に聞かなかった頃のおれは隼人にサトされてヤンキーを卒業した。
それから、金髪だった髪をおとなしめの茶色にして隼人に言われるまま流行りのマッシュとかいう髪型にした。その方が面接でウケるって隼人が言ってたから。
髪型ってのは人の印象を変えるらしい。金髪オールバックだったころは遠巻きに見られてたおれの周りには、少しずつだけど友達が増えてきた。気のせいじゃなければね。
だからなんだろな、油断してたんだよな──
ジリリリリリリリ
予備校特有の始業のチャイムが鳴った。
若い男の非常勤講師が教室のドアを開けて入ってくると、廊下側に向けて合図してる。どうやら誰か連れて来てるみたいだ。
「えー、少し中途半端な時期ではあるが、新しく受験仲間に加わることになった北山高校からの入校者を紹介する」
「え~! まじ~!」
「うち、知ってた~!」
ギャル女子どものからかうような声を受けて教室に入ってきたのは──
「あっ!!」
思わず声が出ちまったおれは、口を押さえたまま、あわてて机に顔をふせた。ゆっくり、視線だけを講師のいるところに戻すと。
〝あいつ! なんでここに?! まさか、追っかけて来たんじゃないよな?!〟
ちょっと気味悪くなってきた。
間違いない。昨日と同じ制服だし、あの顔。
忘れたくても忘れられんわ!
昨日のあいつだ!
すると予備校の同じクラスの──おれのことなんかチラリとも見てこない──女子どもが
「ぎゃ~~~~!!! 来た~~~~!!」
「ちょっとぉ!! せんせえ! なにそのイケメン~~~!」
一斉にさわぎ始めた。
講師は隣で棒立ちになってる学生服のイケメンを確認すると、手元の紙を見て
「滝川辰樹くんだ。みんな、仲良くしろよ」
なんかやけに自慢げな顔をして紹介した。
「……よろしく……」
さらりと垂れた前髪が涼しげな目元に落ちるのを見た女子どもがまた
「ひょえぇ~~~~!! 声までイケメン~~~!!」
「すっげ~~~! こんなアホクラスに正統派イケメン、来るかよ~?!」
「カミよ! 神がさしだしたのよ!」
「イケニエかよ~~~~!!」
大さわぎだ。
女子どもの下品な声とセリフを白けた顔で見ているクラスの他の男子たち。
〝わかる。わかるぞ。ドウシよ……イケメンは! 敵だ!!〟
心の中で熱い握手を交わしているイメージ映像が脳内で流れる。
片隅に固まってるインキャっぽい女子までもが
「なんでこんな時期に……」
「でもイケメンならアリ寄りのアリよ」
「たしかに!」
〝昨日の今日で……なんつうタイミング……っつか、同年かよ!〟
「じゃあ、適当に空いてる席に座って」
「……っす」
あいつは昨日と同じ学生服を着ていた。
おれはというと、昨日とは違って夏休み登校帰りだったため、制服のブレザーを着てる。
顔ふせときゃわかんねぇだろうと思ったおれは、机につっぷしたまま、やつが遠い席に行くことを願った。
〝とりあえず……気づかれませんように……〟
こんな時、前髪を伸ばしてればよかった、と思うわけだ。
そしたら相手に気づかれる確リツが下がるだろ?
だから、あいつの足音が近づいてくるのを聞きながらスルーしようとしてたんだ、けど──
「……きたの、なおじろう?」
「はい?」
思わず返事をしてしまったおれは、本当にアホだ。
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