196 / 253
Chapter12 - Side:Other - D
192 > 決戦の日−11(1年前の不倫再開)
しおりを挟む「もちろん、磯永は吉永の子会社でもなんでもありません。ですが今でも販路や技術提携などで良くしていただいているのです」
「じゃ、じゃあ、紗妃の再就職は……」
「もちろん、こちらでお膳立ていたしました。彼女は気づいていない様子でしたが」
〝……最初から……オレが紗妃と出会った時から、この人は紗妃を泳がせて……〟
「当初……紗妃さんを監視することに私は反対したんです……ですがその当時新しく役員になった1人から、よくない傾向だと警告されて」
「? 警告?」
「えぇ……不倫は既婚者の嘘で成り立つ行為。……何人もの女性を虚偽の言動で操作するような人間は道徳観念が欠如している可能性が高く、今後、不倫以外の悪徳に手を出すだろう、と」
「どういうことです?」
「……私も、夫が不倫だけ、せいぜい私的な……許容範囲内なら放置しておいても良かったのです」
「?」
「……総務の経理主任、つまり、当社の会計事務の処理をしていた40代の女性に近づいて……」
眉間に指を当てて、志弦は続けた。
「当社の金に手を付けたのです。被害総額は4千万」
「?!?!」
「……新しい社外監査役(※1)を選任した前期の会計監査(※2)で発覚しました。告訴すべきだと訴える他の役員を大石森先生が抑えてくださって……」
大石森が代弁する。
「警察沙汰になって役員が業務上横領罪(※)に問われることになれば、どこからか情報が漏れて飛躍途上のYGDC社の甚だしいイメージダウンになる。それよりも、被害額を返還させ、今後、彼がこの会社に戻れないようにしたほうがいい、と彼を外した役員が全員一致で可決したのです」
「……社からの事実上の放逐」
汐見がその事実を呆然と呟く。
「と同時に私も彼と縁を切ることが可能になりました」
それを聞いた池宮がすかさず指摘した。
「……それは……社長がYGDC社と結託して吉永隆氏を追放するために仕掛けた罠ではないんですか? そうだとすると、ここにいる汐見さんだけでなくその妻である不倫していた紗妃さんも巻き込まれた被害者と言える」
紗妃がYGDC社の隠された意図に嵌り、そのことによってYGDC社が本懐を遂げたのならば、紗妃は被害者も同然ではないか?と。
「罠……そう捉えられるかもしれません。……ですが、紗妃さんは入社前から隆と関係があり、また、業務上横領そのものはその辺り、つまり4年前から継続されていた」
「「……」」
はぁ……と志弦が大きく息をつく。
「汐見さん。紗妃さんは今から2年前、入籍して1年くらいは大人しくしていたんです。夫が連絡を取っても返信がなかったくらい。ですが……」
少し黙ってしまった志弦を汐見が訝しげに見ると
「1年くらい前からまた、密会が始まってしまった」
涼しげな目元で汐見を見つめ返す視線には冷たい何かがあった。
「夫と紗妃さんの密会……不倫自体はいつものことだったので……また始まったのか、と思っただけでした。でも、不倫再開から横領の額が徐々に増えていった……」
「……そ、れは……」
汐見はなんと言えば良いのかわからなかった。
「……こんなことを聞くのはマナーに反するかもしれません。ですが、お答えいただけるのでしたら。1年前、紗妃さんに何があったんです?」
「!!!」
1年前───
紗妃にスイッチが入るようになったきっかけ。
それは、たまたま不運が重なっただけだった。
暴力的な紗妃が忌み嫌い、温厚な紗妃が心の拠り所にしていた母・美津子の死。
そして───
〝ソレダケジャナカッタ、ダロウ?〟
結婚して同居が始まってから、1年の間は。
蜜月のような甘い時間を過ごしていた。過ごしていたはずなのに。
〝……オレは……仕事優先で……〟
当時はまだ紗妃も退職しておらず、同じ会社にいた。
妊娠しているわけでもないから働きたいという本人の希望もあって。
だが、ある時から……
同じ会社で働いているのに、紗妃と過ごす時間は徐々に減っていき……
〝どうして、シンコンなのにザンギョウばかりしたの?〟
〝サキノソバニイルベキダッタ〟
〝仕事が……きちんとしないと、と思って……〟
〝ホントウに、ソレだけ?〟
〝サキハ、マッテイタ〟
〝……わかってる……わかってたんだ……だけど、なにか……〟
〝ナニ? ナニがわかってた?〟
〝ナニモ、ワカッテイナカッタ〟
〝ちがう、違うんだ……なにかが、間違ってる、と……思、って……〟
〝……ナニもかも、マチガってたね?〟
〝サキハ、キヅイタ〟
「汐見さん?」
※1:社外監査役=社外から就任した監査役のこと。 監査役とは会社経営の業務監査や会計監査を行うことにより、不適切な業務執行がないかを調べ、それを阻止、是正する機関
※2:会計監査=会計監査とは、会社が作成した財務諸表に対して、公認会計士または監査法人(以下「会計監査人」という)が行う監査のこと
※3:業務上横領罪=仕事上、会社から預かって管理している金品を自分ものにしてしまうということなど。会社のお金を無断で着服し私的に使用する、など。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

手の届かない元恋人
深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。
元彼は人気若手俳優になっていた。
諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる