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Chapter14 - Side:Salt - D
212 > 後日ー06(【きっかけ】ー 後編)
しおりを挟む葬儀は土日で滞りなく行われ……紗妃の強い希望で会社関係者には一切知らせなかった。
東京から東北まで葬式に来てくれるような友人知人はいない、と言っていたから。
週明けから3日ほど、紗妃は体調不良ということで会社を休み、オレも一緒に休もうとすると
「1人になりたいから、あなたは会社に行って来て」と言われ、オレだけ出勤していた。
その日から……紗妃は沈むようになった。
木曜日には出勤したが、やはり辛いとのことで結局金曜日も休んだ。
翌週から体調不良で休みがちになった。
実母が亡くなったことを会社に一切報告していないために理由も言えず
「奥さん、大丈夫ですか? なんか総務でも休みがちって噂になってますよ? もしかして、妊娠ですか?」
事実とは真逆の的外れな噂が出ているのを知っていたが、ひそひそと質問される度にオレは苦笑いしてその都度誤魔化した。
その頃、佐藤の方はトラブルが発生した営業先に出向状態で詰めていたため、7月中は姿すら見かけることもなく────
体調不良で休みがちになった紗妃を心配したオレが休職を提案すると
「そうね……私が職場にいなければ、佐藤さんと2人で会っても咎める人はいないものね……」
「だから……そんなことは、ない……」
この時、オレはいつもの口癖の『男同士でつきあえるわけないだろ』と言えれば良かったんだ。だが……今になって考えてみると……東北出張以来、うっすらと自分の気持ちに気づき始めてしまったオレは、その言葉を口に出すことを無意識に避けていた────
「紗妃……その、心理的に辛い状態が響いてるから体調も治りづらいと思うんだ。だから、休養を……」
「あなたがどう言おうと……これからは私のやりたいようにやる……もうあなたの指図は受けない」
結婚前も、結婚してからも、オレは紗妃に指図したような覚えはない。
つまり、何を言っても、もう紗妃の耳には届いていなかった。
それ以降───
オレが紗妃よりも佐藤を優先しているんじゃないかと……オレの気持ちの比重が自分と佐藤のどちらにあるのか、常に試されるようになった。
「また喫煙場所まで来てたんですって? 佐藤さん、タバコ吸わないのにあなたへの執着で必死ね」とか
「この前の飲み会、佐藤さんも一緒だったの? おかしいわね。その日、営業は別の場所で他の飲み会があるって聞いてたわよ」とか
「あなたにその気がなくても佐藤さんが否定しなければそうだ、ってことよ。あなたの目の前で直接聞いてみましょうか?」とか……だ。
そして、夏真っ盛りに───紗妃は自己都合退職した。
『心身を整えたい』という理由で。
直属の上司には『妊活する』と言っていたらしい。
1年でようやく夫婦らしくなりかけていたオレたちの夫婦仲は一気に冷めていった。
退職直後。
紗妃は同じベッドで寝るのさえ拒み始め、自室にマットレスを入れて、自分の部屋の鍵を厳重なものに取り替えた。『話があるの』と言われて早めに帰ってくると
「妊活する、って理由で退職したの。だから……私のサイクルに合わせて。寝室にあるカレンダーに書き込んでおくから、これからは月1回だけってことで」
「え?」
「……誰かさんとの約束もあるし……でも、本当はもう必要ないと思うのよねぇ……」
腕を組んで独り言のようにそう話す紗妃の視線は、ぼんやりと曇っていた。
それから数日後。赤いパンプスが靴箱に入っていた。オレがその話をすると
「ああ、こないだ見かけて、可愛かったから買って来たの。でも長く歩いてると疲れちゃうのよね……」
珍しく早めに帰って来た夕方には。
「そのスカート、最近、買った?」
「ええ。そうよ。お買い物のついでに可愛いな、と思って。でも、このお洋服を着てあなたと歩くと不釣り合いだから……何か特別なおでかけのとき用にしようと思って」
〝つまり、今日、特別なおでかけに行ったってことか……〟
家にいても紗妃は食事の時以外、部屋に篭るようになり、オレたちは夫婦とは名ばかりの何かに変わり始めていた。
それでも月に1回のその日は、ちゃんと定時に帰って来て営む。
が……
「タバコの匂いがきついわ」「あなたの手、ガサついててちょっと」などと言われ、
「喫煙している人と行為をしても赤ちゃんはできにくいんですって。この機会にタバコ、やめて欲しいわ」と言われて、健康上にも良くないだろうと、禁煙するようにもなった。
だが、結局、半年もしないうちに────
「やめて。今日は気分じゃない」「あなたの体臭が嫌なの」と言われ出し……
「触らないでっ!」と言われたのが決定的になり
とうとうレスが始まり……形式だけの夫婦で……
紗妃は、オレとの間にあったはずの少しの感情すら失くして……
単なる同居人になった────
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