【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島

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Chapter12 - Side:Other - D

183 > 決戦の日−02(女社長:吉永志弦)

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 案内され、重厚な焦茶の扉を開けると───

 視界に広がったのは、海外ドラマに出てくるようなクリーンで華美な装飾を極限まで減らした執務室、というよりホテルのロビーに近い整えられた部屋だった。

 その部屋は、床面積が20畳ほどのだだっ広い角部屋になっていた。扉から入って左奥に、南を向いているガラス張りの2面の角があり、その前には巨大な円柱が天井から床を突き抜けていた。少し傾きかけた太陽光が扉から向かって真正面である右側のガラスの斜め上から入射しており、太陽の下には先ほど見た富士山の頂がかすかに見える。

「お待たせして申し訳ありません」

 コツコツと足音を立てて右側にある仕切られた空間から出てきたのは、汐見とさほど身長の変わらなさそうな立ち姿の妙齢の女性だった。

 白くパキッとしたブラウスに、ブーツカットのピッタリとした黒いパンツスーツ姿で、裾元から見えるのは上品そうな深い赤茶色のラウンドトゥー。髪は後ろできっちりと夜会巻きに結い上げてまとめられ、すっと伸びた背筋とも相まって隙がない。

 汐見は初めて見る、モデルのような、オフィスの調度品としても完璧な【吉永志弦】の佇まいに驚いていた。

「こんな時間に急な来客が突然入ってしまって。少しお待ちくださいね」

 そういうと右手奥にある執務机の上にある電話を取り

「大石森先生は?」
『渋滞で数分遅れそうです、と今連絡がありました』

「そう。わかった。じゃあ、到着次第、私に確認する必要ないからすぐお通しして」
『かしこまりました』

「あと、私の分も含めてコーヒーとお茶請けもお願いね」
『はい』

 ハキハキとよく通る声が室内に響く。

「申し訳ありません。当方の弁護士の方が少し遅れそうですが、よろしいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」

「お二人とも、そちらにお掛けになって」

 手招きして案内されたのはその部屋の真ん中に置かれた応接セットのうちの大きめのソファ。余裕で5人くらいは座れそうな、ゆったりとした3人掛けのものだ。

 汐見と池宮は案内された通り、そのソファに座ると、対面にある1人掛けのソファの2個のうちの一つに志弦が座った。対面するソファの間には膝よりも低いローテーブルがあり、その上には何か資料が置いてある。

「池宮先生、でしたね。お会いしたのは初めてかしら」
「はい……」

「お久しぶりですね」
「……そうですね……」

〝? 久しぶりって……でも、初対面……って?〟

「まだ、妻でもない女性の尻拭いをしていらっしゃるのね」
「……古い幼馴染ですから……」

 志弦は皮肉が滲んだ言葉を爽やかな声音で池宮にぶつけ、ぶつけられた池宮本人は微かに苦笑した。

〝あぁ、そうか……4年前のときも……相手方弁護士と【合意書】を作ったって……〟

 汐見はバラバラだったパズルのピースが、何箇所かで部分的に形を成す様子を眺めていた。

「そちらが、紗妃さんのパートナーさんですか?」

 唐突に水を向けられた汐見が

「は、はい……」

 必要最低限に返答した。

〝落ち着け……圧倒されすぎだろ、オレ……〟

「……紗妃さんご本人の状況は少し伺いました……パートナーさんがこういった場に出てくるのは普通じゃないと思いますけど、どういうお気持ち?」
「!」

〝そ、その質問は、率直すぎるだろ!〟

 どうやら、この女性経営者は歯に衣着せぬ物言いをする人間らしい。

 悪意を感じる言葉にも関わらず、なんの邪心もなさそうな声音で聞かれた汐見は驚いて志弦の顔をマジマジと見返した。だが、にっこりと優雅に微笑んだ志弦の表情には、本当になんの計算も無いように見えた。

「私はもう離婚の準備をしていて問題ないんです。あなたは?」
「! そ、その……」

 あまりにもストレートな物言いをする志弦の意図を計りかねて汐見がどもっていると、志弦がテーブルの上にある書類を取ってめくり始めた。

「汐見、さん? は離婚の意思があるんですか?」

 汐見の名前と、畳みかけるように意思の確認をしてくる。

「……そ、れは……現在、熟考している……ところです……」
「……そう……」

 そう言って、今持っていた書類を裏返してテーブルに置くと、また別の書類を確認するように捲っている。
 ソファに座って対面している志弦が書類から顔をあげて

「私の弁護士が来る前に、少しお話をしても?」
「え?」

「まぁ、遅れている弁護士の大石森は慰謝料満額請求のために、ご尽力なさるつもりなので」
「?」

〝弁護士なんだから、普通はそうだろう……〟

 不審感を抱いた汐見が隣に座っている池宮と視線を交わすと、両者ともに眉根を寄せつつ志弦の顔を見返す。

「私も大石森弁護士と同じように慰謝料請求の意思はあります。ただ……」

 志弦が少し目線を外して、ガラス壁の屋外に向けた。

「彼女らも被害者ではあるな、と思ってるんですよね」
「??? 彼女【】?」

「ええ、まぁ……あー……五朗センセに怒られそう……」
「どういうことです?」

「ま、いっか」

 ボソッと志弦が呟いた。

「吉永隆……まぁ、まだ離婚に同意してないので私の夫やってる人ですが、彼、紗妃さん以外にあと3人愛人がいるんです」

「「はぁ?!?!」」










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