【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島

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Chapter12 - Side:Other - D

184 > 決戦の日−03(下衆:吉永隆)

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「ええ。私は以前から知っていたんですけど」

 コン、ココン と軽妙なリズムでドアがノックされ、志弦が会話を中断する意図で手を挙げて「どうぞ」と応えた。

「失礼いたします」

 先程の受付嬢が一礼して入室してきた。持っている盆の上に3つのコーヒーカップセットとお茶菓子が乗っている。

 カチャカチャと音を立てるそのコーヒーカップセットを1つずつ焦茶色の木目をしたローテーブルの各自の前に置き、お茶請けをテーブルの真ん中に置くと、また一礼して退室していった。

「お二人も、冷めないうちにどうぞ」
「……」

 汐見と池宮は、何事もなかったかのように話す志弦に戸惑いつつ、また視線を合わせるが、志弦はカップを取ってコーヒーを飲む。カップを戻すと、志弦は2人に向かってにっこり笑いかけた。

「他の愛人については、知らなかった、ですよね?」
「はい……」

「私は……調べる前から愛人が複数いることは予想してたんですが、さすがに4人とは思わなくって。しかも1年前に別れたばかりの女性もいるらしいので、同時並行で5人はいたみたいです」

 くす、と少し笑っている。その表情には本当におかしい、という感情だけ乗っていた。

「すごくないですか?」
「……」

 汐見と池宮は絶句していた。

〝こ、これって……どう、反応したらいいんだ?〟

 汐見も池宮も反応に困って固まっていると、志弦が切長の涼しげな目尻を少し下げて微笑する。

「隆とは……」

 志弦が揃えていた長い左足を右足の上にかけて組む。組んだ両足は優雅に平行に並び揃えられる。

「半年前から別居しているんです。隆には今、別居先の30代の一般女性、バーのママ、そして現役女子大生、の愛人がいるので、この3人にも慰謝料請求のお手紙を出しました」

 お手紙などという軽いものではない。法的効力を持つ内容証明郵便だ。

「そもそも私は結婚する気なんて一ミリもない人間だったので、彼との結婚は本当に運命の悪戯というか」

 その微笑みはゆっくりと、苦笑いになっていた。

「あの通り、見た目が良いので寄ってくる女性は昔っから多くて。彼が中学に入学したくらいだったかしら? 親戚の集まりで従兄弟同士で遊んでる時に童貞喪失の話を自慢げに語って。高校卒業間際の従兄にも羨ましがられてました」
「そ、それは……」

〝なぜ……この人は不倫した夫の武勇伝をオレに聞かせるんだ?〟

 目の前にいる不倫された妻である志弦の本音をはかりかねていた。

「まぁ、そういうことが日常の家系に育ったんですけど……そんな考え方に嫌気が差して、日本を出たんです」

 ふと、汐見が池宮弁護士の事務所に行く前日、佐藤から聞いた情報を思い出す。

〝……そういえば……佐藤の話でも……海外の会社にいたって……〟

「結局、母に説得される形で日本に帰ってきちゃって。しかもこんな会社まで背負わされることになっちゃって」
「あ、あの……」

 志弦の会話に水を差すような形になってしまったが、それでも思わず汐見は聞かずにはいられなかった。

「なんでしょう?」
「その、よ、吉永さんは……その、結婚に不本意、だった?」

「そうです。この会社を継ぐのも、結婚も。……彼と結婚することも。絶対に避けたかった」
「!!」

 志弦の顔にはあからさまな嫌悪の表情が浮かんでいた。

「隆は……8つ下の従兄弟なんです」
「えっ!」

 その情報は知らなかった。横を見ると池宮も同じ表情をしている。

「彼は一族の中で最も好色で、努力を嘲笑う人間だった」
「!!」

 憎しみまでこもっていそうなその言い方に、汐見は彼女が本当に吉永隆の妻なのか疑問を抱き始めていた。

「まぁ、そういうのが諸々、災いとなったんです。三浦家の男子には元々そういうところがあって……以前の家長……ああ、私たちの家系で総元締めの長にあたる人ですが、その人が特に心配してました」

 身内の話、それも自分の夫のことだというのにまるで他人事のように話す、その女性経営者の真意がわからない。
 にっこりと笑みを貼り付けて志弦は続けた。

「彼は、昔っから努力が大嫌いで、口だけ達者で、性欲旺盛で。家族どころか親戚一同、彼の女性遍歴には頭を抱えていた。だから、聡明な大叔母……私の父方の祖父の姉で先代の長だったのですが。彼女が、隆が中学当時には予言していた」

 残っているコーヒーを飲むために、志弦はカップを手にとって飲み干した。

「『隆は三浦家の癌になる』」

「……」

「『三浦家は女で身を滅ぼすだろう』と。その予言は今回のことだったのでしょう」









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